01/23の日記

11:13
お知らせ※ネタバレ
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お久しぶりです、作者です。生きてますが日常に追われて死にそうです(笑)

昨日はスーパームーンとの事でしたが。実は2日前くらいから急に閻魔大王様の其の日常、の続きが書きたくなり、頑張って合間を縫ってコツコツ書いてました。

ただしあらすじというか、大まかな流れですけど。

それでも結末までやーーーっと書き終わったので此処にメモがてら載せておきます。かなり詳細なあらすじなんで、ネタバレ見たくない人はご注意を。



ちなみに最後は割と以前から決めて居ましたが、記憶有り無しか迷いました。本当は記憶無しで閻魔様が探す旅に出る話だったんだけど、続き物になりそうで面倒臭い…と思って急遽変更したのではありません←

某百人一首漫画に、生まれ変わったら自分の好きだった以前のあの人じゃなくてあくまで別人になるだけだ。みたいな感じの話があったから成る程と思ってこうなりました。

まぁ二人一緒に転生するなら有りかなとも思いましたが、閻魔様が好きなのは今のやしょ様なんだろうなって思ったんで。

あと産んだのに自分で育てられないのは辛過ぎて耐えられなかった…

こどちゃの、愛してるから産んだのよ。は私の中で名台詞なんですけどね。育児は産んで終わりじゃないからなぁ、なんて思ったり。
と言うか妊娠したら産むしか下ろすしか無いですけどね。そして愛も金も無いから産んで捨てたり虐待する人が一部居るという闇の深さ…

最近になって思うのは、愛が無くても出産は出来るけど愛が無きゃ育児は出来ないんだよなぁ。と。

それでも出産は本当に命懸けだから尊いし、愛が無かったら普通は産めないわって思います。だって痛いし下手したら死ぬからね、自分の身を削って十月十日守り抜く訳だからね。やっぱり羽山母の台詞には感動します。自分の命と引き換えにしてでも母親は子を無事に産んでやりたいし、産んだら今度は幸せになって欲しいと願って育てるんだよなぁ。


あと関係無いけど羅睺羅(ラーフラ)って日食や月食っていう意味を知りちょっと運命感じた←スーパームーンだって知らなかったから見れなかったけど。

と、まぁ本題に入る前のどうでもいい語りを毎度毎度すみません。

では早速


閻魔大王様の其の日常、の続きです※他にもまだスパイ漫画の続きのあらすじもあったりしますが、其れはまた今度。


ここから↓



那羅延天→観世音の居場所をダシに弥勒に協力をこう

弥勒→天王如来を利用し、梵天を始末させようと画策する

閻魔→トゥルダグを振り切り、地獄界の正門を潜り後にする

耶輸陀羅→下界に落とされるも、阿難尊者に助けられる。道中、我が子を診て貰う為に医者を訪ねるもひょんな偶然から薬師如来と観世音夫婦に出会い世話になる事に。

阿難尊者→不覚にも耶輸陀羅に横恋慕してしまい、彼女の為に画策する。表向きは天王如来に従い、薬師如来には地蔵菩薩の隠れ家を知る為に彼の元を訪ねると嘘を吐く。耶輸陀羅が安心して暮らせる土地を一人で探す。

沙羅→文殊菩薩に焚き付けられ、釈迦牟尼如来に会いに行く

弁財天と摩奴陀羅→それぞれ、予想外とはいえ目障りな女が勝手に消えてくれて清々したとほくそ笑む。そんな中、天王如来の魔の手から耶輸陀羅を救い出そうと再び仏界を訪れた閻魔大王。だが天王如来が天帝となってから中央浄土の警備は強化され、以前より遥かに厳しくなっていた。辛うじて天帝の住まう屋敷であろう建物に侵入出来た物の危うく見つかりそうになる。が、間一髪後宮の一室で暮らしていた梵天の妻である弁財天の計らいに寄って事なきを得る。そして危険な香りのする色男の閻魔大王に興味を持ち、色仕掛けをして誘惑するも、金輪際耶輸陀羅以外を抱かないと誓った彼には見向きもされなかった。
自尊心を傷付けられ逆上する弁財天であったが、閻魔大王に耶輸陀羅の居場所を訊ねられ、仕返しとばかりに思わせぶりな言動で閻魔大王の興味を引き翻弄する。
そんなやり取りが交わされる中、天王如来は侍女を利用して梵天の毒殺に成功する。しかも罪を弁財天になすりつけ、彼女を犯人にでっちあげたのだ。
そうとは知らず閻魔大王を必死に引き止める弁財天。だが閻魔大王は弁財天に見向きもせず、あっさりと去って行く。
女としての自尊心を傷付けられた弁財天は逆上し、天王如来に閻魔大王の来訪を告げようと決意するも、後一歩の所で衛兵に捕まり梵天毒殺の容疑者として投獄されてしまうのだった。

阿難尊者と耶輸陀羅→薬師如来の元で一時的ではあるが厄介になっていた耶輸陀羅。いつまでも身重で、臨月間近であるにも関わらず産まれる気配の無い彼女は村人達にとって格好の餌食であった。
ある者は耶輸陀羅が不倫の末に薬師如来の子を孕み、哀れんだ観世音が仕方なく受け入れ同居しているのだと何の根拠も無い噂を流した。
またある者はいつまでも産まれぬ彼女の腹を訝しみ、鬼の子を孕んだのだと豪語して流布した。
元々外部から来た者には手厳しく、酷い時には村八分にして追い出してしまう位に閉鎖的だった小さな村故に薬師如来達も覚悟はしていたが、医者である薬師如来夫婦と違って何の役にも立たない耶輸陀羅は村人達から煙たがられ、針のむしろ状態であった。
阿難尊者はそんな事とも梅雨知らず、時折戻っては耶輸陀羅の様子を伺いながら安住の地を求め旅していたので気付いて居なかった。彼女が阿難尊者を気遣い、阿難尊者の前では努めて平静を装って居た事に。それでも薬師如来夫婦に迷惑かけまいと阿難尊者が帰還する度に共に連れて行って欲しいと懇願したが、阿難尊者と薬師如来が其れを許してはくれなかった。それ程までに耶輸陀羅の状態は芳しくなく、日に日に憔悴して行くのが容易に見て取れたのだ。
けれど自身の事よりも周りに気遣ってばかりの耶輸陀羅は、恩を仇で返す訳には行かないとひたすら前向きに、そして精力的に暮らして居た。
花嫁修行の一環で習った裁縫技術を生かし出来の良い刺繍や、毛糸で編んだ編み物を作成して其れを生活の糧にしていたのだ。しかも自ら村里へ降り立ち、売り物として売る為に村長へ挨拶がてら掛け合って。
最初こそ余所者という事で耶輸陀羅に冷たかった村人達だが、彼女の人柄に触れ、心を許す者も徐々に増えていったが、その一方で彼女の美しさを妬む者や彼女に懸想してしまい家庭崩壊まで引き起こしてしまった者まで現れ、結局耶輸陀羅は村里を出禁にされてしまう。
事態を重くみた薬師如来は観世音の反対も無視して、阿難尊者に事情を説明し早く彼女を匿ってやれる拠点を見つける様に苦言する。
ようやく事実を知った阿難尊者はもう四の五の言ってる場合では無いと決意を固め、嫌々ながらも地蔵菩薩の元を訪れるのだった。

