廻る時空と黒の夢

□トリガー小話 ビネガーの館
2ページ/3ページ

ドゴンッッ


ビネガーが独り言ちていた最中、真横の壁へ重たい何かが減り込む音が響いた。


驚いてそちらを見れば、それは侵入者へ襲い掛かっていた筈の大きな刃。


それも余程の衝撃だっだのか壁に減り込んでいる刃は歪にひしゃげていた。


これ程の高エネルギーを扱える人物をビネガーは一人しか知らない。


錆びついた金属のようにギギギッと首をそちらへと向ければ、射殺さんばかりの高圧的な眼光で此方を見据え、発動した魔法の余韻を漂わせる右手を突き出した先代魔王の姿があった。


「ーーーーッ!!」


ビネガーは止めてしまっていたカラクリのハンドルを反射的に回し始める。


先程までの余裕を見せていた時とは正反対の、死に物狂いという言葉がピタリと当て嵌まるようなハンドル捌きで、ビネガーはがむしゃらに回し続けた。


(ここに着いたら殺される!ここに着いたら殺される!ここに着いたら殺される!)


勝機を失い、最早それに縋るしか無いビネガーは、地下から巻き上げられる鎖から兵が現れていないことすら気づいていない。


ぐるんぐるんと回されるハンドルのスピードに比例して動く床もその速度をどんどん上げ、そこかしこから歯車の軋む音が悲鳴の様に聞こえてくる。


速度を上げた動く床は既に乗る事すら不可能な程に早まり、人間達やカエル男もその早さを呆然と見ているしか出来ない。


ガヂャンッッ


しかし、またもやビネガーの罠は大きな音を立てて停止した。


「く、こんな時にっ!また鎖でも絡まったのかっっ!?」


突然動かなくなってしまったハンドルを前後へガチガチと揺らすものの、鎖は僅かな動きをするだけで進む気配は無い。


ゴギャンッッ


更に追い討ちを掛けるように動く床の先から大きな音が部屋中に響き渡った。


「ヒィッ!?」


動きを止めてしまった床には大きな亀裂があちこちへと走り、その中心には右足をブーツごと床へ減り込ませた魔王の姿。


更に彼がゆっくりと左足を踏み出した。


メキッ


ゴギャンッッ


床に踏み出した瞬間、高い圧力でも掛けられた様に床がベコリと凹み、次々と亀裂が走ってゆく。


ビネガーがかつて幾度となく戦場で人間達へ向けられていた殺気に似た気迫。


魔王へ伴っていた頃は、そのあまりの重苦しさに恐れを抱きつつも頼もしさを感じていたが、まさかそれを己が浴びることになろうとは考えもしなかった。


恐怖に呑まれ、辛うじて正気を保っているビネガーは魔王から目を離すことが出来ない。


魔王がまた一歩、重く歩みを進め、部屋中に大きな音が反響する。




「ぎぃやぁぁあああぁぁぁーーーーっっっ!!!!!!」


迫り来る恐怖と極度の緊張に耐えられなくなったビネガーの大絶叫は壁から壁へ、部屋から部屋へと反響を繰り返し、幾重にも重なった音の波は大気だけではなく館全体をも揺るがせる。


絶叫の大きさに少年少女達やカエル男も両耳を強く塞ぎ、それでも防ぎ切れない音へ体を固くする。


彼等より至近距離で音の波を受けた魔王もまた、全身を震わす衝撃に彼にしては珍しく顔をしかめて堪えていた。




漸く音の波が治った頃には、肝心のビネガーは館の更に奥へと逃亡した後だった。


「うぅ、頭痛い…」

「マール、大丈夫か?」

「もう!トラップを全て停止させる為にビネガー本人を叩くのは名案だと思うけど、やるならそう説明して欲しかったわ」


音の衝撃に顔色を悪くする少女とその少女を心配そうに気遣う少年。


そして魔王の攻撃に賛同しながらも文句を零す少女。


彼等の言葉を聞きながら、何事も無かったかのように動かなくなった床を歩き出す魔王を見詰めながら、カエル男は事の真相に思いを馳せる。


(ビネガーを煽って罠を止めさせる作戦だとコイツらは勘違いしているが、単に苛立ってビネガーの奴を脅しただけだと思うんだよなぁ。
アイツ、悠長に構えているように見えて短期だから…)


魔王の魔力コントロールであれば、罠を潰すよりも飛んで行って直接ビネガーを攻撃することも出来た筈だ。


結論のでたカエルだったが、それを口に出さず飲み込み、小さく苦笑いを浮かべてから皆と共に館の奥へと歩みを進めて行くのだった。







−A・D1000–


「コラ!聞き分けの無い悪い子は魔王に攫われて、恐ろしい絶叫の館に閉じ込められちゃうよ!」

「やぁだぁぁぁっっ!!おがぁざんごべんなざぁぃぃぃっっっ!!」




魔王「……」


ルッカ「ビネガーの館でのことが、こんな風に伝わったのね…」


END


→アトガキ
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