メイン
□絶対領域
21ページ/28ページ
「それじゃ、俺は次の駅だから。」
「あ、俺はふた駅先だよ。」
「へぇ、結構近くなんだ。」
「そうだね。天狐ちゃんとこの駅も友達ん家に行くのに何度か降りた事あるよ。」
距離にしてみたら其れ程遠くないのに、生活範囲が異なれば意外と会わないものだ。
「明日からお店に出るけど大丈夫?」
「んー、天狐ちゃんやお店の子達みたいに華奢で可愛くってのは難しいけど、お客さんが少しでも楽しんでくれるよう頑張るからさ。」
「ま、最初は俺様がフォローするから安心して。」
「へへ…頼りにしてるからね?」
慶次の人当たりの良さと素直さは、どこか真田の旦那を彷彿とさせ、佐助は結局突き放す事が出来ずにいた。
「じゃ、また明日ね。」
「それじゃ、明日…楽しみにしてっから。」
一足先に電車を降りた佐助は、ドッと肩の力が抜けた。
自分が思っていた以上に実は緊張していたらしい。
「ま、別にちゃんと告白された訳じゃないし…」
『天狐』から元に戻れば只のつまらないどこにでもいる野郎だと重々自覚していたのに、素を見ても幻滅しなかった慶次の態度は素直に嬉しかった。
「明日は…バッチリフォローしなきゃね。」
自分がきっかけでとんでもない世界に足を踏み入れてしまった慶次に、出来る限り恩を返していこう。
佐助は冷えて澄んだ夜空にそっと誓った。
「おーおー中々似合ってんじゃねぇか。」
「本当かい?」
今日から店にデビューする慶次こと『小夢』は、小十郎が仕立てた赤と黒のギンガムチェックの衣装に、白いフリフリのエプロンを着け、ゴールデンレトリバーのようなたれ耳大型犬の耳と尻尾が頭とお尻でゆらゆらと揺れている。
「かーわいいー!小夢、お手っ!」
「わんっ!」
佐助が手を差し出すと素直に反応し、動くはずのない尻尾が引きちぎれんばかりに振られている錯覚に陥る。
「お店に出たら男の自分は忘れるんだよ?お客様はあくまでも可愛い男の娘が目当てなんだからさ。」
「りょーかいっ、任せときなって!」
気っぷの良い返事に些か不安がよぎるが、開店時間は迫っていた。
「それじゃ、店開けるよー」
佐助は自分の横に慶次をつけ、接客を見て学ばせる事にした。
「お帰りなさいませ、ご主人様♪」
そこには男としての佐助は微塵もなく、店のNo.1である天狐がいた。
「あれ?天狐ちゃんの隣にいる子は?」
「この子は今日から仲間になったー、自分で紹介出来る?」
「どうも、俺は小夢ってんだ、よろし…い、いたたたたっ!!」
「ごめんなさい?この大きなわんこってば躾出来てないんだった☆」
いつもの口調で喋ろうとした慶次の太ももを後ろ手で抓る。
「って事は久々に見れちゃうの、アレ?」
その言葉に続々と入店してきた常連客がザワッとなる。
「ニューフェイスだと?したらば天狐ちゃんのアレが…」
「おおっ!天狐様のアレが…今日も来て良かったぁ〜」
「え…?ね、天狐ちゃんのアレって?」
客の異様な盛り上がりっぷりに、不安を隠せない慶次は佐助に縋るような瞳で訪ねてきた。
「そんな捨てられそうな顔しなくても大丈夫。ワタシがちゃあんと躾てあげるからね☆」
「出るのかっ!天狐ちゃんのスーパー躾タイムっ!!」
「スーパー…しつけ、タイム?」
「まずは、所作から躾てあげるから覚悟してね☆」
それから慶次こと『小夢』は、謎の言葉の意味を身をもって知らされた。
「はいはいー、お待たせえぇ〜?」
「小夢ちゃん?大股で歩かないの。」
ズカズカと店内を歩く慶次の背後に立った佐助は、腰に手を回して太腿をソロッと撫でる。
「や、そこ…触らないで…」
「小夢ちゃんが軽やかに歩くって約束出来るなら止めてあげてもいいけど?」
淫猥な笑みを浮かべ、慶次の耳元で囁く佐助は楽しそうで、周囲の客が食い入るように二人の様子をウォッチしている。
「頑張り…ます。」
「おら駄犬、二番の日替わりとシャリマティーもうすぐ上がるぞ。」
「はぁ〜い」
散々天狐からセクハラ紛いの触られ方をされ、動揺と羞恥で慶次はグッタリとしていた。
「まぁ何だ…アレは実地研修と客へのサービスなんだから、あんまり変に意識するなよ。」
「客へのサービス?」
「この店はあくまでも給仕サービスだけでメイドにお触りなんざ御法度なのは知ってるよな。」
「もちろん。」
「客に代わって天狐が手の届かないメイドに触れたりスキンシップを取るのを見せて喜ばしてんだ。」
「へぇ…見るだけで満足しちゃうもんなのかね?」
「女に不自由したことがない奴には分からねぇかもな。ほら、上がったから運べ。」
厨房からランチを差し出した小十郎は、口調は怖いが初日で躾られている慶次を気にかけていた。
「お待たせしましたぁ、日替わりランチと……あれ、えっと…」
「シャリマティー、でしょ?」
「そうそう、シャリマティーですっ。」
「次、間違えたらお尻ペンペンしちゃうからね?」
天狐の提案にザワッとした客達は、こぞって舌を噛みそうなメニューやら、コーヒーのカスタマイズを注文してきた。
「いやはや、天狐ちゃんの女王様キャラが出るとゾクゾクしますな。」
「自分的にはちょいツンのデレ盛りの方が萌ですが…」
「俺も躾られたい…」
男達の熱を帯びた視線を感じる度に、天狐の躾と言う名のスキンシップは過剰になっていった。