鋼→青
□14
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陰気なご飯が終わり、燐と雪男は学校だと言って寮を後にした。残ったのは、燐のペットと言ってもおかしくないケットシーのクロと、雪男との朝の一件があってからか、なんとも微妙な顔をしているステラだけだ。
その後ステラは燐たちの部屋に戻り、クロと一緒に窓の外を眺めている。
その際、いつも動いていた右手は今はピクリともしない。どうやら、今日はマスタングの真似事はしないらしい。
修行もしなければ、先ほど食べた朝食の片付けをしようともしない。所謂、ステラは今、自分の勝手な都合で出来た暇を持て余していたのだ。
『良い天気、と言えるぐらい晴れ晴れとした天気ね。
ね、ニャンゴロウ?』
「……」
人の言葉が分かるクロが一つも鳴かない要因は、恐らく多々あるだろう。
一つは、雪男と同じようにステラを警戒しているため。
一つは、ニャンゴロウなどと間違った名前を呼ばれたのが気に食わなかったため。
一つは、晴れ晴れした天気と言えるなら、もういっそのこと「良い天気」と言えばいいじゃないかと飽きれたため。
「……」
それらのことを思い、クロはますますステラを警戒しただろう。しかしステラの側を離れないのは、雪男の代わりにステラを見張ってやろうと思ったからなのだ。
『綺麗な空だわ、全く……』
一方、まさか猫がそこまで考えているとは知らないステラ。自分と同じように暇を持てあました猫なのだと、気軽に独り言を続ける。
『晴れは嫌いじゃないの。けど、好きでもない。
けどだからといって、嫌いとは言いたくないわ。だって、それじゃなんだか光に背を向けてるみたいでしょ?
私はもう逃げないの。光からも、ニアリーイコールな現実からも』
「……」
『だから、私がここにいるのも私は認めているわ。不満なんか口には出さない。だって、逃げないもの』
「……」
『逃げたら負けなの。立ち向かって、迎え撃って……って、こんなに簡単に話すけど、実行するのは言うほど楽じゃないのよね。
ニャンゴロウに、この気持ち分かるかしら?』
「……」
クロは何も言わない。興味なさそうに、顎を地へ着けた。
『反応ナシ、か。まぁ、猫だもの。あなたにはその生き方がお似合いよ。
でもね、人間は……いや、少なくとも私は違う。
壁ができたら越えなきゃならないの。その行動が、例えどんなに苦しくてもね。
こんな人間を、あなたは馬鹿だと思うかしら?』
「……」
『……私の中で無言は肯定よ? よく覚えておきなさい。
でもね、私も馬鹿だと思うの。無理してしんどくて、良いことなんて一つもない。いつも逃げ出したいって思うわ。
けど……
その苦しみがないと、きっと私は生きていけないのよ。
運命を風呂敷を包んだって、それをどこに持って行けばいいの?
答えは、無しよ。
どこにも持って行きようがないの。もちろん、捨てることだって誰かに預けることだって。厄介でしょう? まぁ、それが運命なんだけどね。
人生に疲れた人は、一度自分の運命を風呂敷に包んでみれば良いのよ。そうすれば、さぞ平坦で変わりのない生活が送れるでしょうよ。けど、私は御免だわ。
そんなツマラナイ人生なら、私はきっと……』
「……」
『きっと風呂敷ごと、この手で跡形もなく燃やしちゃうでしょうね』
「…………」
クロが頭を上げる。そして、どこか満足そうなステラを見た。
「……」
年相応のような、しかしどこか飛び抜けているようなステラの顔。そこから読み取れる感情は一つもないが、クロにはあることが分かった。
そして――
「……」
『ん? やっと私の側から離れる気になったの?
私もようやく、寝てるあなたに遠慮無く喋ることが出来るわね……
って、何で擦り寄ってくるのよ』
「ニャー」
そのあることが分かってからは、クロは人が変わったように……いや、ネコが変わったようにステラの側にいるようになったのだった。
14:いや、まぁね
(この人が本当に敵なら、出会った瞬間に殺そうとするのではないだろうか)
(それぐらいの真っ直ぐさが、この人にはあるような気がする)