沙羅、文殊菩薩、阿難尊者→身支度を済ませ、人間界へ下る事となった沙羅と文殊菩薩。とは言え大日如来の留守を預かっていた文殊菩薩は仏界の動きも気にしており、密かに妙見菩薩にも接触を図っていた。上司が投獄され、自身の身の上を不安に思っていた妙見菩薩。天王如来が天帝となった今、釈迦牟尼如来一派であった自分も近い将来投獄されるかもしれないと危惧していたらしい。もしくは自身の能力を天王如来に悪用され、用済みにあったら始末されるのであろうとも。だからこそ彼は文殊菩薩と結託し、逐一報告する事を約束してくれたのだ。代わりに文殊菩薩が使っていた秘密の隠れ家こと研究所に身を潜める事を条件に。
そうして、安心して旅立つ事になった沙羅と文殊菩薩であったが、問題はもう1つあった。
それは地蔵菩薩と釈迦牟尼如来の囚われている場所に侵入する方法だ。幾ら人間界に幽閉されているとはいえ、接触は容易で無い。しかも二人は、天王如来が耶輸陀羅を手籠めにしたいが為に仕方なく人間界へ送られただけであり、流罪の耶輸陀羅とは違って警備もしっかり付いており、会えたとしてもそれ以上は何もしてやれない。
だから、釈迦牟尼如来に同情して沙羅が変な気を起こさないか少し不安を抱いていた文殊菩薩が、会うだけだと念押しするも、複雑な心境の沙羅は答えあぐね黙っていた。
とりあえず二人が投獄されている場所だけは菩薩である文殊菩薩にも分かったので近づいてみると、幸か不幸か地蔵菩薩の元を訪れるべくして現れた阿難尊者と鉢合わせする事に。
堅物で真面目な阿難尊者は、明らかに不審な二人を見咎め詰め寄るも、人間観察が趣味だった文殊菩薩は阿難尊者の事を知っていたので事なきを得る。
そして事情を説明し、何とか中に入れる様に阿難尊者へ交渉を求めようとした途端に妙見菩薩から連絡が入ったのだ。
梵天殺害の罪で弁財天が投獄されたのだと。
これには文殊菩薩は勿論、阿難尊者もただただ信じられないといった様子で驚くばかりであった。
それどころか、由々しき事態だと認識した二人はそれぞれ大日如来に報告、天王如来に確認しようと試みるが、双方ゴタゴタしておりなかなか連絡がつかない。
それでも、文殊菩薩は連絡役の妙見菩薩と繋がっていた為、仏界の情報を手に入れる事は現在進行形で可能だったが、阿難尊者には其れが無い。天王如来を出し抜き、耶輸陀羅を密かに匿って幸せに暮らさせてやりたいと考えていた阿難尊者にとって、天王如来との通信が取れない現状は歯がゆくもあり不安でもあった。
こんな所で足止めを食う訳にはいかない、こうしてる間にも耶輸陀羅は迫害を受け、肩身の狭い思いをしているにも違いないから。一刻の猶予を争うのに、思う様に事が運べない現状に苛立ちを隠せなかった阿難尊者がついうっかり、うわ言の様に耶輸陀羅の名を口走った。
其の瞬間、沙羅と文殊菩薩が同時に反応してみせる。何故其処で耶輸陀羅様の名が出て来たのだ?と。ハッと我に返り口を紡ぐ阿難尊者を余所に、構わず文殊菩薩は言葉を続ける。
もし耶輸陀羅様について何か知っているなら教えて欲しい、自分達は彼女の味方なのだと。
其の一言に阿難尊者の心が僅かばかり揺れる。得体の知れない相手を果たして信用して良いものか、という気持ちと背に腹はかえられぬという複雑な思い。政界に身を置く天王如来と違って政治とは無縁に生きてきた阿難尊者。辛うじて兄の政敵が釈迦牟尼如来だという事だけは理解していたが、他は全く分からなかった。だが目の前の男は少なくとも自分より政界に詳しく、しかも通じているらしい。
だから阿難尊者も迷った挙句、詳しい事情は話せないが自分は耶輸陀羅のお目付役として彼女の身の回りの世話をしているのだと話した。更に、居場所は教えられないが、この先の事を他言無用にしてくれると約束するならば地蔵菩薩と釈迦牟尼如来の元へ案内してやろうと言うのだ。そして対価として仏界の情報を提供して欲しいとも。
それは圧倒的に阿難尊者が有利な条件ではあったが、他に交渉材料が少なかった文殊菩薩は一先ず約束を交わし、釈迦牟尼如来との面会を優先させた。
そうして、阿難尊者に連れられるまま収容所を案内される二人。
時代の天帝となった天王如来の実弟とだけあって、警備の厳しい収容所内も全て怪しまれる事なく素通りさせて貰えた。阿難尊者の口添えだけで。
だから、あっさりと釈迦牟尼如来に会えてしまって内心沙羅は拍子抜けだったのだが。
まるで魂の抜け殻の様に腑抜けてしまった釈迦牟尼如来を目の前にし、沙羅は想像以上に衝撃を受けた。
かつて自分を誰よりも愛してくれた男が、結婚当初から今の今まで不仲だった妻の為に実際罪を犯し、投獄され、しかも生気が抜けた様に落ち込んでしまっている事に。それは隣で仕切りに此処から出せー、と叫んでいた地蔵菩薩に比べると一層顕著に見えて。
まさか其れ程までに耶輸陀羅様を愛していたなんて…と思わず涙さえ目尻に滲んで来たその時、沙羅の姿に気が付いた釈迦牟尼如来の瞳にみるみる生気が戻っていったではないか。
そして弾かれる様に顔を上げ、何故此処に居るのか問う釈迦牟尼如来。
其の変化は誰の目から見ても明らかで、ずっと共に投獄されていた地蔵菩薩ですら目を疑う程であった。
そして当人の沙羅すらも、自分はまだ此の男にとって特別なのだと再認識する事が出来、満更では無く思えた。
だから沙羅も己を偽る事無く、お前に逢いに来たと素直に吐露したのだ。
そうすれば、今までの思い出がまるで走馬灯の様に蘇り、釈迦牟尼如来は懺悔するかの様に一言、済まなかったと沙羅に告げた。
対して沙羅は悲しげに、一体何に謝罪して居るのだろうと考えていた。自分以外の女を愛した事に対してなのか、それとも天帝を手に掛け仏界を混乱に陥れた事に対してなのか、不本意とはいえ死して仏に昇格した事で意図せぬ苦渋を味わう羽目になった花の精に対する贖罪の言葉なのか。
分からなかった沙羅は、しかし全てを赦す気持ちで、今まで有難うと述べてみせた。勝手に屋敷から居なくなって済まない、けれど私は今でもお前を愛している。と付け加えて。
其の、予想外の言葉に釈迦牟尼如来の目が大きく見開かれた。
そして、嫉妬心や独占欲から正妻である耶輸陀羅を焦がれ求めながらも、やはり初めて愛した女に勝る者は無いのだと痛感した釈迦牟尼如来はすかさず俺もお前を愛している、と口走った。
それでも、罪人として償うと腹を括っていた釈迦牟尼如来は穏やかな声色で最期に逢えて良かった、もう思い残す事は何も無いと沙羅に告げたのだ。
そんな釈迦牟尼如来の意向を汲んでか、沙羅は敢えて何も言わなかった。代わりに檻に手を掛け、柵越しに口付けを交わした瞬間。
隣で幽閉されていた地蔵菩薩の怒号が聞こえて来て、あっという間に雰囲気はぶち壊され皆の視線は地蔵菩薩へと注がれた。
地蔵菩薩は阿難尊者から一通り事情を聞いて、聞くに耐えない耶輸陀羅の現状を憂いた。けれど話しはそれで終わらず、阿難尊者は不躾な態度で隠れ家の在り処を教えろと命じて来たのだ。
其の、教えを請う態度とは到底思えない阿難尊者の無礼極まりない態度に腹を立てた地蔵菩薩は冗談じゃねえと一喝してみせ、皆の視線を集めたのだ。
そこへ仲裁として仲を取り持とうと試みたのが文殊菩薩だった。
彼は花の精の心情を思い遣り、気遣ったのか聞き耳を立てまいとしていた。だから代わりに地蔵菩薩と阿難尊者の話しを黙って聞いていたのだが、話しの成り行きを聞いて彼は思い付いたのだ。
そしてこんな提案を阿難尊者と地蔵菩薩に持ちかけた。耶輸陀羅を助けたいなら、地蔵菩薩を此処から出してやるのが得策だと。
其の意外な提案に一同は驚き戸惑うが、文殊菩薩は何食わぬ顔で言った。
仮に地蔵菩薩の隠れ家に身を隠す事に成功出来ても、天帝となった天王如来の前では余り効果を成さない可能性が高いだろうと。
そう指摘され、阿難尊者は黙りこくってしまった。兄は蛇の様にしつこく、執念深い。しかも耶輸陀羅に並々ならぬ執着心を抱いている。だから最初こそ地蔵菩薩の隠れ家を探す振りして、他に安住の地が無いか奔走していたのだ。尤もそんな場所、人間界に住んだ事も無ければ降り立った事すら無い阿難尊者には見つけようが無かったのだが。
地蔵菩薩は自信ありげに其れは無いと言い切るも、仏界にはまだ妙見菩薩という切り札が居た。彼は占星術で探し人の居場所を見つける事が出来る。万が一彼が捕まり、天王如来の手によって拷問され、強引に口を割らせる事が出来たら?
仮説ではあるが可能性が無い訳では無いからこそ、文殊菩薩の言葉に皆静まり返ってしまった。しかし文殊菩薩はだからこそ、地蔵菩薩を解放して天王如来の目を彼に向けさせれば良いと提案したのだ。
耶輸陀羅の腹の子は表向き地蔵菩薩との間に出来た事になっている。故に誰よりも嫉妬深くて敵愾心の塊の様な彼が地蔵菩薩を見逃す筈は無いと、文殊菩薩は考えたのだ。
そして地蔵菩薩を利用して天王如来の目を欺き、其の隙に耶輸陀羅を隠れ家に匿い出産させるしか無いと。
それは危うい賭けであったが、薬師如来曰く母体もそう長くは持たないと告げられて居た為、手段を選んでいる暇は無かった。
幸い仏界は今、弁財天の夫殺し事件で話題が持ちきりだ。実際天王如来も其の対応に追われ、思う様に身動きが取れないらしい。何せ創造神が殺されたのだからそうなるのは致し方無いのだろうが、逆に其れは阿難尊者達にとって絶好の機会だった。
こうして話しは纏まり、文殊菩薩が開発した解錠の道具で難なく解放された地蔵菩薩。
脱獄が露見する前に早く収容所から逃げようと皆が急く中、唯一人釈迦牟尼如来だけがこの場に留まる意思を示した。けれど情に熱い地蔵菩薩だけは、例え投獄されていた短い間だけだったとしても共に同じ時間を過ごした釈迦牟尼如来を見捨てる事がどうしても出来なかった。彼は耶輸陀羅の為に天帝殺しの罪を引き受けてくれた。それは紛れも無い事実であり、彼の言う通り裁きを受け報いを受ける事が道理に適っている事は頭で分かっていた。分かっていたがそれでも地蔵菩薩は釈迦牟尼如来に、お前も一緒に来いと敢えて言ったのだ。耶輸陀羅の為にも生きろと。
其の言葉に僅かながら眉をピクリと動かすも、其れは出来ないと頑なに動こうとしない釈迦牟尼如来。其処へ衛兵が現れ、皆は仕方なく釈迦牟尼如来を見捨てて去るしか無かった。
筈なのだが、沙羅はまるで石像の様に固まりその場から動けなくなってしまった。咄嗟に文殊菩薩が手を伸ばすも、それより早くに衛兵が沙羅を捉え拘束してしまい叶わず。
大日如来に何と言って良いか分からなくなった文殊菩薩は、後ろ髪引かれる思いでやむなくその場を離れるしかなくなってしまう。
見兼ねた釈迦牟尼如来が沙羅を庇って逃す様、衛兵達に命ずるが当然無視されてしまい、沙羅は衛兵達の慰み者となる。
それでも釈迦牟尼如来を見捨てるよりは遥かにマシだと思った沙羅は、彼の愛人だった事を衛兵に明かし共に死する道を選ぶのであった。

閻魔大王→唯でさえ御世が変わり、混乱していた仏界。其処へ追い討ちをかける様に梵天殺害の嫌疑が妻であった弁財天にかけられ、天王如来は其の後始末に追われていた。
其の隙を突いて後宮を後にした閻魔大王は、より有力な情報を求めてとある人物の元を訪れようとしていた。
其れはかつての旧友である大自在天の元だった。いつもなら迷う事無く大日如来を頼っただろう。
だが最後に会った大日如来の表情は酷く思い詰め、芳しくないものだったと記憶していた閻魔大王は何となく彼に会うのを躊躇った。其れに、年若い大日如来よりも長生きしていて地位も高い大自在天を頼れば、天王如来に接触を取るのもそう難しくないかもしれないと淡い期待を抱いていた。
だから数少ない記憶だけを頼りに大自在天の屋敷へと向かった筈なのだが、辿り着いたのは何故か宿敵とも呼べる釈迦牟尼如来の屋敷であった。
しかも何を思ったか、耶輸陀羅と初めて結ばれた釈迦牟尼如来の婦人専用施設が眼前に存在していたので。無意識とはいえ、事の発端でありたった一度の過ちがあった筈の情事が交わされた思い出の場所に足を運んでしまうとは。と閻魔大王は思わず苦笑してしまった。
そうして、余程感慨深かったのか暫くその場で出逢った頃の思い出を一人で懐かしんでいると、聞いた事のある声が後方から聞こえてきたではないか。其の声の主は他でも無い、釈迦牟尼如来の第二夫人である摩奴陀羅であった。
彼女は悦に入った様な嬉しげな笑みを浮かべ、笑いながら言ったのだ。
これでアンタもお終いね、と。
其の言葉に閻魔大王は静かな怒りと、例えようの無い哀れな気持ちを抱きながら黙って彼女の言葉に耳を傾けた。
摩奴陀羅は言った。当初の目的から大分かけ離れ、夫釈迦牟尼如来は罪人として投獄されてしまい一時は絶望して全てを憎んだ事もあったと。
しかし憎い耶輸陀羅も罪人として流刑に遭い、行方知らずの花の精は自分の目の前から姿を完全に消し、更に釈迦牟尼如来に対して嫉妬と羨望の眼差しを向けていた天王如来はまるで彼から全てを奪うが如く釈迦牟尼如来の愛人全てを自分の女として囲ったのだ。
そして耶輸陀羅不在の為、釈迦牟尼如来の第二夫人だった摩奴陀羅が事実上天王如来の正妻に繰り上げする事が決まったのだが。
しかしアンタも馬鹿よねぇ、怒りに任せて勇み足で出て行ったと思ったら兄貴を身代わりに寄越すなんて。馬鹿というか最早鬼畜ね。と摩奴陀羅がのたまった瞬間、閻魔大王の血相が変わった。
どういう事だ?と詰め寄る閻魔大王に対して
惚けないでよ、アタシが親切に教えてあげたんじゃない。あのふしだらで恥知らずの耶輸陀羅が天帝の前にしょっぴかれて処刑されるわよって。と、答える摩奴陀羅。彼女は本当に事情を知らされていなかった閻魔大王を尻目に、聞かれてもいない事をつらつらと語ってみせた。嬉々として、まるでこの瞬間を待ち侘びていたかの様に。
あの時、妙見菩薩の占星術で先に耶輸陀羅の居場所を把握していた釈迦牟尼如来は、一時期花の精を匿っていた時と同じ様に耶輸陀羅を監禁し手中に収めていたのだが。
其れを快く思っていなかった摩奴陀羅は厄介者払いするかの様に天帝へ密告し、耶輸陀羅を天帝に売り渡したのだ。閻魔大王を尋常では無い位に憎悪している天帝なら、必ずや耶輸陀羅とお腹の子供を生かしておかないだろうと踏んで。
しかも此れ幸いにと、彼女は笑いながら言ったのだ。閻魔大王の子だろうと釈迦牟尼如来の子だろうとアタシには関係無いけど、邪魔だったのよね。だから母子共々消えてくれて清々したわ。と。そして極め付けに、これで私の願いは全部叶ったって訳。と。
摩奴陀羅の願い、其れは邪魔者を蹴落として権力者の正妻になり、栄華を独占する事。ついでに言うなれば子孫を残し栄華を極める事だったのだが。
私利私欲に塗れ、子を望む癖に子を孕んだ耶輸陀羅を平然と陥れて母子諸共始末を企んだ悪魔の様な此の女だけは生かして置いてはならぬと本能的に悟ったのか、気が付けば彼はカラダンダと呼ばれる自身の愛用の杖から刀を取り出し、思わず目の前にいた摩奴陀羅の体に斬りかかって居た。別名死(運命)の杖と呼ばれる其れは、本来ならば其の名の通り問答無用で亡者の魂を転生させる事が出来る。しかし亡者の魂に限る為、生者は勿論、死者であっても其れが地獄行きではなく極楽行きの魂には効果を成さない。転生させられるのは地獄に堕ちた哀れな魂だけなのだ。
ちなみに、閻魔大王自身此の杖を使った事があるのは生涯一度きりである。しかも其れは薬師如来と観世音の為に使ったというよりも、自由になれない身の上を嘆きながらも心の何処かで全てを捨ててまで愛を求める覚悟が足りなかった閻魔大王自身が二人の愛に感銘を受け、気紛れに礼として転生させただけに過ぎない。それでも結果的に薬師如来と観世音は転生出来た訳だし、閻魔大王も覚悟を決めて沙羅と耶輸陀羅を奪おうと暗躍するきっかけになった。
なので閻魔大王本人は其の事に関しては後悔などしていない。
だが今は違う。耶輸陀羅が自分の子を孕んだと知り、彼は初めて家庭という物を意識した。今の今まで結婚願望は愚か、結婚して縛られる事すらあんなに嫌悪していたというに。
耶輸陀羅とならば、どうしてか幸せな家庭像がいとも容易く想像が出来てしまったのだ。あの優しくてあどけない笑みを浮かべた愛しい女が、自分の傍で愛しげに我が子を抱く未来を。
だからこそ、一層此の女が許せなくて。思わず激情に駆られた閻魔大王は杖が使えない代わりに刀を取り出したのだ。実は仕込み杖であり、内部には父阿修羅の愛刀であった無敵の鬼神剣アパラージタを咄嗟に取り出し、有無を言わさず摩奴陀羅の胴を縦に切り裂いたという訳だ。
けれども彼は腐っても地獄一の好色男だ。どんなに憎たらしい女でも、顔を傷付けるのはどうしても躊躇われた。其れが仮に愛する女を嵌めた、殺したい程憎たらしい女だったとしても。
しかも悪女とは言え、非戦闘員を問答無用で殺す事に潜在的な罪悪感を抱いてしまったのだろう。摩奴陀羅は致命傷こそ負わされた物の、絶命は間逃れた。だから、よたよたとよろけながらも死を目の当たりにして恐怖で顔を歪むながら必死に死にたくない、殺さないで。と惨めに懇願してくる摩奴陀羅相手に、閻魔大王は酷く虚しく遣る瀬無い気持ちにさせられた。
こんな事をしても耶輸陀羅はきっと喜ばないだろうと思ったから。だから彼はそっと背を向け、その場を後にしたのだ。そして今度こそ大自在の元に向かおうと思ったその時、其の者は現れたのだ。

