薄→風

□06
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『神谷さん、いるか?』

「あ、屯田さん!」

『お、良かった。起きてた』



6:大丈夫ですか?



土方から入隊許可を貰った後、屯田は大まかな説明を受ける前に救護室に足を運んでいた。もちろん、神谷を見舞うためである。

顔を覗かせれば神谷の見舞いに来ていた隊士数十人に思い切り睨まれ、「なんでお前が来るのか」等と陰口を叩かれた。そんなことを気にする質ではない彩乃なため、黙ったまま輪の中心にいた神谷に近寄る。


『えと、先ほどはすみません。あれほど力強くやってしまって……反省してます』

「気にしないでください! 吹っ飛ばされた私が悪いんですから!! でも、お強いんですね! 驚きました」

『すみません、入隊したい一心で剣を振ってしまいまして……。神谷さんの動きが見えないほど速かったので、なりふり構わず振るとあのようなことに……』


どのような時でも、相手を謙遜することを忘れない。あまり謝り過ぎても失礼になるためほどほどに詫び、ほどほどな理由をつけておく。これで一般の人は気を良くすると相場は決まっていたのだ。


しかし――


「いえ、私の動きなんてまだまだです。実際打たれてますし……屯田さん」


『……はい』


「いつか私の練習に付き合ってください。そしてその時に、どこがいけなかったか教えてもらえると有り難いです」


『……』


意外、と言うのが正しいか。
彩乃は神谷の謙虚さにこそ、呆気に取られた。新入隊士である自分にここまで言えるのは、たくさんのことを見聞きしているからなのだろう。考えが大人である。


「屯田さん?」


『……失敬。こりゃ一本取られたな』


「何か言いました?」


最後の言葉は小さく呟いたため、神谷には聞こえていない。そのまま知らぬ存ぜぬを突き通すが、その時、いきなり神谷がポンッと手を叩く。


「そうだ! 副長に屯田さんの案内を頼まれてたんだった!」

『副長に?』


彩乃が神谷に勝った後は神谷が気絶していたため、土方がそんな指令を出す暇はなかったはずだ。不思議に思ったためその理由を尋ねると――


「副長言ったんです! ゛あいつは隊士になるから試合後に他の新入隊士と一緒に案内しろ゛って! 聞いた時は私が負けると予想されて悔しかったけど……今は副長の冴えすぎる勘は天下逸品だなと、しみじみ思わされますよ」


目を吊り上げながら苦笑気味に笑う神谷の顔に思わず笑いそうになったが、そこを何とか押し止めて「案内よろしくお願いします」という。

すると途端に神谷の顔は戻り、「任せてください」と胸をトンと叩く。その胸を見ると一見何もないように見えるが……


『(ほんのり、膨らみがあるな)』


男装をして同士を騙してでも戦場に立つ神谷清三郎。
彩乃の力を予め読んでいた土方歳三。

神谷に一礼をして救護室を出た彩乃はフッと笑う。そして二人のことを思いながら「食えない奴らだ」と言葉を吐き、新入隊士が集っている場へと戻ったのだった。

 

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