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□絶対領域
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店をひとしきり盛り上げて今日の営業時間が終了した頃、佐助と慶次はお互いどこから話を切り出そうか牽制していた。

「おら、今日は人手足りないのに余分に休んだお前らでラスト閉めろよ?」

そう政宗が切り出して他のキャストを先に上げさせ、二人にする機会を持たせる。

「ありがと、政宗さん。」

「その代わり舐める位綺麗に掃除しとけよ?」


まだスタッフルームにキャストが居る間は店内の清掃を二人で手分けをして黙々とし、着替えたキャストが次々と上がったのを見計らったところで、慶次が漸く口を開く。

「あのさ…ちょっといいかな?」

「うん、いいよ。」

「俺、天狐ちゃんに黙ってた事があるんだ。」

「何?」

「俺が天狐ちゃんに出会ったのはさ、アノ時が初めてじゃないんだ。」

佐助にとって慶次との出会いは店先で襲われていたとこに、まるで姫を救うナイトのように現れた
時しか知らない。

「え?…それじゃ、別にどこかで逢ってたっけ?」

佐助は嫌な予感がした。
幸村と友達だとしたら、高校時代に顔を合わせていたのだろうか?
それなら、慶次は自分の正体を知っているのか?

「大学の学祭でカフェやってただろ?」

「あ、え、……ああっ!!」

幸村がグラスを割り、仕方なく至近距離に駆けつけた時、幸村と同じテーブルにいた大きな背中を借りて隠れさせて貰ったのは覚えていた。


「思い出してくれた?」

「うん…って事は?」

「あれからずっと天狐ちゃん探してたんだ。」

痛い程真っ直ぐな瞳で見つめてくる慶次に、いつもの軽薄さは微塵もない。

「慶ちゃん…」

「俺は…天狐ちゃんの事っ……『うおぉぉぉおおおっ!!』」

肝心なところで外から響く叫び声と何かで扉を叩きつける音に遮られる。

「今の声……」

あんな暑苦しい声は他に知らない。

扉を激しく叩かれ、これ以上無視する訳にもいかず、慶次が恐る恐る扉を開く。

「なぁにしてんだよ、ゆっきー。」

「す、すまぬっ!!そろそろ帰る頃かと思ってな。先程必要な書類を一枚渡しそこねてしまったのでな。」

「あーっ!!そっか。もしかして店が終わるまでずっと待っててくれたの?」

「うむ、近くに公園があったから、そこで鍛錬しておった。」

「そりゃそうと何で雄叫びなんてあげてたの?」

「いや、その…先程の方と鉢合わせしてな、散々からかわれてしまって、つい…」

どうやら政宗は外で盗み聞きしていたのだろう。
油断も隙もない。

「そんじゃあ政…オーナーも一緒?」

外部の人間である幸村の手前、すぐに呼び方を変えた慶次は、扉の外に目を向ける。

「あの方にからかわれて動揺する己の不甲斐なさに渇を入れていたら扉が開かれて…うむ、帰られてしまったのか?」

熱くなりすぎると周りが見えなくなる幸村は、後ろを振り返ると、そこに居たであろう場所を見回す。

「つか、あの格好のまま帰ったのかな?」

「どうせどっかに潜んでるよ、きっと。」

半ば呆れ気味に呟いた佐助は、先程幸村にバレなかったのもあり、ドッと肩の力が抜けていた。

「では慶次殿、某はそろそろ…」

「ほら慶ちゃん、今日は先上がっていいからさ、お友達と一緒に帰ってあげなよ?」

「や、でも……」

肝心なところで邪魔が入り、慶次の告白はうやむやになままだ。

「某は一人で帰れます故、慶次殿は仕事を続けて下され。」

慶次が後ろ髪を引かれているのが伝わったのか、幸村はそそくさと退散しようとする。

「ほら、こんな遅くまで待っててくれたんだから帰りがけにお茶でも奢りなよ?」

佐助はポンっと広い慶次の背中を叩いて、スタッフルームへ促した。


「そんじゃお言葉に甘えて。ゆっきー、ちょっとだけ待ってて!」

バタバタと大きな身体を揺らして慶次が着替えに行ってしまうと、その場には幸村と佐助二人きりとなった。

『うーん、しっかし間が持たないなぁ。だけど下手に喋ってボロが出ちまいそうだし…。』