妙見菩薩→閻魔大王の前に現れた使者、其れは妙見菩薩であった。彼は大自在天に命じられ迎えに来たのである。耶輸陀羅の元に彼を案内する為に。
其れを聞いて訝しむ閻魔大王。何故先回りするかの様に大自在天が自分の居場所を知っているのか、しかも耶輸陀羅の場所まで教えてくれるなんて。
不思議でたまらなかった閻魔大王が目の前の使者を問い質せば、一瞬迷った素振りをみせた妙見菩薩は躊躇いがちにぽつぽつと語り始めたのだ。
閻魔大王が二度と戻らない覚悟で地獄を捨て、仏界に向かったと腹心だったトゥルダグが大自在天に内密で伝えて来たのだと。
其れに対し閻魔大王は驚きを隠せなかったが、妙見菩薩曰くトゥルダグは幼少の砌より我が子の様に育てて来た閻魔大王と地蔵菩薩が心配で堪らなかったらしい。
しかも己が仕組んだ事とはいえ、閻魔大王の身代わりとして地蔵菩薩を摩奴陀羅と会わせてしまったが為に、結果地蔵菩薩が投獄されてしまったと知り恥を忍んで大自在天に泣き付いて来たのだ。過去の事を今すぐ水に流すのは難しい、けれど己の命よりも大切な二人を失うくらいなら自分が犠牲になった方がマシだ、と。そして自分の命と引き換えに閻魔大王と地蔵菩薩を助けて欲しいと懇願して来たのだ。
其の腹心らしからぬ予想外の行動に閻魔大王はただただ唖然とするばかりであったが、大自在天が意地悪く二人分の命を助けるのに対価が一人分の命ではなぁ、と渋ってみせれば、トゥルダグは代わりに地獄界の秘宝を一つ献上するから其れで赦して欲しいと地に頭を擦り付け何度も何度も頼み込んだのだ。
大自在天としてはあくまでトゥルダグの本気度を試すだけのつもりであったが、余りにも彼が真剣で必死な為、逆に嫌な予感に駆られて直ぐ様対応する事にしたらしい。
そして居場所が分かっている地蔵菩薩よりも、混乱している仏界で何をしでかすか分からない閻魔大王と先に接触して説得しようと試みたのだ。
だが長い付き合いのトゥルダグには薄々分かっていたのだろう。最早説得など不可能であると。だからトゥルダグは後生だと言わんばかりに、閻魔大王と耶輸陀羅を引き合わせてやって欲しいと頼み込んだのだ。
本音を言えば腹立たしく、口惜しくて堪らない。何故相手が仏界の女なのだと。けれど其れを抜きに考えた時、トゥルダグはハッと胸を打たれたのだ。あの幼い頃から我儘で女誑しで自己中心的な閻魔大王が、たった独りの女に夢中となり、しかもどんなに心配して促しても他の女には目も暮れようとしない現実に。そして頑なに結婚を拒否していた彼が、ある日唐突に結婚や家庭に興味を示す様な言動を自分に投げかけて来た時の事を思い出し、涙が溢れたのだ。
もしかしたら一生恵まれなかったかもしれない閻魔大王の子を、此の手に抱く事が出来るかもしれないのに、と。
それなのに自分は、閻魔大王の幸せよりも地獄世界の安泰ばかり気にして、少しも閻魔大王に歩み寄ろうとはしなかった。
それどころか花の精や耶輸陀羅を故意に退け、結果的に閻魔大王を追い詰めてしまったと後悔すらしていた。
だからトゥルダグは絞り出す様な声色で、私は取り返しのつかない事をしようとしていた。だが私の望みはたった一つ、大王様と地蔵菩薩様の幸せだけなのだ。だからあの二人を…救って差し上げては下さらぬか?と。
そんな、トゥルダグの深い深い親愛に大自在天は心を打たれ、妙見菩薩に命じて耶輸陀羅の居場所を今度こそ突き止める様命じたのだ。
その、一見無理難題に見える命令に妙見菩薩は異論を唱える事もせず、二つ返事で答えてみせた。
彼は釈迦牟尼如来の命とはいえ、以前閻魔大王達に耶輸陀羅の居場所を占ったが嘘をついて騙した過去がある。余程後ろめたかったのだろう、彼は耐え切れず閻魔大王に対してあの時は本当に申し訳ありませんでした。と意を決して謝罪したのだ。
本当は妙見菩薩の占星術ならば耶輸陀羅の居場所などいとも容易く調べる事が出来る事、しかしあの時は釈迦牟尼如来に命じられて仕方ない事とはいえ3人を欺いてしまった事、更に未来を変える事は不可能なので自分の意思で占星術を行う事を禁じており余程の事が起こりそうに無い時は、滅多に占う事をしないのだと言った。
その生真面目で実直な妙見菩薩の人柄に好感を覚えた閻魔大王は笑いながら気にするな、と言ってくれた。だから妙見菩薩も此の時は安堵していたのだ。此の時ばかりは。
しかし、そんな妙見菩薩の束の間の安堵は脆くも崩れ去る事になる。閻魔大王に突き付けられた、無情な現実の前に。

弥勒如来、観世音、薬師如来→天王如来を巧みにけしかけ、見事思惑通りに梵天を始末した上に弁財天までをも嵌める事に成功した弥勒。其の成功報酬として那羅延天から観世音の居場所を聞き出した弥勒は、早速彼女の元を訪れるべく人間界へと降り立っていった。
だが薬師如来と睦まじく暮らす、妊婦となった観世音を前に弥勒は茫然自失となるより他なかった。
やっと愛しい女に再会出来たと思ったのに。こんな仕打ちはあんまりだ、と遣る瀬無い絶望感に支配されていく。けれど己の命まで賭けて弥勒を庇い、地獄行きすらも厭わずに冤罪を被ってくれた彼女の気持ちを想うと、とてもでは無いが今の幸せを打ち砕く勇気など弥勒には持てなかった。
愛しているからこそ、身を引く。其れが今の自分に唯一出来る、観世音に対する愛の証明だと思ったから。ついに彼は愛する女を諦め、引き下がるのであった。

那羅延天、弁財天→天王如来の計らいにより毒殺された梵天。相手の心すら読み解く梵天はまさに創造神といった存在に相応しく、万能かと思われた。しかし梵天も万能ではなかったのだ。好き心で手籠めにしようと目論んでいた吉祥天が、まさか目の前で自害するとは想像すらしていなかった。しかも妻としての誇りを守る、ただそれだけの理由で。それまで女を一人の人格としてでは無く、聖欲を満たすだけの玩具として認識していた梵天にとって吉祥天の死は衝撃的と言っても過言では無かったのだ。だから、慈悲を強請る弁財天の相手をするのも気が進まず、彼は暫くの間吉祥天の死を引きずる様に塞ぎ込んでいた。
其処に付け入った天王如来。生前彼は釈迦牟尼如来を毒殺しようと目論み、失敗した物の毒薬の知識は人一倍優れていた。なので怪しまれぬ様、心を悟られまいと毒の入った差し入れを寄越したのだ。弁財天名義で。
だから梵天も油断し、まんまと罠に嵌り命を落とす羽目になった。
そして嵌められた弁財天は那羅延天の望み通り、夫殺しの罪を着せられ投獄されていたので。復讐が成功しつつあり、妙な高揚感と未だ失われていない憎悪がそうさせるのか、彼は気付けば元妻の元に足を運んでいたのである。
気分はどうだ?と冷めた声色で弁財天に話しかける。だが弁財天は答えなかった。代わりに、何の御用でしょう。と何ら平素と変わらぬ様子で問い返す弁財天。
其の、那羅延天の皮肉すら意に介さず落ち着き払った弁財天の態度を忌々しく思った那羅延天は吐き捨てる様に、吉祥天では無く君の様な売女こそが命を落とすべきだったな!と声を荒げて言ったのだ。
なのに弁財天は気分を害する処か笑って相変わらず酷い方なのですね、貴方は。と軽蔑する様な素っ気ない口振りで言い返した。
己の不甲斐無さを棚に上げて哀れにも枯れた老人に寝取られた元妻を売女と罵り、良妻と名高い妻さえも自分の落ち度が原因で亡くした癖にまた罪を元妻に擦りつけるのかと。
そんな弁財天の反撃に逆上した那羅延天が何だと!と叫ぶも、弁財天は薄く笑って、貴方も地獄に堕ちれば良い。私を見捨て、他の女に走った貴方を私は決して赦しはしません。と宣言したのだ。
そして隠し持っていた琵琶のバチで彼の首を刺し、すかさず自身の首を掻き切り自害するのだった。

