漫画っぽいモノ

□平安物(思ひは華へと覚ゆ)
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―――世は花の都、京都が舞台である。



コレは表向き雅で風流な時代の最中

身分と体裁に縛られながらも叶わぬ恋に身を焦がし、命と引き換えに永遠を手に入れた男女の物語である。







『思ひは華へと覚ゆ(――おぼゆ = 思慕は華のように心にとどまる)』





大輝「なぁ、知ってるか裕介」
裕介「…‥‥」



此処は東宮御所。

つまり、平安御所の後宮(帝の妻達が住まう場所)の七殿五舎のうちの一つである内裏内の昭陽舎(梨壺)での出来事なのだが―――





↑仲良くじゃれ合う??大輝と裕介




裕介「…何をだ??」
大輝「何を‥って、決まってるだろ??其れともホントに知らないのか??」
裕介「知るか。生憎私は僧侶じゃないんだ、ハッキリ言わねば伝わる事も伝わらんだろう。貴様は本当に馬鹿だな」


元々父宮である今上帝の実の息子であり、妃違いの兄弟でもある大輝と裕介はとりわけ仲が良く公達(貴族の男子達)の間でも有名だった。


其れこそ、同性愛者では無いのか??と疑われるくらいに(当時は同性愛も珍しくなく、むしろ女と関係を持つ事が仏教ではタブーとされていたので代わりに稚児=男色の対象とされる若年の男性の意。を愛でる事もままあった)



だが、二人は至ってノーマルであり

寧ろ互いをライバル視し、切磋琢磨する良い関係でもあったので



大輝「相変わらずツンケンしてるなぁ、そんなんじゃ女にモテないぞ??」


超が付くほど真面目で堅物な親友の女関係を案じた大輝がからかい口調で嗜(たしな)めてやれば


裕介「煩い。女垂らしの貴様と一緒にするな。私は顔も分からん女共(当時の女性は親兄弟でも顔を容易に見せなかった。何故なら顔を見せる事ははしたない事であり概念的には陰部を見せる事と同義に近かったからである)にどう思われようとも一切構わん」


なんて言い出したので。



確かに親友の言い分は理に適っているな。なんて思いながらも


大輝「ひでぇな。俺だって別に好き好んで外に女作ってる訳じゃねーって。向こうからのお誘いが無きゃ逢おうとも思わないね」

と、親友からの手厳しい見解を真っ向から否定してやったのだ。



ちなみに此の時代の恋愛は男君が噂や覗き見をして意中の姫君を見定め

近付く為に女房(侍女)を通して女と文を交わし、ある程度親しくなったら男君が姫君の元を夜な夜な訪れて契りを結ぶ。というのがセオリーだった。



しかし、中には良い暮らしをしたいが為に女房が勝手に話しを盛って姫君の良い噂を流したり

または文を代筆して家柄の良い男君などを焚き付け、己の姫君の元へ通わせるという事も稀にあり。


当然、大輝や裕介程の家柄も良く容姿も端麗な貴公子は専ら其の誘惑の対象でもあったのだが―――





裕介「フン。だから貴様は節操無しだと言うんだ。下女(身分の低い女の蔑称)を相手にするなど時間の無駄に決まっている。大体左大臣の娘との結婚がもうすぐ控えているのだろう??自分から醜聞を広めるのは感心に値しないな」




潔癖症、と言っても過言では無い程女性関係にクリーンだった裕介は

自身とは対照的に女性関係に緩い大輝に釘を刺す様にぴしゃりとキツイ言葉を浴びせてやった。



そうすれば


大輝「うっ‥‥…!!」

痛い所を突かれた大輝も咄嗟に反論する事が出来ず、言葉を詰まらせてしまったのだ。



今をトキめく東宮(帝の跡継ぎ)である大輝。


彼には親友の指摘通り、将来娶(めと)る相手が既に決まっているのだ。



しかし―――



大輝「…‥お前は嫌じゃないのか??裕介」
裕介「何がだ??」


急に真剣な表情で遣水(やりみず)を眺める大輝。


いつも飄々としていて温厚そうな振りをしている彼がそんな表情を浮かべるのは実に珍しく。



思わず裕介が食い入る様に親友の顔を見詰めていると―――




大輝「俺は嫌なんだよ。自分の意思とは関係無く、好きでも無い女と周囲に薦められるがまま結婚するだけの人生なんて」
裕介「!!!!!」
大輝「どうせ自由にならない人生なんだ‥せめて結婚くらい好きな様にさせて欲しいってお前は思わないのかよ??」
裕介「大輝―――」