元々女性が苦手な幸村は、相手が友人である慶次の女装ですら動揺していたのだから、顔見知りではない男の娘になど目も合わせられないはず……なのに。

「あの、天狐殿…、つかぬ事をお聞きしても良いでしょうか?」

佐助の予想に反して幸村は真っ直ぐと自分を見つめ、自ら話しかけてきた。

「うん、なぁに?」

「そなたは、猿飛佐助と言う者を存じませぬか?」

一瞬ドキッとしたが、自分を『天狐』として認識しているのは間違いないので、落ち着きを取り戻しニッコリと微笑みながら切り返す。

「お客様の中にいたかもしれないけど、全員の本名までは知らないんだ。ごめんね?」

上手く切り返した!俺様GJ!と内心ガッツポーズを決める佐助だが、幸村は納得いかないようだ。

「こちらが佐助なのですが、とても印象が強いので覚えておられませぬか?」

スッと鞄から取り出した二つ折りのパスケースを開くと、幸村と並んで写る自分の姿があった。
確か幸村の高校入学
式に校門で撮った写真だ。

「あのさ、こっちも聞いて良い?」

「何でござるか?」

「この人は、君の何?」

「何かと言われますると……幼なじみであり、兄のような……。」

「ただの幼なじみなら、別にどこで何をしててもよくない?」

わざと痛いところを突けば、うぐっ、と息を詰まらせて動揺を見せた幸村は、意を決して天狐を見つめる。

「ただの幼なじみではござらぬっ!!」

キッパリと言い切る幸村に、更なる追い打ちをかける。

「それじゃあ、君にとっての何?」

「さ、佐助は…某の…『おっまたせー!!』」

先程のリベンジかのようなタイミングで着替え終わった慶次の乱入により、幸村からの言葉は遮られてしまった。


「ほらほら、早くしないと終電間に合わなくなっちゃうよ?」

「マジで?え、でも天狐ちゃんは大丈夫?」

「うん、どっかで盗み聞きしてる誰かさんに送らせるから大丈夫。」


肝心なところが話せず消化不良な顔をした大小のわんこを送り出すと、佐助は近くの椅子にドカッと座り、拭いてピカピカにしたばかりのテーブルに突っ伏した。

「ねー、俺様どうしたらいいんだろ?」

誰もいないはずの店内で1人ごちると、厨房から鼻で笑う声が聞こえた。

「そうやって他人任せにしてるから肝心な答えを聞きはぐるんだよ?」

「そっか、んー…そうだよね。」

薄暗い店内に姿を見せた政宗は、まだ着替えずにメイド服のままだった。

「何だ、随分としおらしいじゃねーか。」

「そりゃそうでしょ。今日は色々あり過ぎて俺様のHPゼロだよ。」

「まさか慶次がお前のhoneyと繋がってたとはな。」

「何だ、竜の旦那は知ってたんじゃないんだ?」

「あの騒がしいワンコのせいで、あんだけ目立つ大型犬のインパクトが弱かったんだよ。」

「ま、どの道慶ちゃんが真田の旦那とダチだったら、遅かれ早かれ会ってたからさ。」

「それで、どうすんだ?」

「んー、どうしよっかな?」

「迷いがあるなら…とりあえず二人と一回ずつヤってみたらどうだ?」

「は?何でそんな泥沼にわざわざしなきゃなんないのさ!!」

「お前がグズグズどっちにするか決めかねてるからだろうが。」


「だってさ、真田の旦那は俺様の本性知らないし、昔から懐いてた延長上の感情だもん。」

「そうかぁ?ありゃそんな可愛いタマじゅねえだろ?」

「慶ちゃんは…『天狐』の俺様が好きなだけで根はノンケだし、すっごくまっすぐだから、俺は相応しくないよ。」

「んとに…お前はその辺の女以上に面倒くさいな?」

「悪いね、自分でも面倒くさいと思ってる。」

「別に本当の女じゃないんだから、もっと即物的になっちまえよ?」

グシャグシャと佐助のウィッグを掌で乱暴に撫でると、早く着替えろと低く甘めな声で囁かれる。

「んとに…今優しくされると堕ちちゃうからやめてよぉ。」

お前に手ぇ出す余裕なんてないからお断りだと鼻で笑った政宗は、面倒だからとメイド服の上からコートだけを羽織り、車を取りに店を出た。


「竜の旦那が余裕ないって……意外かも。」
 あの常に余裕綽々な政宗に余裕を持たせない相手が気になりつつも、待たせると後が五月蝿いのでさっさと着替えに向かった。
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