閻魔大王、地蔵菩薩、阿難尊者→妙見菩薩に連れられて地蔵菩薩の隠れ家へとやって来た閻魔大王。其処には苛立ちを含んだ様子でウロウロと左右を行ったり来たりする地蔵菩薩と暗い顔をして俯く阿難尊者の姿があった。
久しぶりに閻魔大王と対峙する地蔵菩薩は一瞬明るい表情を浮かべるも、直ぐに表情を硬くして只一言、力になれなくて済まないと謝罪を述べたのだ。其の不吉な予兆を感じさせる兄の言葉に、嫌な予感を覚えた閻魔大王が逸る気持ちを抑えながらも一体どういう事だ?と問い質すも、地蔵菩薩はぎゅっと唇を噛み締めてだんまりになるばかりだった。
仕方なく、面識の無い阿難尊者を無視する様に隠れ家の中へと足を踏み入れる閻魔大王。
其処には待ち焦がれていた、愛しい女との最期の対面が待っていた。
出産予定日をとうに迎えた彼女の腹は、今にもはち切れんばかりの最高潮な膨らみに達していた。今まで釈迦牟尼如来、そして天王如来が良しとしなかった為、腹の中に我が子を留め安心して産める日まで頑として出産しようとしなかった。其れは母としての愛の為せる業。まさに6年もの間、羅怙羅と名付けられた我が子を胎内に宿して守り抜いた耶輸陀羅は母の鏡とも言える。
けれど事情を一切知らされていなかった閻魔大王はまるで生気を感じられない、青白い顔をして眠る耶輸陀羅を前にただただ狼狽えるばかりであった。
目を覚ましてくれと、声を聞かせてくれと、やっと逢えたのに其方の身に一体何が起きたというのだ耶輸陀羅姫よ、と嘆く様に一人呟く閻魔大王。
幼少の時から既に達観しており、冷めていた彼は涙など一度足りとて流した事は無かった。しかし今はどうだろう。目を覚ます気配すら感じられない愛しい女の姿を前に、彼は初めて一筋の涙を流してしまったのだ。すぅっと静かに頬を伝って落ちる其れ。
其れが寝台の上で両手を重ね眠る耶輸陀羅の手の甲に落ちてぶつかり、弾けた瞬間。
まるで奇跡でも落ちたかの様に耶輸陀羅はふっと目を覚ましたのだ。
そして彼女の透き通った紅色の瞳が閻魔大王の姿を捉えた瞬間、彼女は夢心地に微笑んで、今日は何という素晴らしい日なのでしょう、まさか夢とはいえ貴方にお逢い出来るなんて。とか細い声で呟いてみせたのだ。
其の明らかに弱々しく、今にも消えてしまいそうな儚さに閻魔大王は咄嗟に言葉が出てこなかった。
いつも二つの大きなお団子から数本の三つ編みを垂らしていた耶輸陀羅。だが今は出産に励む準備の為か、お団子と三つ編みは解かれ、踝(くるぶし)まで届くほど長い金糸が寝台を包んでいる。其れがまた元々の美しさに拍車を掛けて彼女の美貌を増している様に見える反面、普段と違う雰囲気のせいなのか、或いは本当に危うい状態なのか、今直ぐにでも儚く消え入りそうな予感を閻魔大王に与えた。
だから言葉が出ない代わりに寝台に近付いては跪(ひざまず)き、ただそっと耶輸陀羅の小さくて可愛らしい手を取って、それでも何も言わずに彼女の手を頬に手繰り寄せて頬擦りしてやったのだ。
と、ほぼ同時にバタン!とけたたましい音を立てて開かれる扉。其処には酷く慌てた様子ではぁはぁと息を切らし、駆け込む様に現れた薬師如来の姿があった。
耶輸陀羅様、まだ御生れにならないのですか⁈と開口一番叫ぶ様に問うた薬師如来。
其の言葉に対し、何故薬師如来様が此処に?と素朴な疑問を漏らす耶輸陀羅。居場所も告げずに黙って薬師如来夫婦の元を去った彼女は、散々世話になったというのにも関わらず録(ろく)に挨拶も出来ず阿難尊者に引き摺られる様に此の地蔵菩薩の隠れ家へと連れて来られたのだ。
だから、何の前触れも無く現れた薬師如来の来訪に困惑しながらも、此れも夢なのだろうと勝手に思い込んで生憎此の身故に何のおもてなしも出来そうにありません。お許しを、と言って残念そうに眉を落とす耶輸陀羅。
だがそんな事はどうでも良いと言わんばかりに室内へと踏み入れ、出産準備に取り掛かり始める薬師如来と、後から続く様に現れた阿難尊者が出過ぎた真似をして申し訳ありません、ですが兄上が失脚する見通しが立たない以上今夜中にご出産されなければ母子共々命が危ういと思われます。などと物騒な事を言い出したので。
そんな馬鹿な、と思わず口走りそうになった閻魔大王は一瞬頭が真っ白になってしまった。
具合がすこぶる良くないとは思ったが、まさか此処までとは。と非情な現実を前に自然と手が震える。
けれど夢とは思えない其の明確な震えと、険しい表情を浮かべながらも必死な様子で出産準備に勤しむ薬師如来、数日前から曇った表情しか見せず今も尚暗い顔をして見守る様に自分を見つめている地蔵菩薩と阿難尊者の姿を前に、ようやく此れは現実なのだと認識し始めた耶輸陀羅は、弾かれる様に傍で佇む閻魔大王の方に視線を戻す。
そしてまじまじと彼を見詰めながら、此れは幻では無かったのですか?と問えば、やっとの思いで最愛の女と再び逢えたというに其れが束の間の喜びだったと思い知らされた閻魔大王は力無く笑って、あぁそうだ、我は幻などでは無く本物だ。と答えてみせた。
其の瞬間、耶輸陀羅の澄んだ様に美しい瞳からほろほろと涙が零れ落ちていく。
まさか最期にもう一度お逢い出来るなんて…あぁ、此れで現世に未練無く旅立てそうです。と呟く耶輸陀羅。
其の覇気の無い弱々しい声と、まるで死を予感させる不吉な物言いに対してとうとう耐えきれなくなった閻魔大王はただ一言、絞り出す様な苦しい声色で何を気弱な事を言う、其方にはあと数人、我の子を産んで貰わねばならんのだぞ。と。
子煩悩でも無ければ子供好きという訳でも無い、ただ愛する女を現世に繋ぎ止める為ならば例え嘘だとしても更に子が欲しいから生きろと強要する事に何の躊躇いも無かった。
其れが耶輸陀羅にも分かったのか、或いは既に死期を悟っていたのか分からないが、彼女は寂しそうに笑って、此の子はきっと私の生命と引き換えにしてでも此の世に送り出してみせます。ですから閻魔様、どうか此の子を貴方と花の精の御方の養子にして頂けないでしょうか。などと言い出したのだ。
思わぬ懇願に絶句する閻魔大王。地蔵菩薩は知っていたのか、険しい表情を浮かべながらもただ押し黙って成り行きを静かに見守っているだけ。
其処で漸(ようや)く、耶輸陀羅の死後一体誰が子供の面倒を見るのかと以前訊ねた事のあった薬師如来は複雑そうな面持ちで其れを聞いていた。
彼女はあの時から死を覚悟していたのかもしれない。そう思うと、愛妻がとうに出産を果たし毎日苦戦しながらも楽しそうに育児に勤しむ姿を脳裏に描いた薬師如来は悔しくて歯痒くて堪らなかった。
耶輸陀羅とて何も最初から放棄していた訳では無い、薬師如来夫婦の住まいに居候していた際、彼女は売り物と称して刺繍や編み物をしていた。其の傍で我が子の為の肌着を編んでいた事も薬師如来夫婦は知っていた。だからこそ余計に辛くて。我が子を殺されまいと自分の寿命を引き換えにしてでも胎内に我が子を留めて守り、しかし全く希望を失わずにコツコツと我が子の為に今出来る事に励んでいた耶輸陀羅の健気な姿は、基本的に他人には無関心な薬師如来の胸を打つ物があった。
母として我が子を抱けない、我が子の成長すら見れない、其れがどんなに耐え難く辛く苦しい事か、同じ女である観世音も痛い程理解出来たからこそ、こうして薬師如来を躊躇いなく送り出してくれたのだろう。
出来た妻に感謝する傍、念願の再会を果たした閻魔大王の心情を思うと遣る瀬無い気持ちにさせられた薬師如来は、彼に借りを返す為にも耶輸陀羅を絶対に死なせまいと意気込んだ。
しかし、此処数週間寝込んでいる事が多かった耶輸陀羅の体力は殆ど無いに等しく、体も見るからに弱り切っていた。膨よかだった体は僅かに痩せ衰えて、突き出た腹以外は妊婦と思えない程だったので。閻魔大王は薬湯を無言で渡してきた地蔵菩薩から碗を黙って受け取り、しっかり食べねば精もつかんだろうに。此れを飲んだら粥でも用意してやるから食すのだ、耶輸陀羅姫よ。と声を掛け、甲斐甲斐しく彼女の体を抱き起こしてやった。
そうすれば、言われるがままされるがままに薬湯を口にし、小さく頷く耶輸陀羅。あの時と変わらない、閻魔大王と地蔵菩薩の優しさが身に染みる。
其れと同時に、こんなにも良くして貰っておきながらこんなにも激しく閻魔大王に心惹かれる自分を滑稽だとも惨めだとも思った耶輸陀羅は、再会出来た喜び以上に虚しさと切なさを覚え始め、此の子の名は羅怙羅です。とだけ伝えた。
其れに対し、閻魔大王はそうか。としか答えなかった。もっと聞きたい事、話したい事が山の様にあった筈なのに。今までどうしていたのか、何があったのか、此の子は男なのか女なのか、それさえもままならない程、閻魔大王はただひたすら心の中で耶輸陀羅の無事を願っていた。
そんな、悲壮感漂う二人を見るに見かねた地蔵菩薩が、重い口を開く。
お前、花の精と結婚するんだってな。トゥルダグから聞いたぜ、と。
其の言葉が耶輸陀羅の胸に深く突き刺さる。此れには事情を深く知らない阿難尊者さえ、何も今こんな時に言わなくても良いでは無いか。と非難したくなったが、地蔵菩薩はあくまで淡々とした口調で、だからこそお前ら夫婦二人に育てて欲しいんだとよ。花の精が子を産めない代わりにってさ。と言い出したのだ。
其処で、いつもの地蔵菩薩ならもうとっくに感情的となり閻魔大王を詰っていただろう。何故花の精という最愛の女が居ながら耶輸陀羅様にまで手を出したんだと。常々軽薄だと思っていたが、まさか此処までとはな、見損なったぜ!位は言ってのけただろう。
だが通夜の様に重苦しく、物悲しい雰囲気が漂う空間で非があるとはいえ実の弟を罵り責め立てる気持ちにはどうしてもなれなかったのだ。
代わりに何故花の精なんだ、お前の子まで成しただけじゃなく、どこまでも他人の幸福ばかり優先して考える彼女が何故こんな仕打ちを受けなきゃならないんだ!と憤りと焦ったさを抑えるだけで精一杯だった。
が、そんな思い掛けない地蔵菩薩の一言に、閻魔大王は怪訝な顔をして一言、それは誠か?と聞き返してきたのだ。
其の、如何にもすっとぼけた様な的の得ない言葉に苛立ちを感じた地蔵菩薩はあったりめぇだろ!こんな事で嘘吐くかよ!と、とうとう声を荒げてしまった。
瞬間、耶輸陀羅の華奢な体がビクッと震えた。其れに気付いた薬師如来が、すかさず牽制する様な硬い声色で大声は慎みたまえ、母体に触る。とだけ言ったから、うっかりとはいえ耶輸陀羅を怖がらせてしまった事を深く反省した地蔵菩薩は悪りぃ…とバツが悪そうに謝るしか無かった。
だが、閻魔大王は苦虫を潰した様子でトゥルダグめ、我を嵌めたな…?と忌々しげに呟くのがやっとだった。
其の言葉にまさか、と勘付いた地蔵菩薩は、あの野郎…俺だけじゃなく閻魔さえも嵌めてやがったのかよ。と吐き捨てる様に呟いてみせた。
それでも、閻魔大王が耶輸陀羅では無く花の精を求めていた事を知っていた地蔵菩薩は躊躇いがちに、けどお前、沙羅っつったっけか?あの女と…その、く、口付け、してたろ?屋敷の入り口と正門のちょうど中間くらいで。と、顔を赤らめ口籠もりながらも確認したのだ。そんな、相変わらず初心な反応を見せる地蔵菩薩を余所に、閻魔大王は腹心の裏切りに静かな怒りを燃やして、あれは別れの口付けだ。沙羅よりも耶輸陀羅姫、其方を選んだ証のな。と、きっぱりとした口調で述べたのだ。
其れは耶輸陀羅にとっても地蔵菩薩にとっても予想外であり、衝撃的な事実だった。
てっきり花の精と寄りを戻したのだとばかり思っていた。だが実際は違ったらしく、花の精にどちらか一人を選べと問われ、馬鹿正直に妊娠の事実を抜きにしても庇護欲を誘う耶輸陀羅を放って置く事は出来ないと答えたばかりに我は振られたのだ。と閻魔大王は説明したのだ。
其れは花の精に振られたから耶輸陀羅に乗り換えた訳ではなく、明確に閻魔大王自らの意思でどちらか一人を選べと言われたから耶輸陀羅を選んだだけだと言わんばかりの説明だった。
女を落とす事にかけては百戦練磨の閻魔大王でも、恋愛の駆け引きになると途端に不器用になってしまうのが何度も現実的でありがちな話だな。と其の場に居た誰もが思う中、耶輸陀羅だけは違った。
刷り込みとは恐ろしい物で、命と同じくらい大切な指輪を手切れ金として渡された耶輸陀羅にとって、花の精は絶対的な存在であり死んでも敵わない相手という認識だった。
だから、彼女は力無く笑ってもう良いのです。私は此の子を授かれただけで幸せでしたから。と大きく膨らみ過ぎた腹を愛おしげに撫でてみせた。
だから心置き無くあの方と一緒になられて下さい。あの方はきっと、貴方を幸せにして下さるでしょう。と悲しげに笑って。
其れはまるで自分の愛情は全て此の子にしか注いでいないとでも言いたげな態度で。そんな、珍しくつれない態度の耶輸陀羅をいじらしくも憎らしくも思った閻魔大王は、何を馬鹿な事を。其方は我と共に生き、これから更なる幸せを謳歌するのだ、気を確かに持て!と一喝するも、耶輸陀羅は其処で初めて自分の手をずっと握って居てくれた閻魔大王の手を握り返し、自分の寿命くらい自分で分かります。とだけ言って眠る様に目を閉じた。
其れは一瞬、本気で死んでしまったのでは無いかと皆を不安にさせる様な仕草であったが、脈を測った薬師如来が安堵した口振りで大丈夫だ、恐らく疲れて睡魔に襲われたのだろうと言ってくれたので他の3人はほっと胸を撫で下ろす事が出来た。
しかし耶輸陀羅の容体は一向に芳しくない。体力の衰えた彼女には出産に至るまでの力さえ最早残っておらず、破水どころか陣痛さえ来る気配が一切見られなかった。
徐々に焦りと苛立ちを覚え、そわそわし始める一同。そんな中、努めて冷静を保つ振りをしていた薬師如来はこうなったら最後の手段しか無い。と手術による出産を試みようとする。
けれど此の時代、医学や医療の発達していない現世において帝王切開はまさに死と隣り合わせ。母子共に助かる確率は極めて低い。それでも転生し、神通力を失った薬師如来の出来る事と言えば手術しか無かったので、刻一刻と空が闇色に近づく中着々と準備が進められる中。奇跡は起こったのだ。
ビシャ、と何の前触れも無く、渾々と眠る耶輸陀羅の股から水が溢れ出る。其れは明らかに尿とは異なり、寝台を覆う布の色がみるみる変わっていく程大量であった。
破水が起きたのだろう。だが、陣痛より先に破水が起こってしまった事に不安を覚える薬師如来。普通なら陣痛が先に来て、間隔が短くなると共に子宮口が開いて行き、其れに伴い破水して子宮口が全開になる。
時折順番は変わるものの、一般的な流れは大体此の様な流れだったので。産科は専門外であったが薬師如来は一抹の不安を覚えながら対応に当たった。
脈拍は弱々しいが辛うじてまだ打っている、逐一脈拍を確認しながらも薬師如来は盥(たらい)一杯のお湯と清潔な手拭い、手術道具一式と感染症を防ぐ為に簡素ではあるが滅菌室を用意しようと準備を進めて行く。また、阿難尊者に産婆を連れて来る様、命ずる事も忘れない。
けれど事態は直ぐ様一転する。
阿難尊者が産婆を呼びに隠れ家を飛び出そうとした其の矢先、陣痛を起こす事無くするすると羅怙羅は産まれて来たのだ。自らの意志で、月夜の明かりに導かれるかの様に。
しかも今夜は偶然にも皆既月食の日。羅怙羅には障害という意味の他、日食や月食の意味も持っており。彼は其の名を体現するかの様に真っ赤に染まった、禍々しい満月に照らされながら産まれて来たのだ。
何という奇跡だ、と呻く様に呟く薬師如来と、固唾を飲んでお産を見守る一同。陣痛らしい陣痛も無いまま、いつの間にか開いた子宮口からスルリと滑り落ちて来る様に産まれて来た羅怙羅は、おぎゃあおぎゃあと其れは其れは元気に鳴いてくれた。
静寂だけが支配していた此の空間を切り裂く様に、力強く、生命力に満ち溢れた己の存在を皆に知らしめるかの如く。
そうして、産婆を呼ぶ前に産まれてしまった羅怙羅を抱き上げたのは意外にも伯父となった地蔵菩薩其の人だった。
彼はただひたすらに愛する女の無事を願う様に、決して握った手を離そうとしない閻魔大王を気遣って自ら其の役を買って出たのだ。
そして薬師如来に命じられるまま、別室で羅怙羅を産湯に浸からせる。
其の後、間も無くして閻魔大王の慟哭が彼の耳にも伝わって来た。
羅怙羅を産むと同時に彼女は息を引き取ったのだ。まさしく自身の命と引き換えにするかの様に。
だが、最初こそ信じられないと言った様子で愛する女の亡骸を揺さぶり、起きてくれ耶輸陀羅姫。其方と我の子が産まれたのだぞ、早く抱いて乳をやらねば可哀想ではないか。いい加減目を覚ますのだ。と涙を浮かべながら優しく話しかける閻魔大王に対し、薬師如来は無情にも無駄だ。彼女はもう…既に‥‥事切れている。と聞こえるか聞こえないか分からない位小声で呟いてやった。
それでも信じられなかった閻魔大王は固く目を閉じて、薬師如来よ、無粋な冗談は寄せ。と宣(のたま)う。
そして、出産という大役を終えて穏やかな笑みを零しながら眠った様に亡くなってしまった耶輸陀羅の頭を何度か撫でてやりながら、愛しておるぞ耶輸陀羅姫。未来永劫、其方だけを愛すると誓おう。他の女にはもう見向きもせぬ、だから―――とまで言って、息を詰まらせる閻魔大王。
認めたくは無いが最愛の女の死を悟り、彼は堰(せき)を切る様に咽び泣いた。
沙羅に続き、其方まで愛してると我に伝えさせぬのか。と心の中で耶輸陀羅を密かに詰る。
其れは目も当てられない光景で、限界だと言わんばかりに咳払いをして席を外す薬師如来。其れに倣って名残惜しげに退室する阿難尊者。
ただひたすら涙する閻魔大王を尻目に、彼そっくりな漆黒の髪と耶輸陀羅に似た真紅の瞳を持つ羅怙羅はまさにお腹が空いたとばかりに泣き叫んでおり、地蔵菩薩は嘆き悲しむ暇も与えて貰えずにあたふたしていた。
其処へ見計らったかの様に観世音が3人の童を連れて姿を現わす。彼女は初産の耶輸陀羅を心配して、何か力になれないかと居ても立っても居られなくなり遠路遥々やって来たのだ。妙見菩薩に連れられて。
本来ならば自らの意志で占星術の仕様を善しとしない妙見菩薩ではあったが、今回ばかりは例外だと思って観世音を迎えに行ったのだ。そういう未来が見えたから。
そうして事情を聞くなり、彼女は悲しみながらも耶輸陀羅の残した忘れ形見羅怙羅を地蔵菩薩から受け取ると、周囲の目も気にせず早速授乳し始めたのだ。
不意に晒された、仏界の華とまで呼ばれた美女の豊満な乳房。初心で免疫の少ない地蔵菩薩、阿難尊者、妙見菩薩はあからさまに目のやり場に困ると言った様子で目を泳がせた。堪らず見兼ねた薬師如来が退室を促すも、部屋数が少ない為に彼らは渋々闇夜が広がる外に放り出されてしまう。
其の夜、夜通し泣き続けた閻魔大王は何かに取り憑かれたかの様に1人隠れ家を後にした。全てを失い、深い悲しみと後悔に襲われた閻魔大王は単身で仏界に乗り込み、仏界其の物を破壊しようと企むのだった。