急に親友である男がそんな事を言い出したので。



平素から結婚や恋愛に興味の無い裕介でさえも、思わず同意してしまいそうだった。



裕介「確かに‥私はともかく。貴様が自由に焦がれる気持ちも分からなくは無い」
大輝「………‥‥」



このまま何事も無ければ将来、帝としての位を約束されている大輝。


父である今上帝はたった二人しか生まれなかった息子が政治的に対立しない様にと計らい、裕介を臣下に降格させた。



だが、其処で二人の将来はハッキリと袂が別れてしまったのだ。



将来帝になる大輝に自由は無い。

決められた相手と結婚し、決められた政(まつりごと)に参加し、挙句まだ歳若い彼は時の権力者である左大臣家の人間に従う事しか出来ないのだ。



其れに引き換え、臣下に下った裕介は自身の力次第で幾らでも出世する事が出来る。

現に官位も若くして高い彼は堅実な性格故に無茶しないものの、やろうと思えば幾らでも自由に振舞えるのだ。



女性関係は勿論、政治も、私生活も。



そんな、本当に対照的な立場に居る二人であったのだが。




裕介「……だがな、大輝。貴様が幾ら自由に憧れ空を飛びたいと思っても所詮は籠の中で飼われる鳥なのだ。分相応の生き方というモノが人それぞれある様に‥不自由の中の自由を愉しむのでは無く、そろそろ不自由な己の運命を受け入れる事の方が大事なんじゃないのか??」


生真面目な親友がまた説教じみた事を言い出したので。



いつもこういう話しの流れになる度に似たような咎めを喰らっていた大輝はうんざりした様子で



大輝「分かってるさ、そんな事。だけど‥こんな馬鹿な事出来るのもどうせ今の内だろ??だったらギリギリまで俺は愉しみたいんだよ」


と、言い返してやったのだ。



其れは、生まれた時から自分の意思とは関係無く生き方を決められてしまった大輝のせめてもの反抗だった。



そして、愛する伴侶くらい自分で決めたいという当たり前だけど其れすら自由にならない己の不遇を嘆く様に彼は言ったのだ。




大輝「そうでもしなきゃやってらんねぇよ、東宮なんてよ」


と―――



だが、世継ぎが二人しか居ない今

帝になれるのは大輝と後は先帝の皇子達だけで



しかも他の皇子は病弱だったり、血筋が余り良くない事などから東宮交代の可能性も無かったので



裕介「…‥いい加減良い歳して我が侭が過ぎると思わんのか??」

現実主義者の裕介は、まだまだ大人に成りきれない大輝に呆れてハァ。と深い溜息混じりにそう言ってやったのだ。



すると


大輝「分かってるよ。だから‥帝に即位したらちゃんとするつもりさ」
裕介「!!!!!」
大輝「其れまでは大目に見てくれよ、な??」


困った様な、淋しい様な複雑な表情を浮かべた大輝が小さく笑ってみせたので。




帝になったらこうして気安く駄弁(だべ)る事も出来なくなるのだろうな。

などと、ふと思った裕介も複雑な表情を浮かべながら



裕介「……‥なら好きにしろ」

ぶっきらぼうにも、しかし大輝の気持ちを汲んだのか小さい声でそう呟いてみせたのだ。



其れが嬉しくて。



大輝「サンキュ、ゆーすけ!!」
裕介「!!」


潔癖症の裕介とは違ってニカッと快活な笑みを浮かべた大輝は彼の肩に自分の腕を乗せてやったのだ。


しかし、他人に触れられる事を極端に嫌う裕介は案の定激怒し


裕介「止めろッ///気安く触れるな、馬鹿者!!」


と言って、嫌がる様に大輝の腕を振り払うのだった―――
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