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『馬鹿言わないでください。俺は死んでも新選組の隊士です。現にそうですしね。
もしも先生があっち側にいるようなら、俺は先生を斬りますよ。もちろん、弟子なんかもやめてやります』
口をついて出た言葉は、自分のつまらない意地が原因だと分かった彩乃。ここまで来たならもう何とでもなれと、彩乃は更に、自棄になる――
64:じゃ、これで3
三つ指ならぬ五つの指を綺麗に揃え、彩乃は再び畳へ頭をつける。
『この新選組には、俺を拾ってくれた恩義があります。俺はその恩返しとしても先生を捜しだし、その真意を確かめたいのです。敵ならば、先程の通りにするまで……。
ですから、
俺に捜索命令を……どうか!』
彩乃が真剣であることは伝わっているらしい。先程取り扱ってもくれなかった土方は、彩乃同様真剣だ。
彩乃は、「あと一歩だ!」と自身をいきり立たせ、更なる言葉をかける。
『それに、゛新選組局長゛の゛近藤勇゛――
この名を知っていながら敵に味方するような先生ではありません。
そのことは、こちらの沖田組長を見ていただければ十二分にお分かりいただけると思いますが?』
「え? 私、ですか??」
『はい。組長ならば、例え世界が違っても近藤局長なる者をお助けするだろうと……違いましたか?』
「い、いえ! もし今の近藤さんがいない世界なら、きっと私も……。やっぱり、どうあっても゛近藤先生゛をお護りしたいです」
沖田が照れもせず言うものだから、逆に近藤が照れてしまう。成り立ての夫婦に見えてしまうのは、きっと仕方ないことだ。
しかし夫婦図はうんざりなのか、土方は「もういい。分かった」と、ついに折れる。その瞬間、タイミング良く獅子おどしが鳴り、彩乃の気分は更に爽快になった。
『ありがとうございます! 副長!!』
今まで頑固者と思ってごめん、なんて余裕をかます彩乃だが、次の土方の言葉に思わず固まる。
「ただし、一番隊の隊務は絶対だ。今は人手が足りねぇ。特にお前みたいな腕を放すのは、こっちにとっちゃ痛手だ。
捜索は自分の非番の時、もしくは……
巡察の時でも辺りを見てろ」
『……。
(いいのか? これは良いと言えるのか?)』
「羅刹とやらが責めてきたんじゃ、俺らはたちまち微力になりかねん。羅刹には羅刹をなんて言葉じゃねぇが、自分の体を一番に行動しろ」
『! ――承知しました』
羅刹には羅刹という言葉も出たが、結局は彩乃の体を心配している。
そのことが彩乃も分かったのか、妙ににやけた顔で返事をする。
また、本当は捜索に出たいところが「稽古をしてからにしようか」なんて、とんでもないことを思ってしまう。
『(変なもんだなぁ……)』
期待されること、心配されること――
たったそれだけのことなのに、何でも出来る気も何でもやってやろうという気も起きる。
彩乃は思わず、笑ってしまった。
しかし、抱いた衝動は抑え切れるものではなく、彩乃は刀を持って勢いよく立ち上がる。どうやら、本当に稽古をするようだ。
『局長、副長、沖田組長――
ありがとうございました』
「「……」」
「……っ」
綺麗に礼をする綺麗な彩乃に、三人はフリーズしてしまう。土方に至っては、
彩乃が綺麗なのではない
礼が綺麗なのだと、自身に暗示をかけていた。
そんなことを知らない彩乃は、その美貌を三人から反らし、障子へと歩いて行く。
今まで溜め込んでいたものを吐き出すことが出来たため、彩乃の顔はスッキリしていた。やはり秘密は作るべきではないなど、自身に教えさえ説くほどだ。
しかし、気の緩みは禁物。
この時この場に、彩乃の先生である沖田がいたならば、彩乃は確実にやられていただろう。
しかし、彩乃はこの後、別の意味でやられることになる――。
「……おい………屯田……お前……」
『へ?』
「俺らには、全部のことを……話した、んだよな?」
『勿論ですよ』
言いつつ彩乃が後ろを向けば、「嘘をつけ」と畳を睨む土方。近藤は瞬きもせず彩乃を見、沖田は片手で両目を隠していた。
一体、何事――?
自分の言動に問題があったっけ、などと考える彩乃。しかし、答えが出る前に、何かから立ち直った土方が開口する。
「お前はまだ、嘘をついている」
『え!? ついてないですって!!
どれほど疑り深いんですか!!』
「いいや! お前は嘘をついてる!!
――流しの後ろを見ろ!!」
『?』
「男だったらありえねぇ位置に、なんで血のシミがついてんだよ!!!」
『あ、ヤベ』
嘘はついてない、という言葉に嘘はない。
なぜなら、彩乃は忘れていたのだ。
自分がれっきとした女子であることを、
完璧に、忘れていたのだった。
(『じゃ、これで』)
(「ここへ戻れ!!」)