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□絶対領域
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幸村がまた玄関先で待っていないかと警戒し、一つ手前の通りで車を降りた。

「そんじゃ、また明日。」

「ああ、躾出来てないワンコに襲われないよう気を付けろよ?」

「多分もう寝てるから大丈夫。」

幸村は基本的に早寝早起きで、終電間際の帰宅では睡魔に負けているはずだ。

毎年年越しを楽しみにしながらも除夜の鐘を子守歌にコタツで寝落ちしてしまうのを思い出す。

「まあ襲われた方が好都合かもな?」

「んもう、そればっかなんだから。」

政宗の野次にめげずに真っ直ぐ家路に着くが、玄関先に人影はなかった。


「なんだ、ちょっとだけ拍子抜けかも?」

もしかしたらまた幸村が待ち構えているのではないかと身構えてみたが、睡魔に負けたであろう隣家の幸村の部屋は灯りが消えているのを確認した。


「さっさとひとっ風呂浴びて寝ますかね。」

疲れた身体を引きずりながらバスルームに向かうと、ギシッと二階から何か軋む音がした。

「っ、マジかよぉ?」

二階から物音など、泥棒以外で心当たりは一つしかない。

居留守を使おうとした矢先、コンコンと遠慮がちに叩かれていた窓が次第にバンバンと叩きつけるような音へとエスカレートし、窓ガラスを割られて強行突破されては適わないと、慌てて階段を駆け上った。

