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□絶対領域
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「おはよーございます。」
元気良く挨拶をしながら店舗脇の狭い廊下から控え室に入る。
今朝は早番で仕込みもある佐助は、早速念入りに手を消毒すると手早くエプロンを着けてキッチンへと向かう。
「あ、おはよー右目の旦那♪」
「ああ。」
どう見てもカタギには見えない鋭い眼光の男は、店のオーナーの補佐役であり、店の野菜を自ら栽培して卸す見た目に反してロハスな男・片倉小十郎。
「ねー、今日は根菜ある?」
「ああ、人参と牛蒡と蓮根ならあるぞ。」
「あんがと。それじゃ使わしてもらうから〜。」
テキパキと泥を落とし、それぞれを細かく刻む。
「おい、そんなに細かくしたら折角の新鮮な野菜が台無しだろうが。」
小十郎は、我が子のように手塩にかけて育てた野菜の扱いにかけてはかなり五月蝿い。
「いいの!これは炊き込みに使うんだけど右目の旦那んとこの野菜なら味が濃いから少し細かくした所で風味を失わないし、米に根菜の出汁がたっぷり染みて美味くなるはずだから。」
「そうか……悪かったな、お前なら余計な口出しは要らなかったな。」
「光栄だねぇ。俺様もちょっとは旦那に信頼されてんのかな?」
「料理に関してはな。」
「ちぇー!ま、いっか。これ試作品だけど右目の旦那に試食してもらってOK出たら日替わりに回すよ?」
「ああ。」
店の平日限定日替わりランチは、ほぼ佐助が手がけている。
たまに試験前で休みが続くと他の者に任せるが、常連には直ぐ佐助の不在が見抜かれてしまう。
と言うのも佐助の日替わりランチは一度たりとも同じメニューがないからだ。
定番のメニューも彼なりのアレンジが加えられ、かと言って奇抜な味付けではなく、舌に馴染みやすい絶妙な
匙加減が人気で、一部の常連間ではどれだけ佐助の日替わりランチを制覇できたかをまとめたサイトが立ち上がる程だ。
「どう?」
「いいんじゃないのか?」
「はいっ!右目の旦那から『いいんじゃないのか』頂きました!」
素材に五月蝿い小十郎からこの言葉を聞ける人間はオーナー以外殆どいない。その稀な言葉を引き出せると佐助は上機嫌になる。
「仕込みが済んだらボードにメニュー書きしとけ。あと今日はホールも頼むぞ。」
「もう、人使い荒いんだからっ!」
「…頼まれてた物、ロッカーに入れておいたからな。」
「え?マジ?さっすが右目の旦那!仕事早いねぇ!」
「余計な世辞はいいから早く支度してこい。」
「はーい。右目の旦那の力作楽しみ〜!」
手早くランチの仕込みを済ませ、日替わりランチのメニュー書きを終えると、足取り軽く控え室に戻る。
「さーてと、……リクエスト通りに出来てるかな?」
細長く無機質な事務用ロッカーの扉を開く。
そこには無数のレースとフリルが
視界に広がった。