薄→風

□07
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「では、これから屯所の案内をします。一度しか説明をしないので、よく聞いておいてください」


「「「「「はい!」」」」」


『……はい』



07:案内行くぜッ



あれからすぐ、神谷は新入隊士の元へやって来た。そして待機場から出て今は厠やら脱衣所やらを説明している。


一度しか説明をしない――


そう釘を刺されたはずだが彩乃は説明などそっちのけで、怪しまれないよう気をつけながら視線をキョロキョロと動かしていた。

その間思うのは、ここ(西本願寺)は広いやらそこやかしこやら隊士に監察されているやら、お腹が空いたやら……。


『(昼は出るのか? いや、出なかったら空腹で死ぬまでだけど……って、死んだ人ってまた死ぬのか?)』


実を言うと松原彩乃は、昔に新選組に所属していた。しかし今入隊した新選組とは別のものだ。

そこでは一番組の伍長を勤めており、ここにいる沖田とは違って難癖ある沖田総司を上司に持っていた。

しかしいつの日か死にぞこなった時に変若水なる物を飲み、羅刹となった。なので正式な所属は新゛撰゛組である。

上司である沖田も南雲薫という人物に唆され、羅刹となる。そして無理をした揚げ句寿命を使い切りただの灰となってしまった。


『……馬鹿野郎』


沖田は上司であるが、自分のことを女だと知ってくれている唯一の人物だった。そのため時たま、肝っ玉が冷える冗談を言われながら相談にも乗ってくれた。所謂、彩乃にとっては唯一無二の存在であり大恩人であったのである。


彩乃の出自は農民で間違いない。当時試衛館の戸を叩いたのも剣で護るべき者を護りたかったからだ。

しかし自分は女――

そのことを嫌でも思い知らされ、いよいよ隠しておくのもこれまでかと思った時に沖田が救いの手を差し延べてくれた。彩乃を救ってくれたのだ。


そして男に負けないようにと自分の気が向いたら剣を教えてくれた。募った不満を発散される道具として利用されることもあったが、それでも結果、彩乃は強くなった。彩乃は沖田に死ぬほど感謝したのだ。


だが、沖田は灰になった。
たった一人で。


当時彩乃は心身共に強かったが、沖田という人物の死を受け止められるほど強くはなかったのだった。


『(組長の後を追って死んだんです、と言ったら、組長は何て言うだろうか。

きっといつもの笑顔で、「本当に馬鹿だね」と言うんだろうな)』


彩乃は思った。

「本当に馬鹿だね」と言われても、それでも笑顔で『はい』と頷いてしまう自分は、やはり底無しの大馬鹿野郎なのだと――。


『(後を追えば距離があっても組長の姿を見られるのに、何故自分はここにいるのだろう。あれ、今何してるんだったか……あぁ、案内だ)』


一回りして元の鞘、とはいかない。彩乃は既にいない神谷の姿を見つけるべく、足を早めたのだった。

 

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