伝勇伝

□いかない
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「え…と、それで、どういうことか説明してくれないか?」

「…………。」


ずぶ濡れになってしまった″彼女″を慌てて備え付けの浴衣に着替えさせ、
体が冷えないようにと部屋の中へ連れ戻した。
両手を組み肘をつく俺は、今だ混乱の中だ。
もしかして夢だったのかも?
そう思いちらりと目を向けるが、そこには紛れも無い女の体。
浴衣の上からでもわかる本当ならあるはずもない二つの膨らみと、
柔らかそうな女特有の肢体。

否定出来ない事実に、今更ながら俺は、自分の行いを後悔した。
というより、誰が予想出来ただろうか?
今まで男だと思っていた人が、実は女でした、なんて。


溜息をつきかけて、やめる。
それをしたいのは寧ろ彼女の方だと思ったからだ。

湯でほてった彼女の体が妙に色っぽい。
そんな自分の思考が信じられず、思わず顔を反らしてしまった。

あぁ、沈黙が気まずい。

そんな心情を知ってか知らずか、彼女はやっと重い口を開いた。
ぽつりと、独り言のように言葉を漏らす。

「…女の姿じゃ、生きていけなかったんだ」

きっと、幼い頃からの環境の事だろうと、簡単に察しがついた。
人が簡単に死んでゆくところ。
確かに、あの環境の中で女として生きていくには酷だっただろう。
だが、身体は?
俺がいつも目にしていた彼女の体は、何処から見ても男のものだった。
身長だって俺よりも高かったし、声だって…。

「魔法を使ったんだ。
自らの体を変える魔法。俺が昔作った。
詳しい仕組みは言えない。
ただ、複写眼の俺だから使える、複雑で時間のかかる魔法。」


「だったら、なんで今…」

「永遠に持続する魔法なんて誰にも作れない。
だから、一年に一度魔法を新しく更新しなきゃいけない。
今は、その時期が近づいてきてて、魔法が弱まってたんだ。」

温泉には、様々な効能がある。
例えば、疲労を癒すものや、美容効果があるもの。
そして大多数の温泉には、簡単な魔法を和らげる特殊効果がある。
彼女はそれを嫌がったのだと、気付いた。
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