薄→風

□02
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『入隊希望です! 選考試験に遅れてしまいました!

その理由は、ご老体なため難儀を強いられていた婆の手助けをしていた故です!!

新選組に入らんとする者、老人一人助けられなくてなんとする!!この信念の下に動いてきた者でございます!!

願いますは、私めの入隊試験実施のみ!!何卒よき御はからいを……!!』



02:あ〜名前……?



局長とまでは行かずとも、何とか副長である土方歳三に会うことが出来た彩乃。そのことにホッと胸を撫で下ろしながらも、鬼のような形相をしている土方に内心ビビっている。

「手助け、か。取って付けるには尤もらしい臭ぇ言い分だな」

『!』

「それに、新選組に入ろう者なら例え助けをしてでも時間に間に合わせるのが道理じゃねぇのか」

『……』


それこそ尤もな言い分に、彩乃は眉を顰める。と同時に、どこの世界の土方も鬼なのだと悟った。


『確かに。それは私の士道がなっておりませんでした。しかし――』

「……」

『新選組で働きたい思いは誰にも負けぬという志を持って参りました! 必ずや局長殿、容守様、太樹公のお役に立とうと! そのためならこの命、いつ投げ出そうが構いません!!

ですので、どうか!!』

「……」

見た目では分からないが、土方は悩んでいた。時間に遅れるという初歩の失態を犯した奴が任を立派に勤めあげることが出来るのか、と。

志や度胸は大事だが、それ以前に基本的なことがなっていなければどうにもならない。彩乃の内面を土方は見ようとしているのだった。

『……』

「……」

二人の沈黙は続く。彩乃は内心、ここまでしてやってんだから試験ぐらい受けさせろと毒づいていた。言っておくが、松原彩乃は大層の猫かぶりである。


二人の沈黙もこれまで――


それほどに時間が経ったその時、ここへ新たな声が加わった。


「トシ、いいじゃないか。それだけの志があるんだ。試験を受けさせてあげなさい」


「いつものあれですよ〜、先生! 土方さんは照れ屋ですから、自分から許可を下ろすってことは出来ずらいんですよぉ」


『……』


面を上げないまま、彩乃は考える。この男らしい声で土方に異見出来る身は恐らく局長。そして近藤を゛先生゛と呼び、土方を弄る者は――


『局長の近藤勇殿と一番隊組長の沖田総司殿とお見受け致します!! 私は刀一本でここまでやって参りました! 残る人生は全て新選組のためにと思うてです!! この思いを一寸でも汲み取っていただき、是非試験の実施を!! 後生にございます!!!!』


「なんと……ッ」

「よく、お分かりになりましたね」


『それほどに新選組に思いを寄せております故』


感動する近藤と少しの不信感を抱いた沖田に、彩乃は尚も地面に額を付けたまま話す。沖田の言葉を聞いて勘の良さが仇になったかと思い焦ったが、次の言葉が出て心から安心する。


「試験を実施する。その前にお前の出身地と身分、名前を言え」


『ありがとうございます!!』


土方の思わぬ言葉に、満面の笑みで返事をする。もちろん、今も平伏して。

だが、喜んでばかりもいられない。
なぜなら彩乃は何も考えていなかったからだ。自分の出身地や身分は疎か、基本的な名前まで。


『あ〜名前、ですか……』


彩乃の顔に一筋だけ、汗が流れたのだった。


 
 

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