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□絶対領域
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建物の角を曲がり少し歩くと、駅へと続く大通りがある。
大分人通りが少ない時間帯とは言え、大通りは駅に向かう人でまだまだ賑わっていた。
そんな中信号を渡るでもなく、通行人の邪魔にならないように端に寄り、ガードレールに腰掛けている慶次の姿が見えた。
『やっぱり目立つなぁ。』
化粧をしなくても華やかで整った顔立ちに、この電気街ではかなり浮く屈強な身体つきは、それこそ等身大フィギュアのようだった。
かたや、橙色な髪の毛こそ派手な佐助は、その髪の色がインパクトが強く素顔は意外と印象が弱い。
だからこそ化粧をしなければ『天狐』と気付く者は皆無だ。
『一応帽子と眼鏡しちゃったけど…しなくても大丈夫だったかな?』
万が一バレてしまった時用に、インパクトの強い髪をニット帽で隠し、一応着けろと政宗から促されて買ったフレーム太めの伊達眼鏡をかけている。
服装も店でのフリフリさは皆無で、美脚を隠すよう緩めのカーキ色のカーゴパンツにブーツ、上は黒のハイネックに暖かさ重視のダウンコート。
この服装ならば街を歩いていても溶け込める。
気付かれない自信はあるが、それでも一歩ずつ近付けば緊張は増す。
信号を渡り、慶次の横を通り過ぎた時、こちらを振り向きもしない彼に安堵と少しだけ寂しさを感じた。
バレたくないのに、どこかで素の自分を見つけて欲しかったような…そんな複雑な思いを胸に、そのまま立ち去ろうとした佐助のダウンコートのパーカーに何か重さを感じた。
「キキーッ!」
弾むような鳴き声がパーカーの中から聞こえ、中身を確かめようと後ろを振り返ると、目の前には慶次の顔があった
「こらっ夢吉!駄目だろ?すみませ……あ、れ?」
しまった、と焦りが顔に出てしまった時点で自滅したようなものだった。
「てん…こ、ちゃん?」
「……ズルいよ、夢吉使うなんて。」
別に明確なルールを決めた訳ではなかったが、慶次自身に見落とされたのが癪に障り、つい憎まれ口を叩く。
「ごめん!でも夢吉は悪くないから許してやってくんないかな?」
見ればパーカーから顔を出した夢吉は、佐助を見つけ出したのを誉めてくれと言わんばかりに誇らしげな顔をしてはしゃいでいる。
「ま、夢吉は相棒だからしょうがないか。」
「天狐ちゃん……」
「約束は約束だから一緒に帰るけど、本当に無理しなくていいよ?」
「何が?」
「素顔がこんな地味な野郎でガッカリしたんじゃない?」
「や……それがさ、素顔はちゃんと男なんだなーって分かったよ…。」
やっぱりな、と顔を曇らせ俯いた佐助の両肩を、大きな手がシッカリ鷲掴む。
「でも、素顔も綺麗だなって…ドキドキしてる。」
予想外の返答に、思わず顔を上げると、はにかんだ笑みを浮かべた慶次の顔があった。
あまりの顔の近さに、キスでもされてしまうのかと一瞬焦るが、スッと身体を離された。
「ごめんよ、これ以上近付いたら我慢出来なくなりそうだ。」
何が我慢出来なくなりそうなのか。
聞きたいような、聞いてしまったら余計な地雷を踏んでしまいそうで、佐助はそれ以上言及しなかった。
「そんじゃ、約束通り駅まで送ってもいい?」
「ん……」
慶次も思わず本音を洩らしてしまった気まずさからか、少しだけ間を空けて並んで駅へと歩き出した。
二人の気まずい空気を読めない夢吉が、嬉しそうに慶次の肩で飛び跳ねているのが、少しだけ空気を和らげてくれていた。
「Han……こりゃ、面白い事になりそうだな?」
「しかし政宗様…あのままでは猿飛は…」
「大丈夫だ、今のあいつにはちょうど良い展開だ。」
駅に向かう二人を見守る二つの影に気付く余裕は、今の佐助にはとてもなかった。
「あ、俺はこっちだから…」
「俺もそっち方面なんだけど…。」
駅に着き、漸く気まずい空気から脱却出来るかと思いきや、帰りの電車が同じ方向と来た。
「や、嘘じゃないからね?最寄り駅知られたくなかったら一本後に乗るよ。」
「この次が最終だけど、いいの?」
「んー…」
電光掲示板を見れば、最終電車を知らせる赤色の文字が表示されていた。
「別に、最寄り駅知られたからって大丈夫だけど?」
このままでは本当に気を使って最終電車を見過ごしてしまいそうな慶次のジャケットの袖を軽くつまみ、一緒に乗るよう促した。
これは、もしかしたら変な期待をさせてしまうかな?と思わなくもなかったが、
もう少しだけ一緒にいても良いと思ったのは、そっと胸の奥に収めておく。