釈迦牟尼如来、沙羅→仏界が混乱に陥っていた為、収容所は天王如来との連絡を一切取れないでいた。
しかし処刑の日取りは既に決定していた為、衛兵達は迷いつつも死刑を執行する。
冴え冴えと空気が冴え渡り、眩しい朝日に照らされて、処刑場へと連行されて行く釈迦牟尼如来。
その時、釈迦牟尼如来の目の前を無数の花弁が舞い散る様に踊り、風に攫われていった。
其れは一瞬の出来事であったが、掠める様に眼前を横切った淡い水色の花弁が白へと鮮やかに変化した瞬間を目の当たりにした釈迦牟尼如来には直ぐ気付けた。
あぁ、此れは愛する女の姿なのだと。
一度は地獄に堕ちたものの、釈迦牟尼如来の計らいで極楽浄土に住まう事を許された沙羅。
けれど愛した男を終(つい)ぞ忘れる事が出来なかった沙羅は、自らの魂を浄化させたのだ。もう此の世に未練など無い、来世こそ此の男と一緒になれると信じて。
だから、釈迦牟尼如来も未練一つ残さずに己の魂を浄化する事が出来た。処刑されるより先に散り行く釈迦牟尼如来の体と魂。唯一気掛かりであった耶輸陀羅の件も、幽閉されてからは唯ひたすら彼女の無事と幸せだけを祈って閻魔大王に託したつもりだった。なので、釈迦牟尼如来は達者でな、耶輸陀羅よ。そして…我が宿敵閻魔大王よ。と言って完全に浄化されるのであった。

閻魔大王→明け方になるより前に隠れ家を後にしようと、そっと独り抜け出す閻魔大王。だが、不意に呼び止められて足が止まる。何処に行く気だよ、と訊ねて来たのは産まれたばかりの我が子を抱く地蔵菩薩であった。流石、双子といった所か。羅怙羅と名付けられた其の赤子は地蔵菩薩に良く懐いていて、安堵しきった寝顔を浮かべながら彼に抱かれて居た。
だから閻魔大王はある意味安心して此の場から去る決意が出来たのだ。最愛にして最憎の我が息子、愛しい妻の命を奪った彼女の忘れ形見は自分にも耶輸陀羅にも良く似ていた。さらさらと絹の様に柔らかく鮮やかな漆黒の髪、閻魔大王そっくりの切れ長で耶輸陀羅に瓜二つの垂れ目、スッキリした鼻筋は閻魔大王に、唇は上品な形の良さこそ耶輸陀羅に似ていたが色気のある色と口元は閻魔大王そっくりで。顔の中と髪色がそう見せるのか、一見閻魔大王に似て爽やか且つ妙な色気を感じさせるものの、耶輸陀羅に似た綺麗な卵型の輪郭と上がった口角や垂れ目のお陰で優しさと穏やかさを面影として残してくれていた。
だから地蔵菩薩はわざと冗談めいた口調で、お前以上にモテちまうかもな。コイツ。なんて笑ってみせた。
自分には、今から起こる悲劇を止める術が無い。ただ出来れば弟には幸せになって欲しかった。我が子を抱く事さえ叶わず命を落としてしまった耶輸陀羅の為にも。
けれど閻魔大王は敢えて其処には触れずに、唇を噛み締めながら兄上よ。言わずとも分かるであろう?我と兄上は―――双子なのだから、と2人は口裏を合わせた訳でも無いのに全く同時に呟いてみせた。
そして地蔵菩薩はふぅ、と思わせぶりな溜息を吐いて、止めたって無駄なんだろうな。と、まるで独り言の様に呟いてみせた。
すると閻魔大王が振り向きもせずに再び歩き出したから、せめて弟には生きて幸せになって欲しいと心から願った地蔵菩薩は、お前まで失ったら此の子は独りぼっちになっちまうんだぞ⁈と叫んだ。それでもまた歩き出した閻魔大王に対して駄目押しと言わんばかりに、耶輸陀羅様を悲しませる真似だけはしないでくれ。と縋る様に頼み込んだ。
双子だからこそ閻魔大王の考えている事など手に取る様に分かった。金輪際同じ悲劇が起こらない様、弟が新たな天帝となった天王如来一派の滅亡を目論んでいる事が。否、対象は天王如来一派だけでは無い。保身と体裁ばかり考え、耶輸陀羅を死に至らしめたあの腐りきった上層部諸共此の世から消し去ってやろうと考えたのだ。そうすれば後は自ずと大日如来が次代の天帝に選ばれ、治世が訪れるに違いないと思ったから。地獄の主である閻魔大王がそんな事をしでかせばますます地獄と仏界の確執は深まる可能性こそ高かったが、耶輸陀羅の事件の手前もあり、民衆が上層部の在り方に反発している事に閻魔大王は気付いており、寧ろ閻魔大王の人気の方が天王如来より優っている程であった。また、次代の天帝が兄の親友ならば時間はかかろうともいつか仏界と地獄の交流が再開する日が訪れるだろうと閻魔大王は信じていた。
だから地蔵菩薩の一言で冷静さを取り戻した閻魔大王はそれでも固い決意を胸に秘め、止めてくれるな兄上よ。此れが我に出来うる耶輸陀羅姫への最後の償いなのだからな。と、何の感情も込めずに言い残し去って行ったのだ。
復讐なんて虚しいだけだ、そんな事は分かっている。だとしても耶輸陀羅の為に何一つしてやれなかった閻魔大王は、此れ以上悲劇を繰り返さない為にと大義名分を掲げながらも本心では自身の気持ちに折り合いをつけようと思って仏界に足を運んだのだ。
此れが仏界に足を踏み入れる最後の日になると予感して。

