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□絶対領域
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接客で慣らした平常心をフル稼働し、佐助はどうにか動揺を面に出さないよう努めた。

「は、話には聞いておったが…某には敷居が高すぎてな。」

「何だよゆっきー、俺でも恥ずかしいのかい?」

わざとクルンとその場で一回転してみせた慶次のスカートが翻っただけで両手で顔を覆う。

「ま、回るでないっ!!破廉恥だぞっ!!」

「あ、天狐ちゃん。こいつがダチのゆっきーね。見ての通りの純情さんなんだ。」

「…はじめまして、慶ちゃんから話は聞いてます、天狐です。よろしくね?」

目一杯声を高めにし、自分だと悟られまいと振る舞う佐助と目があった幸村は、スンと鼻を鳴らすといきなり佐助の腕を掴んだ。

「ひゃっ!」

「えぇ?」

幸村のいきなりなリアクションに戸惑う二人を余所に、掴んだ佐助の手首に顔を近付けクンクンと獣のように匂いを嗅ぎだす。

「ちょっとゆっきー!何してんだよっ!!」

先に我に返った慶次が、慌てて幸村の顔を鷲掴んで引き離す。

「す、すまぬっ!!」

そう言いながら顔は離しながらも、掴んだ手を離さずにいた。

「hey!悪いがウチのキャストにお触りは御法度だぜhoney?」

「……そなたは、学祭の!」

タイミング良く顔を出した政宗に、幸村は卒倒する。

「Ha!覚えたのか?」

「あの時はお騒がせしてしまい申し訳なかった。」

学祭の時に政宗がちょっかいをかけ、動揺した幸村がグラスを割ってしまった件を詫びるが、佐助の手は掴まれたままだった。

「あの……手、そろそろ離してもらえないかな?」

興奮した幸村の握力で、流石の佐助も声を出してしまう。

「し、失礼致したっ!!」

ようやく解放された佐助の腕には、うっすらと幸村の指の跡がついている。

「どんだけ馬鹿力なんだか。」

「天狐ちゃんごめんね、大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。あ、君も気にしないでね?」

バレていないかヒヤヒヤしつつも、天狐としての仮面を被り取り繕う。

「大体何で匂いなんて嗅いだんだ破廉恥boy?」

「はっ!破廉恥で…あったな…その、覚えのある匂いがした故つい…」

以前に自宅で幸村に手首の匂いを嗅がれていたのを思い出した佐助は、ギクッと身構える。

「別にこれと言った匂いなんてしないじゃねーか。」

政宗が後ろから佐助の手首を掴んで嗅いでみて首を傾げる。

佐助はフレグランスを付けていないので、メイクの僅かな香料を嗅ぎ取った幸村の嗅覚は、少し人間離れしているのかもしれない。

「ゆっきーは女の子に免疫ないからさぁ、突拍子もない事しちゃうんだから。」

「…すまぬ。」

慶次がお茶を奢ろうと誘ったが、気まずさが勝った幸村は、丁重に断りを入れて店を後にした。



「お騒がせしちゃってごめんねぇ」

「全くだ。早く戻らないと店が回らないぜ?」

佐助はまだバクバクと脈打つ動悸を抑えるのに気を取られ、肝心な事実を見逃していた。

「おら、猿。お前の客が今頃待ちわびてんぞ?」

「そ、そうだね。早く戻らないと…。」

扉越しにも店内が人手不足でバタバタしているのが伝わり、佐助は自分の頬をピシャリと叩いて気持ちを切り替え、『天狐』の顔で待ちわびた客前へと戻った。

「さ、俺達も戻らないと、ん?」

佐助の後に続こうとした慶次だが、フカフカなつけ尻尾がガッシリと掴まれ動きを止めさせられた。

「……ようやく思い出せたぜ?駄犬かと思いきやとんだ狸だな?」

「え?気付いてたんじゃなかったのかい?」

「あの騒がしい坊やに気を取られてたとは言え、お前みたいに目立つ奴を覚えてないなんざ俺もまだまだだな。」

「はは、それよく言われるんだ。ゆっきーが騒がしくてインパクト強いからさ、一緒にいると意外と印象薄いらしいよ?」

「全くだ。それで、バレないままだったらどうするつもりだったんだ?」

「いずれは話すつもりだったけど…そうもいかないよね?」

「いいや、俺は口出ししないぜ?」

「え…何でだい?言い訳はしないけど、俺だって一歩間違えたらあの暴漢と似たようなもんだろ?」

「俺だって人の良し悪しは多少判るつもりだ。少なくとも、猿に今すぐ危害を加える度胸はなさそうだからな?」

「嬉しいけど、要は腰抜けって見抜かれちまったんだね?」

「さあな?」

「今夜、俺の口からちゃんと伝えるから。」

「玉砕したらどうすんだ?」

「仕事は続けるよ。俺なりに楽しくなってきたとこだし…なるべく気まずくならないように頑張るからさ。」

「そうしてくれよ。お前も猿も、今抜けられちまったら困るんでな?」

政宗がキャストとして必要としてくれたのが意外だった慶次は、嬉しそうにはにかみながら礼を言う。

「ありがとさん。」



一方その頃店内では、いつものように客を上手くあしらいながら脳内会議をグルグルと巡らせている佐助がいた。


慶ちゃんの友達が何でよりによって旦那な訳?

つか旦那…本当に俺の正体に気付いてない?

まあ女の子には鈍いから大丈夫かな?

頭の中で幾つもの疑問符を浮かべながらも、客にはいつもの天狐を演じきる。


「お待たせしましたぁー!!さあさあ俺のご主人様はご帰宅済みかい?」

「小夢ぇ〜戻って来て早々うるさいぞ?もうちょっと躾が必要かな?」

「天狐ちゃんにならいっぱい躾て欲しいんだけど?」

最近店の名物?となりつつある天狐による小夢を躾るくだりが始まると、店内はザワッと萌上がっていた。
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