鋼→青

□12
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ステラは口を開く。出てくる言葉は、この短期間で思った素直な思い。ステラの本音。

燐への、憧憬――


『燐は、強いね』


「あ? 何だよ、いきなり」


照れているのか嬉しいのか、はたまた本当に意味が分からないのかどうでもいいのか。

燐の反応は読み取りにくいものだったが、ステラは言う。

燐は強いと。そして、


『その強さが、私は羨ましい』


「……」


ステラは昨日吹っ切れた。焦らず着実に前へ進もうと。

しかし、いざ強い人を前にすると自分はやはりちっぽけな人間なのではないだろうかと比較せざるをえない。

どうしても、比べてしまう。

そして分かるのだ。燐は、明らかに自分とは違う強さを持っていると。そして反対に、自分がその強さを持っていないという絶対的な差を。

『……』

ステラは強い。エドのような強引さを持っているし、アルにはかなわないがある程度の優しさも持っている。だが、足りないのだ。
その二人に共通する強さが、今のステラには足りないのだ。


『あの三人が泣いた時は……さすがに死にたくなったよ』


ステラは同じ女として、その悲しみが痛いほどに分かった。それに加えて、その悲しみを生み出したのが自分たちならば、尚更苦しい。

グレイシアの泣き声を聞いた時は、堪えた涙が零れ落ちた。
そして思った。


なぜ死んだのが自分ではなかったのかと。


『あの人こそ、たくさんの人から必要とされる人なのに』


禁忌を犯した自分なんかが生き残って。


こんな愚鈍が生き残って、一体どうしろというのだ


ステラはリザさんから聞いていた。マスタング大佐がヒューズ中将の墓石の前で、人体錬成を行ったステラたちの気持ちが分かると……そう、言ったらしい。

それを聞いた時、ステラの顔は歪んだ。歪みに、歪んだ。

自分たちは共感者を増やしたいわけではない。

むしろ、自分たちのような者を今後一切増やしたくないのに、と。


『……』


「……」


――独り言だが、独り言ではないステラの言葉。独り言でない理由は、隣にいる燐にもバッチリ聞こえていたからだ。ステラの悲しみが、燐の耳にもしっかりと届いていく。ポツリポツリと紡がれる言葉だが、それは確かに、燐の真ん中を締め付けていったのだった。


「……っ」


朝から通夜みたいなオーラをまとうステラに、燐も動揺する。あの燐が黙ることなんて寝る時に限るが、もしも例外があるとすればそれはきっと今に違いない。
もっとも、燐はこう言おうと思って人を励ますタチではない。心から思ったことを口に出してしまうが、それが幸運にも実を結んで結果的に、いや、自分が知らない無意識のうちに物事を万事解決させるタチなのだ。

天然が作り出す産物ではあるが、いかんせんこの方法、燐が意識をしていない自然な方法であるためにいつ発動されるかは全く分からない。そのため、最悪、このまま何も言えず引き下がるというパターンも充分にあり得るのだ。

『……』

「……」

その場は、少しばかり寒くなる。どうやら、燐の励ましは発動しないらしい。

『(……やっちゃったなぁ)』

その燐の空気を少なからず――むしろ充分過ぎるほどに――感じ取っていたステラ。こんな空気にしてしまったことを、今更ながらに悔やむ。

感情的になってしまいあんなことを言ったが、燐は全く関係ない。いや、むしろ……


『(燐には重すぎる、か)

……燐』


「ぇ……あ?」


『ごめんね、燐には関係ないのに。変なこと言っちゃったわ。
忘れてね』


「!」


そう言うやいなや、食堂が目の前に見えたために走って席に着くステラ。先ほどの空気など身に覚えがないように、今は会った頃のようにひょうきんだ。


「……」


その姿を、燐は見た。
ステラの姿を、燐は見た。


あの人こそ、たくさんの人から必要とされる人なのに


「……」


この言葉を心の中でこっそりと繰り返す燐は少しの共感を抱きながら、まるで笑顔のステラを長く見たのだった。


12:悩めど笑えど2
(燐には重すぎる――)
(果たしてその言葉は正解か否か)

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