天王如来、閻魔大王→ようやく一段落したと思った矢先に、那羅延天と弁財天が死んだとの報告を受け、衝撃を受ける天王如来。これ以上のゴタゴタは御免だと言わんばかりに頭を悩ませ、髪をぐしゃぐしゃに乱しては衛兵に処理を命じる。
何故、何故こんな事に⁈こうなったのも全て釈迦牟尼如来のせいだ、アイツさえ居なければ‼と怒りを露わにする天王如来。
だが、こんな短期間の内に先帝が殺されて、仏界の良妻賢母と呼ばれた女が自害し、創造神が殺されて、挙句其の創造神の妻が元夫の先代天帝を殺して自害するなんて。
呪われているとしか言いようが無いな、と呆れを通り越して笑うしか無かった天王如来が振り向いた其の瞬間にはだった。
ごごごごご、と物々しい音を立てて開かれる正門。今、天王如来が住まう此の屋敷は天帝の居城兼朝廷(政治を執り行う建物)でもあった。そして目の前に存在する正門は外界と中央浄土を繋ぐ唯一の門であり、仏界でも最高峰の警備が敷かれている。筈だった―――
何者だ!と衛兵が言い終わらない内にスパッと、まるで紙切れの如く衛兵の体が真っ二つに切り裂かれる。
余りの速さ故に目で追う事すら適わない、其の神業の様な太刀筋に思わず天王如来の背中に悪寒が走った。ゾクリと。
同時に、斬られた動作より遅れて夥(おびただ)しい量の血飛沫が辺り一面を濡らす。其の、縦二つに切り裂かれた身体の間から音も立てずに姿を表したのは閻魔大王其の人であった。
また貴様か、と後方から勢い良く怒号が飛び交う。だが、援軍として駆け付けた衛兵達は現場に辿り着いた途端に凍り付いてしまった。
見るも無残に変わり果てた同僚の姿、其れも一人二人では無い。閻魔大王の視界に入り、且つ攻撃を仕掛けてきた者は皆問答無用で殺されてしまって居たのだ。ある者は弓を引いたが閻魔大王の愛刀に弾かれ、しかも返り討ちにあって自分が放った矢に当たり死んでしまった。またある者は腕を斬られた挙句そのまま胸を突かれて死に、ある者は斬られた腕が自身の方に吹き飛んで来て其の腕がしっかりと握り締めていた剣に貫かれ息絶え、ある者は鞘の代わりとなっていた杖の柄の部分で殴られ絶命していた。
当然、戦意を失う処か閻魔大王に恐れを為して蜘蛛の子を散らす様に逃げ惑う衛兵達。閻魔大王も無関係な下っ端の命には興味が無いのか、敢えて追い掛けたり危害を加える様な真似はしなかった。代わりに目もくれず、ただ真っ直ぐ一点だけを見据えて歩みを進めるのみ。目指すは天王如来と其の配下の堕落した仏達だけなのだから。
そんな中でも、命知らずな者や使命感に溢れた者、閻魔大王を殺して名を上げたい者などが果敢にも挑んでくるが。言うまでもなく、閻魔大王に擦り傷一つ負わせる事さえままならず返り討ちにあっていく。
名実共に地獄の主を務めるだけの事はある。彼の実力ならば一瞬で衛兵を細切れにする事すら造作も無いのだが、時間が惜しいのか閻魔大王が演舞を披露するかの様に衛兵を斬り進めながら近付いてくるので、天王如来は思わず釘付けになってしまった。彼の斬撃が余りにも美しく、逃げる事すら忘れてしまう程華麗で優雅だったから。
そうして、あっという間に天帝の間に乗り込んできた閻魔大王。其の動向を中央の台座に据えられた水晶で見ていた天王如来は、冷や汗をかきながらも虚勢を張って、一体何の真似ですか?此処は天帝の間、貴方の様な溝鼠がおいそれと足を踏み入れてはならない神聖な場所なのです。直ぐにお引き取りを。と宣(のたま)うも。
我もお主も、分不相応な相手を欲したものだな。と薄く暗い笑みを浮かべて閻魔大王は言った。続けてこんな事も言い出した。
お主を見ておるとまるで我自身を前にしている様だ、何と醜く汚らしい。此れでは沙羅だけでなく、耶輸陀羅姫にも愛想を尽かされて当然であろう。と。
そして天王如来が何かを口にするより早く、閻魔大王は彼の体を何の躊躇いも無く荒々しくざっくりと斬り裂いてしまったのだ。ズバァッと。まるでわざと苦しめる様に、刀をゆっくりと遅く振り下ろして。
其れまで、刀を振り下ろす速さが神速を超えていたせいか血糊一つ纏わなかった美しい閻魔大王の愛刀が、初めて血に塗れた。びちゃ、と生々しい音が耳を突く。
其れと同時に、ぎゃあぁあああっと天王如来の口から何とも聞くに絶えない断末魔に似た雄叫びが放たれた。
痛い、痛いぃいいいっ、死ぬううっ、このままでは死んでしまうっ!助けてくれぇええっ、と。耐え難い、まるで焼ける様なはっきりとした痛みに悶絶しながら床の上を左右行ったり来たりごろごろ転がりながら狂った様に叫ぶ天王如来。
其の姿は余りにも滑稽で、惨めで、哀れ極まりない。
穏やかに、そして静かに安らかなる死を迎えた耶輸陀羅とは全く違う最期を迎える羽目になった目の前の男に対し、閻魔大王は冷ややかな目を向け、其れが今までお主の働いて来た悪行に対する報いだ。と言ってやった。
その内天王如来の動きも鈍り、やがてピクリとも動かなくなった。恐らく失血死したのだろう。
此れで当面の目的は果たせた。地獄と仏界の障害となる、癌の様な存在の始末は。後は大日如来が天帝となり、仏界を立て直してくれれば良い。人望に厚く優秀な彼の事だ、きっと賢帝になるだろう。
だが自分は?此の世で最も愛しく最も大切にしたいと誓った女を失った、しかも再会してたった一夜で。
こんな馬鹿な話があるかと思う傍で、あぁ此れが我に課せられた報いなのか。と閻魔大王は酷く納得した様子で其の場に佇んでいた。
様々な女を散々弄んでは捨てて来た。しかも相手が泣き縋って来ようとも。だから罰が当たったのだろう。愛してるとさえ伝えられないまま、閻魔大王は耶輸陀羅と永劫の別れを余儀無くされてしまった。
虚しい。耶輸陀羅を苦しめた仏界の膿を消し去り、復讐を果たしたつもりでも唯々虚しいだけだ。こんな時、せめて声だけでも。いや笑顔を、いや彼女の温もりが欲しい、そんな取り留めの無い事を考えた。
瞬間、枯れ果てた筈の涙がまた一粒、一粒と際限無く閻魔大王の頬を伝って床一面に広がる血の海に零れ落ちていった。
許してくれなくてもいい、幾らでも詰ってくれていい、ただせめて生きて傍に居て欲しかった。愛してくれずとも黙って愛される事を受け入れてくれたならどんなに幸せだっただろうと。
閻魔大王は後悔しても後悔し切れない程、激しく強く、いじらしく深く、唯一途に耶輸陀羅だけを想って泣いた。今なら毅然と言えただろう、耶輸陀羅と沙羅が求めて止まなかったたった一言「其方『だけ』を愛しておる」と。
今となっては何の意味も持たない、唯の言葉になってしまったけれど。

妙見菩薩と大日如来→壮絶な時の流れに絶句する大日如来。部外者でありながらも持ち前の明るさが取り柄だった大日女尊でさえ、掛ける言葉が見つからなかった。
仏界と神界では時の流れが違う為、早く帰還したつもりであったが実際には何もかも手遅れで。まさか此処まで時の流れに差があると思わなかった普賢菩薩も失態であったと内心で嘆くばかりだった。
加えて、大日如来に頼まれて沙羅の身の安全を任されて居た文珠菩薩もまた項垂れるしか無かった。そんな文珠菩薩の心情を思い遣り、気にするな。と声を掛ける大日如来。でも、と続ける文珠菩薩であったが、沙羅が決めた事だろ。俺は、アイツが納得してるなら文句ねぇよ。と遮る様に述べた。同時に沙羅の死に対して、何か反応を示すだろうかと気になった大日如来が閻魔大王をチラリと見やるが、閻魔大王は特に反応も示さず無言で宙を眺めているだけ。そんな、抜け殻の様になってしまった閻魔大王に苛立ちと同情を抱いた大日如来は拳をぎぅっと握り締めて、畜生!何でこうなっちまうんだよ⁉と叫ぶ事しか出来なかった。
と、すっかり過去の映像全てを見終わったか気になっていた一同だが、意を決した様に険しい表情を浮かべた妙見菩薩の一言に意識が全て奪われる。
いえ、まだ希望はありますと。