「今何時だと思ってんのさっ!!」

「……良いから早くここを開けてくれ。」

カーテン越しで表情は見えないが、明らかに不機嫌そうな声に一瞬竦んでしまう。

「今夜はもう遅いから、用があるなら明日じゃ駄目?」

「駄目だ。すぐ済むので少しだけ時間をくれぬか?」

幸村が一度言い出したら聞かないのは長い付き合いで良く分かっている。

結局何時ものように佐助が折れて窓の施錠を開けてしまった。

「俺様も疲れてるから、手短かにお願いね?」

「ああ……」

部屋の灯りをつけようと佐助がコードに手を伸ばすと、ゴツゴツと無骨な手にガシッと鷲掴まれる。

「ちょ、旦那?」

グイッと腕を引っ張られ、弾みでよろけた佐助の痩身は幸村に抱き留められた。
「ひっ!や、な…っ!!」

背中に回された手は何かを探るように不作法に這いずり回り、髪に隠された項を鼻で掻き分けると、犬のようにスンスンと嗅ぎ出した。

「やだっ、まだ風呂入ってないから…」

そんな問題ではないのは重々承知しているが、恥ずかしさと混乱からつい口にしてしまう。

「やはりそうか…」

「な、何がそうかなんだよ?」

一人答えを見つけ出した幸村は、鼻が重なる程の至近距離まで顔を近付け佐助を睨むように見つめる。

「佐助、お前は……あの様な者が好みなのか?」

「えっ?」

「確かに…今まで見かけた中では一番お前の好みと見た。だが、あの者は………おなごではござらぬのだぞ?」

「え、と……ごめん、旦那は誰の事言ってるのかな?」

そんなのは聞かなくても分かっているが、聞かない訳にはいかない。

幸村が自分と『天狐』をどんな関係と思い違いしているのかを。

「佐助……お前は天狐と言う名に覚えがあるだろう?」

「…その人がどうかしたの?」

「今日、友人が勤める店に所用で行った時に会った。」

「それが何で俺様と関係あると思ったの?」

「以前、佐助から甘ったるい移り香がしただろう?あれと同じ匂いがした。」

野生のカンだけでここまで言い切れるのが幸村の真っ直ぐな…いや、これは幾ら何でも雑な推測だ。

「女の子の移り香なんてだいたい似たようなもんだろ?」

「いや、他にも同じような者はおったが、佐助から香ったのと同じのはその者しかおらぬ!!」

きっと同じような格好をしていた政宗や慶次からは嗅ぎ取れなかったのだろう。

「だいだい旦那は…何をそんなに怒ってんの?」

「分からぬ……。ただ、佐助が以前より付き合うおなごが変わる度に苛立ち、別れたと聞けば安堵してしまう…我ながら醜い感情を持て余しておる。」

ああ…旦那はまだ自分の気持ちが何なのか自覚してないんだ。
ここで俺様が導いてしまうべきか否か…。

素直に嬉しいのと同時に、自分が抱いている淫らな感情への後ろめたさで佐助は迷っている。

「それに……」

「痛っ!!」

幸村が顔をずらし、先ほど嗅ぎ回した首筋を今度はガリっと歯を立てて噛みついてきた。

「ひっ、!や…だ…ぁ…」

きっと歯形が付いたであろう箇所をきつく吸い上げ、熱い舌で耳朶の裏から舐りだす。

「や、だめ…、んんっ!!」

生々しい舌の感触と吐き出される熱い吐息に、佐助の身体がビクビクと跳ねる。

「この忌々しい匂いを…全部拭い取れぬものか…。」

幸村の吐息が次第に荒々しくなり、密着している下肢をなすりつけるように押し付けられると、幸村のも、自分のもはっきりと硬くなっているのが伝わる。

「だ、だんな、落ち着い…んわっ!」

背中を弄っていた手が下がり、肉付きは薄いが張りがある臀部を鷲掴んできた。

「や…もぉ……」

情けないが、興奮して獣に豹変した幸村の気迫に佐助はすっかり怯えてしまっている。

だが勢いのままに犯されてしまったらお互いに後が気まずい。

「佐助……さすけぇ……」

夢中で首筋を舐り、本能のままに触れてくる指先が尻の谷間を探り出し、拙い抵抗しか出来ないでいた佐助はとんでもない事を思い出す。


『しまった……急いで着替えたから、下着そのままだ!』


デニムの厚い生地のお陰でまだ気付かれてはいないが、このまま脱がされてしまったらミントグリーンにブラウンの水玉が可愛いどこからどう見ても女物の下着を露呈してしまう。

「旦那っ、ごめん!!」

掌の一番厚みがある箇所で幸村の顎を叩き上げる。

すると重くのしかかっていた幸村の身体は仰向けに尻餅をついて転がされた。

幼い頃、その可愛らしさで何度か変質者に狙われた佐助が、道場で最初にお館様から教わった護身術だ。


「あ、そ、そ…の……、俺は何て事を……すっ、すまぬっ!!」

打ちつけられた顎の痛みに漸く我に返った幸村は、即座に起き上がり、その場に額をつけて土下座した。

「顎、大丈夫?加減出来なくってごめんよ。」

「いやっ!!悪いのは俺だ!つい、頭に血が上ってしまった。」

佐助の首筋にクッキリと浮かぶ歯形と唾液で滲んだ血が視界に入ると、幸村は被害者であるはずの佐助が気の毒にすらなる位顔を青ざめさせ、この世の終わりのような顔をしている。

「これ位大したことないから大丈夫。気にしないでいいよ?」

「いや、駄目だっ!!」

「本当に気にしてないから。」

「そうではないっ!!もっと、俺を……気にしてくれ。」

子供じみた我が儘とも熱っぽい口説き文句とも取れる発言に、佐助は眩暈がした。


「分かったよ。ちゃんと……旦那の事、考えるからさ、少しだけ時間くれないかな?」

「そうだな、俺も性急過ぎた。すまない!!」


またまた額を擦り付けて謝る幸村を抱え起こし、ベランダから部屋に戻るまで見送った。


「さぁて、どうやってカタつけるかなぁ。」


慶次からの告白も、幸村からの要望への答えも後回しにしてしまった佐助は、唯一相談出来る政宗にまずはメールで今大丈夫かと訪ねてみた。


メールから五分後、佐助の携帯に着信が入る。

「あ、こんな夜中にごめんねぇ……あれ?」

確かに政宗からの着信だったが、声が聞こえない。

「もしもーし?電波悪いのかな?」

『んだよ……、今取り込み中だから……明日にし、んっ!!』

今まで聞いた事のない政宗の甘い嬌声に、佐助は思わず顔を赤らめる。

「え、取り込み中って、そっち?や…え?えー!?」

電話が切れる直前に聞こえた政宗ではない声の主が妙に聞き覚えがあり、
自分の相談事がスコーンと頭から抜けてしまっていた。
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