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□絶対領域
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すっかり幸村を男として意識してしまうようになった佐助は、夜毎淫らな夢に苛まれた。
「そんで、昨夜は?」
「…旦那に女子高生コスさせられて電車内で痴漢プレイされた。」
「Ha!段々とエスカレートしてきてんな。」
あまりにも淫らな欲望を、自分の内にだけ留めておいたらいつか暴走してしまいそうな佐助は、唯一話しても動じない政宗に淫夢を報告して笑い飛ばしてもらう事でどうにか踏みとどまっていた。
「いっその事夢の通りに襲われてみたらどうだ?」
「旦那が女の子に免疫ないのは知ってんでしょ?」
「ああ…」
政宗は学祭で女装した状態で幸村に接客をしたが、男と分かった上であの狼狽っぷりだ。
佐助の女装など見たら卒倒するか或いは…。
「それなら素のお前で迫ったらどうだ?」
「んー、まだ男のままなら免疫あるだろうけどさ、旦那はノーマルだからなぁ。」
「は?お前それ本気で言ってんのか?」
「当たり前でしょ?」
「おっはよぉございまーす!」
政宗が何か言いたげではあったが、騒がしい声に阻まれた。
「んー、おはよぉ慶ちゃん。」
「へへ、今日も可愛いね天狐ちゃん。」
息を吸うように女性を褒めるのに長けたこの男は、佐助を暴漢から救った青年で、成り行きでキャスト兼用心棒として採用された前田慶次と言う。
「しっかし天狐ちゃんは早いねぇ。俺も新入りだから早めに出勤してんのに着いたらもうフル装備なんだもん。」
「コイツの素顔はスタッフでも滅多に拝めないんだぜ?」
「へぇ〜、徹底してんだねぇ。」
「慶ちゃんはもう少しメイクした方がいいんじゃない?殆どすっぴんでしょ。」
「はは、俺はこの体格だからいくら化けてもバレちまうからなぁ。」
「それでも店に出てお代を頂くからにはちゃんとお客様に喜ばれるようにしなきゃ。ほら、そこ座って?」
慶次をパイプ椅子に座らせると、佐助は鏡をスタンバイして丁寧にメイクを施しながらコツを伝授する。
「アイラインを粘膜に入れると自然なのに目力アップするよ。」
「へぇ…いてててっ!すっげぇ痛いんだけど?」
「慣れだよ慣れ。チークは頬骨の一番高いとこで…アプリコットオレンジとか合うんじゃない?」
元々身体はゴツいが顔立ちは佐助よりも中性的な慶次は、みるみるうちに可愛らしい男の娘へと変化させられた。
「普段はポニテだからたまにはツインテールとかにする?」
「いやぁ、これ以上幅取ると怒られちまいそうだからさ。」
店のキャストと比べると一回り近く大きい慶次は、立っているだけでも幅を取る。なので横に幅を利かせるツインテールは、広くはない店内で振り返りざまにあちこちにぶつけてしまいそうだ。
「そんじゃあ…せめて可愛らしく毛先巻こうか?」
「ん、天狐ちゃんに任せるわ。」
佐助はコテを取り出すと、長い毛先をクリックリに巻き、メイクした慶次に華やかさを出す。
「よぉっし!これでどうかな?」
「うわぁ、すっごい!マンガに出てきそうじゃない?」
身体を揺さぶるとバネのように揺れる毛先にはしゃいでいる。
「慶ちゃんもそろそろ名前決めないとねぇ。」
「そうだなぁ…Dogは他にも居るけど大型犬なら空きがあるぜ?」
「そっかぁ、やっぱり俺って犬っぽい?」
「うん、すんごい尻尾ブンブン振ってるね。」
「構ってくれってアピールが上手いとこなんざ正にワンコだな。」
「ええ〜?何か酷い言われようじゃない?」
耳があったらしょんぼりとうなだれていそうな顔で甘える姿は、やっぱり犬っぽい。
「名前は何か希望ある?」
「んーと、夢吉とか?」
「可愛いっちゃ可愛いけど…元ネタあるの?」
「ああ、コイツの名前なんだけど…」
モゾモゾと慶次の胸元が動くと、小さな小猿が顔を出す。
「何この子!可愛いんだけどぉ。」
クリクリとつぶらな瞳を見開き、佐助の顔を覗き込む。
「何だ、お前のペットか?」
「いや、夢吉は俺の相棒なんだ。」
「んな狭いとこに閉じ込められてたら苦しいだろ。」
「学校行くときもこんなんだから大丈夫だよ。」
「でもお店には連れていけないから、慶ちゃんが仕事中はロッカールームで待てるかな?」
「夢吉は頭がいいからちゃんと待てるよなぁ?」
キキッと片手を上げて答える夢吉の愛らしさに、佐助は勿論政宗も内心メロメロになっていた。
「名前が一緒だと混同しちゃうからさ、少しもじって『小夢』とかどう?」
「Ha!デカいのに小がつくなんざ洒落てんじゃないか。」
「天狐ちゃんがつけてくれるなら、それがいいなぁ。な、夢吉?」
キキッ?と小首を傾げる夢吉に、いいだろ?と自慢げな慶次は、明日デビューが決まった。
............
「ねぇ、今日こそは駅まで送らせてよ。」
「そんなに心配しなくても大丈夫だってぇ。俺様メイク取ると全然顔バレしないし。」
「でも、またアイツみたいのが来たら大変だろ?」
研修期間は早めに上がらせていたが、明日のデビューに向けてラストまで打ち合わせていた慶次が、佐助を駅まで送ると譲らない。
「それじゃあさ、先に着替えて大通りの信号前で待っててよ。」
「それじゃ…!」
「ただし、俺様も素になって行くから、人込みの中見つけ出せたら一緒に帰ろ?」
「よしっ!絶対見つけてみせっからね。」
意気揚々と着替えた慶次は、自信満々に一足先に店を出た。
「あんな約束しちまっていいのか?」
今日の売上を入力していた政宗は、案の定しっかりと二人の会話を聞いていた。
「ま、親切心なのは分かるんだけどさ。プライベートまでは介入されたくないから、今の内に釘刺しておかないとね。」
「あれが親切心だけだと本気で思ってんのか?」
「…そうじゃないと色々困るでしょ?」
「なんだ、分かってて焦らしてんのか?」
自分自身の色恋には疎いと思っていた佐助からは意外な答えが返ってきた。
「や、俺様は別に野郎は恋愛対象じゃないし、慶ちゃんも『天狐』に興味があるだけじゃないかな。」
「ふぅん…じゃあ『天狐』なら、アイツを恋愛対象にする可能性はあるんじゃないか?」
「どうだろ?でも、現実見せて目覚まさせるなら今の内でしょ?」
「素のお前見て、それでも良いって言い出したら…どうすんだ?」
「その時は……少しだけ運命感じちゃうかもね。」
メイクを落とし、『猿飛佐助』へと戻った佐助は、逃げ出す事なく慶次が待ちかまえている大通りへと向かった。