大自在天と雪冰天女→妙見菩薩は言った。今から私は禁忌を犯すでしょう、そうなれば…二度と占星術は使えないかもしれません。それでも私は、貴方と耶輸陀羅様には幸せになって頂きたいのです。と。
彼は自分の意思で未来を見る事を禁じている。変えられない運命なら最初から見ない方が良いからだ。それでも、妙見菩薩は閻魔大王と耶輸陀羅の幸せな未来を信じていたかったから。此の先どうなるか分からないが、一か八か閻魔大王に未来を見せる事にしたのだ。そうすれば、自暴自棄になった閻魔大王が生きる希望を見出してくれると踏んで。
そうして彼は水晶に念じた。閻魔大王が希望を取り戻せる様な未来を見せてくれ、と。
瞬間、透明に戻っていた水晶の内部が再びぐにゃりと歪んで、景色を映し出す。
其処は大自在天と雪冰天女が住まう屋敷だった。天王如来が閻魔大王に惨殺された事実を知った大自在天は、事の重大さを表す様に唇を噛んだ。
名だたる仏が死に、残ったのは老いぼれの自分。しかも創造神である梵天や繁栄を司る那羅延天ではなく、よりによって破壊神の自分が生き残るとは。皮肉な現実を滑稽にも思った大自在天がどうしたものか、と途方に暮れていると。
失礼致します。と言って、静かにゆっくり扉を開けたのは妻である雪冰天女だった。
滅多な事では自分の元へ訪れてもくれない、薄情で冷たい妻。だが、そんな妻でも大自在天は深く深く愛していたつもりであった。この時までは。
一体どうした、珍しい。と嫌味でも何でもなく、純粋な疑問を投げかけるも、雪冰天女は普段通り無表情のまま唯一言、大自在天様。実は以前、閻魔大王様が此方をお訪ねになられたあの日一夜の過ちを犯してしまいました。と何の脈絡も無く告げて来たのだ。
此れには表情にこそ出さなかったが、閻魔大王ですら驚いた。
しかし大自在天は表情を変える事無くあっさりと、あぁ知っておったぞ。とだけ答えた。
すると意を決して告白した筈の雪冰天女の方こそが、鳩が豆鉄砲を食った様な顔をしたではないか。其れが何だか可笑しくて、大自在天は老人相手ならバレていないとでも思ったか?とわざと意地悪く訊ねてやったのだ。
そうすれば、決まりの悪い雪冰天女がそんな事は…と歯切れ悪く答えるが、大自在天はまぁ良い。自分から明かしたのなら何か理由があるのだろう。遠慮無く言いなさい。と続けた。
だから彼女も意を決して、私は閻魔大王様をお慕い申し上げております。ですが彼の心はたった1人の女性に捕らわれたまま。ですから、大自在天様の愛に応える事が出来ません。などと言い出したのだ。
前世では夫婦だった二人だが、輪廻転生し生まれ変わった雪冰天女には生憎其の記憶が無かった。つまり別人に生まれ変わったのである。だから記憶は勿論、人格さえも前世とは異なっていた。なのに前世で夫婦だったという唯其れだけの理由で無理矢理連れて来られ、妻にさせられてしまった。彼女の意思などまるで無いかの様に。とはいえ、仏界で不倫は不邪淫戒という罪に当たる。だから大自在天もわざと見知らぬ振りをしていたのだが。
別れたいと申すか?其れはならん。とはっきり意思を示す大自在天。折角やっとの思いで見つけ出し、一緒になれたのだ。おいそれと別れられる訳が無い。そんな大自在天の性格を、付き合いこそ短いがしっかりと見抜いていた雪冰天女はにべもなくこう言った。
でも、貴方が愛しているのは今の私では無くて前の私なのでしょう?と。
瞬間、大自在天は頭を鈍器で殴られた様な錯覚を覚えた。
雪冰天女は言う、閻魔大王に嫉妬する素振りを見せないのも、私がどんなに貴方様につれない態度を取ろうとも、貴方は少しも気にせず平静で居られるではありませんか、と。其の、意外な指摘に大自在天は意表を突かれた気持ちになった。
確かに妻を寝取られたというのに少しも悔しくなかった。だが其れは相手が旧友の閻魔大王だからだろうと勝手に思い込んで居たからだ。あの男が相手ならば仕方ないと。
とはいえ昔なら激怒し、相手を殺しに勇んで行く位の熱情があった。しかし其れも年老いて落ち着いたせいだろうとまたもや勝手に思い込んで居た。
けれど実際は違った、彼女は愛した妻でありながらも厳密には愛した妻では無かったからだ。
そんな当たり前過ぎる事に、何故今まで気付かなかったのだろうと目から鱗が落ちる様な気持ちで自分の潜在意識に気付いた大自在天。
一方、出逢った当初から其れに気付いていた雪冰天女は躊躇いがちであるが真剣な眼差しを向けて彼に言ったのだ。
大自在天様。私達、最初からやり直す事は出来ませんか?と。
其れが今の雪冰天女に出来る、大自在天への贖罪であった。彼女とて好きで大自在天を裏切った訳では無い。半分は彼への当て付け、自分の向こうに妻の姿しか見ない、薄情な大自在天への仕返しに過ぎなかった。もう半分はまだ初恋も知らぬ無垢な乙女であった雪冰天女にとって、せめて初夜位は思い出に残る様な物にしたいという切実な願いだったのだが。
結果として彼女は夫を欺き、騙した挙句あろう事か閻魔大王に惚れてしまい。それでも閻魔大王自身に見向きもされず、夫さえも自分を見てくれない人生なんて惨めで仕方ないから。
彼女はやり直したいと考えていたのだ。大自在天と、生まれ変わって最初から。
其れはある意味絶妙な機会であった。雪冰天女としては閻魔大王が仏界の、しかも天帝の間に押し入り天王如来を殺めたという凶報を大自在天の妻として知らされ、初めは愕然としていた。まさかそこまで耶輸陀羅に惚れているなどとは思わなかったからだ。瞬間、僅かな期待さえ打ち砕かれ、女としての誇りを傷付けられた様な気持ちに陥った。完敗だ、付け入る隙など微塵も無いと言わんばかりの失恋。
其れが決定打となったのか。次期天帝が決まるまでの繋ぎとして大自在天と共に仏界の象徴へと崇め立てられ祀る前に何とかしたいと考えた雪冰天女は、早急に夫を説得する必要があった。もし夫とやり直すのなら、生まれ変わる事を阻止される前に果たさなければならない。
其の必要があったからこそ、雪冰天女は賭けに出たのだ。夫を焚き付け、上手く口車に乗せる必要が。
そんな雪冰天女の健気でいじらしい乙女心に揺さぶられたのか、初めて彼女を前世の妻としてでは無く一人の女として愛したいと思った大自在天は、ふっと肩の荷が下りた様な清々しい笑みを浮かべ、分かった。其方の望み通りにしようと言ってくれたのだ。
そして、破壊の神として名を馳せる一方でもう一つの側面を持っていた大自在天は秘められた其の力を今日(こんにち)の為に発揮してみせた。生涯でまだ一度足りとも使った事の無かった、再生の力を。
後悔は無いか?と最後に問うてくる大自在天を前に、雪冰天女は儚く笑ってあるとすればそれは現世で恋愛出来なかった事が私の唯一の心残りでしょうね。でも、其の願いも現世では叶わなくとも来世で叶う筈ですから。と迷いを一切感じさせない、凛とした口調で述べてみせる。
だから、大自在天も迷いは無かった。破壊と再生、まさに表裏一体の、大自在天のみに与えられた此の能力は生きとし生ける者にすら効果を発揮する。同等の力を有しながら亡者を裁くという責務が課せられた閻魔大王は亡者にのみ効果を発揮させる事しか出来ないというに。
眩い、小さな光の玉がぽわぽわと大自在天の周りに現れ周囲を照らしていく。其れと同時に、水晶の場面も何度か切り替わり様々な景色を映し出した。
急展開を見せる水晶内の光景に、コレは…⁈と驚く一同。
其処には何と、釈迦牟尼如来が処刑された場所や沙羅が投獄され亡くなった檻、中央浄土に存在する外界との繋がりを果たしていた唯一の入り口である正門から天帝の居城兼朝廷である屋敷の中に存在する天帝の間までに続く道、釈迦牟尼如来の婦人専用施設の入り口周辺、更には梵天の屋敷の庭と持ち主の自室であったであろう部屋、那羅延天が幽閉されていた檻まで映し出された。
皆、見るからに優しく暖かな光の玉に辺り一帯が包まれている。
そして最後に耶輸陀羅が住んでいた、地蔵菩薩の隠れ家が映し出された瞬間、其れまで反応の薄かった閻魔大王の光を失った虚ろな瞳にようやく一条の光が差した。
奇跡じゃ、と感嘆を漏らす大日女尊。神界の女神である彼女は、例え酷い重傷や瀕死状態だったとしても死なない限りはたちまちに傷を治してしまう、驚異の治癒能力の持ち主だった。
だが、そんな彼女ですらあらゆる生命を同時に再生させる事など出来ない。
其れを奇跡だと称した彼女がふと足元に視線を移すと、先程水晶内に映し出されていた光の玉がぽわぽわと漂っていたので。
思わず、隣に居た大日如来の体を引っ張り、足元を見よ大日如来!此れこそ大自在天とやらの再生の力では無いのか?と問うてみせた。
しかし大日如来も目の当たりにするのは初めてだったので、困惑した様子でどうなんだよ、妙見菩薩!と更に傍で呆然と佇む妙見菩薩に話しを振ってやった。
そうすれば、ハッとして意識を引き戻された妙見菩薩は神妙な面持ちでえぇ、恐らくは。と曖昧に答える。
こんな奇跡が直ぐに起こる事は予想だにしておらず、てっきりまだまだ遠い未来の話だろうと思っていたから。
妙見菩薩としては何年、何十年、いや下手をしたら何千、何万先になるかも分からない、耶輸陀羅の転生した姿に巡り会う閻魔大王の未来の姿が見たかったのだが。
水晶が見せてくれたのは、妙見菩薩が願った通り閻魔大王の心が救われる様な未来を見せる事だったので、未来とはおよそ呼べないほぼ現在進行形になってしまう様な、此の一連の流れを見せてくれたのだ。
其れは生半可に、此の先逢えたとしてもいつになるか分からない様な遠い遠い未来の話では無く、肌に感じられる様な希望溢れた現実だったので。
閻魔大王は思わず握り締めた拳をふるふると震わせてしまったのだ。感動の余り。
だが話しは其れだけで終わらなかった。
ふっ、と水晶の映像が先程眺めていた大自在天の部屋へと戻された。其れと同時に、半分程姿の消えかかった半透明な大自在天で不意に天を仰いで独り言の様に言ったのだ。
なぁ、閻魔大王よ。もしも願わくば…転生した耶輸陀羅姫を探してやってはくれまいか。と。
瞬間、皆の心臓がどきっと跳ねる音がほぼ同時に鳴った。だが大自在天は構わず話しを続けた。
此れは旧友として最後の贈り物であり個人的な最後の願いでもある。だが私は…今度こそ愛する女と燃える様な恋をやり直したい。その為にも、お主の様な色男の毒牙から守ってやりたいのだよ。と。
そして最後に大自在天は笑って、どうか願わくば…耶輸陀羅姫と閻魔大王が無事巡り会える様に。と言い残して、ついに消滅してしまったのだ。愛する妻を抱き締めながら、ふぅっと。
その光景を唖然とした様子で見守っていた一同だったが、急に閻魔大王がアハハハハと笑い出したので皆の視線は一気に閻魔大王へと注がれた。
だが、構わず閻魔大王は狂った様に早口で捲し立てる。
転生したから何だと言うのだ!転生したと言う事は結局耶輸陀羅では無い耶輸陀羅という事であろう?我が愛した体も、記憶も持たない別人をどう愛せと言うのだ!と。
其の悲痛な閻魔大王の叫びは、先程の奇跡に胸を馳せ希望を見出した一同を大いに落胆させた。
けれど、そんな閻魔大王の憂いを一蹴するのはやはり此の男だった。
安心しろよ、閻魔。お前の愛した耶輸陀羅様だけは特別だからよ。と。
そう言い放って、颯爽と現れたのは彼の双子の兄である地蔵菩薩其の人であった。彼は仏界の異変に気付き、慌てて駆け付けたのだ。六道と繋がる彼には分かるのだ、かつてない程大勢の魂が浄化され、一斉に生まれ変わっていく変化が。
唯、一つの魂だけが異なった扱いを受けてはいたが。
しかし愛する女を失い、終始絶望感に支配されていた閻魔大王は気付けなかったのだ。
