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「要は総司、お前は遊ばれたってことだ」
「へ!?」
「はあぁ!? 誰に!? いつ!!?」
「浪士が襲撃した日に、屯田に、だ。
恐らく、屯田は衝動が出ても堪え得る術を持っているはずだ。
ここで屯田と話したのを覚えてるか?」
沖田に振れば、首肯が帰って来る。ならば思い出せ、と、土方は沖田の記憶を蘇らせた。
51:何してんだ、全く
「あの日、屯田がいきなり中座したのを覚えてるか? その理由は、きっと衝動が出たからだ」
「あ、そう言えば……苦しみ方が一緒でした。でも、あれは月に一度のなんちゃらだって……」
「嘘に決まってんだろ。だから、衝動は苦しいが、必ずしも血が必要ってわけじゃねんだ。だから、まぁ……」
「飲まなきゃ死ぬってのは、狂言だったんですね……」
「そういうことだ」
ズーンという効果音が付きそうなほど沈んでいる沖田。思い出せば顔から火が出るほど恥ずかしいのに、まさかそれが嘘だったとは……。
チラリと見えた彩乃の嬉しそうな顔の意味が、今なら分かる気がした。
その話を全て聞いていた神谷。頭では当日のことを思い出し、
首を手当てしようとした時拒まれたのは、そういう理由か!?
と、いつもながら冴える勘で、的を射ていたのだった。
「……」
そして全てが繋がれば、空気が抜けた風船のようにしょぼくれる。さっきまで彩乃を思って泣いていたのが、嘘のようだ。
「か、神谷さん! 私はそっちの趣味はありませんから!!」
「え!!?」
「え!? な、何ですか!? 私、また変なこと……」
「うわっはっは!! 総司は、そっちの気はねんだってよ! 残念だったな〜神谷!!」
「あ!
(そうだった、女子ってことは内緒だった! 上手いこと話がズレたけど、でも、結果的に……)」
神谷を見ると、いつものふて腐れた顔。そして「失礼しました!!」と、涙を置き土産にして、その場を去った。もちろん、沖田は追い掛ける。
「待ってください〜! 神谷さん〜!!」
「ほ、放っておいてください!!!!」
そして、ダダダと足音を響かせて、二人は遠退いていく。その様子を土方と、そして近藤がため息をついて見ていた。
「トシ」
「なんだよ、近藤さん」
土方は未だ廊下を見ており、近藤の方は見てはいない。近藤には、どうしてもその表情が切なく見えた。
「お前に損な役ばかりをさせるな……」
「……」
土方は、いつも被っている。
完璧な鬼の面を、いつも被っているのだ。
そのはずなのに……
「勝っちゃんには、お見通しなのかよ?」
「何年一緒にいると思ってるんだ」
近藤には、その面がまるで効かないのだ。いつもいつも土方の面の下を覗いて、本心を見てくる。
こういう所が、土方が近藤に勝てない理由なのだが、同時に、土方が近藤を尊敬する理由でもある――。
「屯田くんは一番隊だ。特別任務を与える機会さえ、倒幕派にはやらんさ」
「――あぁ」
近藤が、土方の肩に手を置く。すると土方も薄っすらと笑みを見せ、再び仕事に戻ったのだった。
――――――――
その頃、彩乃は中庭にいた。
何をするわけでもなく、ボーッとだ。
『……』
しかし頭では、いつの日かの光景が思い浮かぶ。彩乃は知らない内に、腰にある小太刀に手を伸ばしていた。
カチャ
触れれば音がするこの小太刀。
以前持っていた時は、鞘にももっと光沢があったのに……
と、時代と次元の流れを怨んだ。
『沖田組長〜俺、やっとここの役に立てそうですよ。今までのは無しですから。
これからの俺を、ちゃんと見ていてくださいね』
はは、と笑って下を向く。すると水溜まりがあるのを見つけ、そう言えば昨日は雨だったことを思い出す。
『お〜綺麗に映ってる』
水には、彩乃がはっきりと見えた。今日は雲一つない晴天。この天気にかかれば、水溜まりに映った彩乃の表情を読み取ることだって造作もない。
『……』
今にも泣きそうなくせに強がって笑う彩乃の表情だって、なんだって――
『沖田先生、俺、ここにいるんですよ?
なのに……
先生は、どこに行っちゃったんですか』
俺を一人、ここへ残して
その時、彩乃の持つ小太刀は、小さな音だがカタカタと小刻みに揺れていたのであった。