薄→風
□03
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「はい、防具です」
『……』
「あの?」
『あ、すまん。呆けていた』
03:あ、しまった
その後道場へと4人移動し、一番隊である神谷清三郎と名乗る隊士に防具を借りた彩乃。あの後どうやって危険を回避したかと言えば、こんな感じである。
『な、名前は屯田亜門! 根っからの農民育ちで、江戸から参りました!!』
これは嘘かと言えばそうではない。彩乃はもともと農民だ。しかし試衛館に足を運んでいる内にいつの間にか新選組の一員になったのである。もちろん、江戸出だというのも真。となれば、嘘なのは即興で作ったこの名前だけである。
名前をもう少し考えれば良かったと思うものの、土方たちは信じたようで取り敢えずは胸を撫で下ろす。
そして今は余裕が出たのか、防具である面の下から道場内を観察するのであった。
『(こっちの新選組もなかなか手練れが多そうだ。張り合えばどちらが上か分からんな。しかし、容姿ならばこちらが勝るか)』
元いた新選組のことを思い出しながら、ついつい笑みを零す。いつも馬鹿やっていた三馬鹿はここでも同じなようで、それらしいオーラを放ちながら三人一緒にいた。
「おい、こっち見たぞ!」
「神谷も平助もヤらせてくんねぇからなぁ、次はあいつにするか!」
「左之さん!!」
『(……)』
彩乃がグルリと視界を回したのは言うまでもない。
「ではこれより、屯田亜門の入隊選考を開始する! 判断は俺、土方歳三!
では、両者前へ!」
土方が審判なことに、この試合がどれほど異例なものかが理解できる。しかし異例なのは審判だけではない。
「よろしくお願いします」
『あれ? さっきの……神谷さん?』
「はい」
相手は先程防具を渡してくれた神谷清三郎。今はきちんと防具を身につけており、竹刀を構えていた。
子供なようで大人の雰囲気――
神谷を初めて見た時、彩乃はそう思った。そしてこの元服も済んでいない少年、いや、少女はいくつもの試練を潜って強いのだろうとも思った。
「では、始め!!」
きっと強い。それは間違いないのだが、彩乃は面の下で再びほくそ笑んだ。その理由は――
『(少年でありが本当は少女である。
齢僅かにして修羅場をかい潜って来た。
それは、あなただけじゃない)』
「やー!!!!」
『(新撰組一番組伍長松原彩乃。一度は死んだことを除けば、あなたの立場は私と重なる。そして――)』
パァンッッ
「「「「「!!?」」」」」
自分も修羅場を潜った身。その境遇にある者同士が並べは、勢い余ってつい本気を出してしまった。そのため、神谷の胴に入った竹刀はそのまま神谷を道場奥まで吹き飛ばす。
『……あ、しまった』
湧き出た冷や汗は、手加減を忘れた彩乃の顔を再び流れるのだった。