だから、気休めは止してくれ。と取り付く島も無い位に冷淡な物言いで聞く耳を持とうとしない閻魔大王に業を煮やした地蔵菩薩は、まだ分かんねぇのかよ!おめーの為にトゥルダグが命を投げ打った事によぉ!と声を荒げてそう叫んだのだ。
此れには流石の閻魔大王を戸惑うしか無くて。大きく目を見開いた彼が、一体どういう事だ、兄上よ。と問い質せば。
遣り切れないといった様子で顔を背けた地蔵菩薩は、絞り出す様に苦しげな口振りで話しを続けた。
異変を感じて、慌てて大自在天の元に飛んだ地蔵菩薩。其れはちょうど水晶の映像が切り替わり、大自在天の部屋以外を映している時だった。
一体何が起ころうとしてるんだ⁈と、困惑しながらも事の発端であろう凄まじい力の波動が感じられる大自在天の部屋にやってきた彼は、久しぶりに会う旧友の姿に驚きを隠せなかった。
大自在天、どうしちまったんだよ。其の姿は⁈と、会うなりそんな事を問われたから。
まぁ当然の結果だろうと苦笑した大自在天は敢えて詳しく説明するつもりも無く、かつて仏界を治めていた者として責任を果たさねばな、善も悪も関係無く全ての魂は等しく生まれ変わるのだ。其れが今の私に出来る唯一の慈悲だ。とだけ伝えた。
でも…と地蔵菩薩は言い掛けて言葉を飲み込んだ。アンタが居なくなったら此の仏界はどうなる?と純粋な疑問を投げかけたかった。ただ、大自在天を責めている様な気がして言葉には出せなかったのだが。
まるで大自在天は地蔵菩薩が何を言いたかったのか分かっているかの様に微笑んで、仏界には新しい風が必要だ。と、新しい天帝の立案を示唆したのだ。だから地蔵菩薩もそこまで追求はせず、そうか。としか答えなかった。
其処でふと、大自在天が思い出したかの様にこんな事を言い出したのだ。
そういえばあの者の願いも叶えてやったぞ、と。
しかしあの者と言われても閻魔大王しか心当たりの無かった地蔵菩薩は、仲の良い閻魔大王をあの者だなんて他人行儀な物言いをする筈が無いと思ってすかさず、あの者って誰だよ。と問うてやった。
すると、大自在天がお主の背後に居る者だ。と言って地蔵菩薩の背後を指差したので、つられる様に地蔵菩薩が背後に目を向けてやると。
其処には力無くその場に倒れて突っ伏していたトゥルダグの哀れな姿があった。
慌ててトゥルダグを抱き起こし、叫ぶ様に名前を呼ぶ地蔵菩薩。おい、しっかりしろと骸骨姿のやけに軽い体を激しく揺さぶる。そうすれば揺れに合わせてカラカラと骨だけの体が音を立てる。其の、今にも崩れそうな脆い体をギュッと抱き締め、死ぬな馬鹿野郎。と地蔵菩薩が呟くと。
自業自得ですから、と普段口喧しくて世話焼きなトゥルダグらしくない酷く弱り切ったか細い返事だけが返って来たでは無いか。
其れに嫌な予感を覚えた地蔵菩薩が、何の話だよ。と泣きそうな顔で問う。思えば騙されたり利用されたりもしたが、幼くして両親を失った閻魔大王と地蔵菩薩はトゥルダグに育てられたも同然だった。
だから口煩く思う事はあっても邪険にする位で、親以上に自分達を愛し育ててくれた此の腹心を何だかんだ大事に思っていたのだ。
それでも愛する女を失くした喪失感と憤りは激しく、仮に自分達を想っての事だったとしても閻魔大王と耶輸陀羅の縁を引き裂いた事だけは許し難く、内心ではずっと悶々していたのだが。
流石に死を目前にした親同然の腹心を詰る気にはなれず、らしくねぇだろ、そんな気弱な姿なんてよ。と、憎まれ口を叩くのが精一杯だった。
けれどトゥルダグはカタカタと笑う様に顎骨を上下させ、いえ此れで良いのです。大自在天様にお頼み申して私の命と引き換えに耶輸陀羅を生き返らせる事位しか…罪を償う方法が無かったのですから。と、いつになく穏やかな口調で話したのだ。
そして力無く地蔵菩薩の手を握ると、欲を言えば閻魔大王様の子を抱いて差し上げたかった。更にもっと我儘を言えば‥‥貴方の伴侶と御子も見たかったですぞ。まぁ、幼女趣味の貴方にはご縁談すら後数百年先の話でしょうが。と、そう言ってトゥルダグが永い永い其の人生に終わりを告げ、此の世を去って行った。
其の、思わぬ別れに静かな涙を流して地蔵菩薩は悪態を吐いてやったのだ。うっせー、誰がロリコンイケメン菩薩だっつうの。と。
そうして、トゥルダグの親心を汲んでやろうと彼は急ぎ足で此処までやって来たのだ。弟の実子を薬師如来夫婦に預けて。
其処まで話しを聞いて、全てを理解した閻魔大王は呆然としていたが。
行ってやれよ、今直ぐにでも。耶輸陀羅様を迎えによ。と兄が後押ししてくれて。続く様に大日如来が、まぁ此れだけの混乱と被害を起こしたんだから全くの不問って訳にもいかねーけどよ。地蔵菩薩の言う通り早く耶輸陀羅ちゃんのとこに行ってやれよ。行って…今度こそ言ってやれよ。言えなかった一言をよ。と、茶化す様に大日如来が焚き付けて来るから。
あんな事があった手前、急に気持ちを切り替えるなんて真似も出来ず。閻魔大王がぎゅっと唇を噛みしめるも。
大日女尊も悪乗りして、大日如来の胸を肘で小突きながら、流石浮名を馳せただけの事はあるのぅ。随分格好付けた事を言うではないか。なんて言って来る。其れに慌てた大日如来が、誰が浮名を馳せたんだよ⁈つか、んな事今はかんけーねぇだろ!と言い返す。
其れを無視するかの様に大日女尊が、閻魔とやら。女子を待たせるでない、さぁ迎えに行って参れ。と無理矢理閻魔大王の手を引こうとするから。
先程の緊張感も薄れ調子の狂った閻魔大王は、強引な女子だな。そういえば其方は一体誰なのだ?と問うてやった。
行きたくない様な。行きたい様な。正直言って心中複雑だった。
今更どんな顔をして会えば良いのか分からない。そもそも本当に耶輸陀羅は生き返ったのか、仮に生き返ったとして以前の彼女と本当に同じなのか。
薬師如来の際は他人事だったから深く考えた事が無かった。しかし実際我が身に置き換えてみると不安だらけだ。だから逢いたいと逸る気持ちとは裏腹に足が進まなかったのだが。
ふん、と鼻で笑った大日女尊は、得意げな面持ちで踏ん反り返りながらこう言ったのだ。
妾は大日如来の正妻、大日女尊じゃ!
と。そして閻魔大王の胸に指を突きつけながらこんな事まで言い出したのだ。
此度はお主の為に肌を脱いでやった大日如来の空回りで終わったが、元はと言えば一連の出来事はお主が原因であろう?お陰で妾は元とはいえ遊び人で名を馳せた男の妻になってしもうた。此の責任はお主に取って貰わねばな!なんて。
其の突拍子も無い言葉に閻魔大王は呆れながらも圧倒されてしまい、また夫となった大日如来も身も蓋も無い言い草にあちゃーと歪めた顔を手で覆い、俺一生頭上がらねぇかも。と早速尻に敷かれる予感に身震いさせられた。
そんな、明るい雰囲気に呑まれていくのを肌で感じた地蔵菩薩は、違けねぇ。とカラカラ笑いながら大日如来には相槌を打つなり手をひらひらと振りながら、地獄界の事は暫く俺に任せて、お前は気にせず耶輸陀羅様の元に行って宜しくやっとけよ。其の代わり…ほとぼりが冷めたら荷馬車の様に働いて貰うからな?と、冗談交じりに言って促してやったのだ。
それでも悲壮感を漂わせながら渋る閻魔大王に業を煮やした大日女尊が、男らしくせぬか!いつまでもうじうじするとは情けない。そんな事では阿難尊者とかいうあの若造に掻っ攫われてしまうじゃろうて!と、一喝してやれば。
今まで水晶越しに見てきた、彼の耶輸陀羅に対する献身的な態度の裏に隠された下心に薄々気付いていた閻魔大王は急に焦る気持ちを覚えて、勢い良く妙見菩薩の方へと振り返った。
そして鬼気迫る様子で、耶輸陀羅姫の居場所を今一度占ってはくれまいか?と問うて来たので。
漸く吹っ切れた閻魔大王に対して嬉しく思いながらも、あの時もこうして同じ様に詰め寄られたものだと感慨深く思った妙見菩薩は、緩やかに首を横に振ってみせた。
残念ですが其れは叶いません。未来とは凡(およ)そ呼べない程の近い未来とは言え、自分の意思で未来を観てしまい禁忌を犯した私には…もう。と言って、妙見菩薩はいつのまにかひび割れして無残な姿に変化してしまった愛用の水晶を見せつけてやった。
其の、妙見菩薩にとって大きな代償となってしまった事実を突きつけられた閻魔大王は思わず言葉を失い、済まんと謝るのが精一杯だった。
だが、特に気にした様子も無く寧ろ満足気な笑みを讃えた妙見菩薩は大丈夫です、お気になさらずに。と言って、更にこんな事を教えてくれた。
地蔵菩薩様の仰る事が誠でしたら、耶輸陀羅様はきっと今頃目覚めている事でしょう。ですから、彼女の遺体が安置されていた地蔵菩薩様の隠れ家に早く戻って差し上げて下さい。耶輸陀羅は貴方の訪れを心より待ち望んでいる筈です。と。
其の優しく暖かな声色に、何故だか閻魔大王は無性に耶輸陀羅と逢いたい気持ちにさせられた。
逢いたい、逢って彼女に伝えたい。我が愛しておるのは其方だけなのだと。
だから、閻魔大王は誰の力も借りずに彼女の元へ出向く事にしたのだ。其れが誠意だと思ったから。
本当に良いのか?と問う大日如来。彼や地蔵菩薩の能力を使えば耶輸陀羅の元を訪れる事など造作も無い事だ。
しかし閻魔大王は彼らの申し出をきっぱりと断ってやった。
あぁ。兄上は地獄界の統制を。お主には仏界の立て直しという大役が待っておるからな。多忙な身の上のお主らを煩わせる訳にはいかん。と。
其の言葉に納得した二人は頷いて其々帰って来たらコキ使ってやるから覚悟しろよ、やら、お前のやらかした罪は帳消しに出来ねーかんな、などと好き勝手言ってやった。
だから閻魔大王も、まぁ其処を何とか穏便に済ませては貰えぬか?結果的に我のお陰で天帝就任が決まるのだからな。と、言い返してやる。
中央浄土では天王如来の葬儀の準備が進められているが、建物や被害者の数も数も最小限だった為なのか閻魔大王を敵視する民衆は少なかった。
寧ろ天王如来が就任してからは生活するのがやっとな位の重税、民衆には全く恩恵が無い所か損するばかりの法律や圧政、不正と思われる賄賂のやり取り、おまけに立て続けに起こった上層部の変死事件や、大日如来や弥勒如来といった仏界にとっての主戦力が其の場に居なかったとはいえ閻魔大王一人に突破されてしまう様な貧弱な仏界の戦力のせいで民衆の不満は爆発寸前だったから。
閻魔大王が天王如来を始末してくれたという事実は、民衆にとって凶報処か吉報ですらあったのだ。
其れを良く分かっていた大日如来は、心の中で密かに感謝して居た。幾ら彼が神格の高い仏だろうとも、謀反を起こせば立派な罪人である。ましてや天帝殺しなど一介の仏ですら許されない罪深い所業。仮に謀反が失敗すれば罪人としての汚名を着せられ処刑されただろうし、仮に謀反が成功しても不殺生戒の罪で裁かれただろう。しかも相手が天帝とならば良くて流罪、悪くて釈迦牟尼如来の様に処刑となったに違いない。尤も彼は神界を味方に引き込んで居たので仏界其の物の習わしを変え、罪に問われる可能性すら帳消しにしたかもしれないが。
それでも謀反を企んで居た大日如来はある意味閻魔大王のお陰で命拾いしたかもしれないので、バンバンと閻魔大王の背中を無遠慮に叩きながらも、此の借りはぜってー返して貰うぜ。と、敢えて礼を述べなかった。
そんな、懐かしいやり取りを3人は嬉しく思いながら閻魔大王は振り返らず意気揚々と下界に降り立っていった。そして地蔵菩薩と大日如来は見守る様に閻魔大王の姿が見えなくなるまで見詰めるのだった。




終わりです。


閻魔大王とやしょ様の新婚生活や子育て日記とか、地蔵菩薩様の其の後や大日如来の其の後とかもまぁ考えたいんですけど、それはまたいつかに。

とりあえずこんな感じになりました。


あとは…此れを小説として書ければ良いんですけどいつになるのやら。



まぁ其の内に。


ではまた。

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