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□絶対領域
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「そろそろ、かな?」
「猿飛くん、例の子並びに来たよ。」
「了解っ!」
対幸村網で行列対応の子から一報を受けた佐助は、素早く給仕を済ませて裏のキッチンブースへと引っ込んだ。
「ったく、何でよりによって此処に来ちゃう訳?他に見るとこ沢山あったはずでしょ?」
頭を抱えてブツブツと文句を言う佐助を尻目に、政宗はキッチンで数種類のフレーバーの茶葉を適温適時で煎れていた。
「さあな、案外お前の愛しの君はこういうのに興味深々なのかもな?」
「まっさかぁ、女の子が1m以内に来ただけで破廉恥っ!て逃げ出しちまう位初心なんだぜ?」
「だから、女自体は苦手でも男ならイケるのかもな?良かったな猿。」
「いや、全然良くないし有り得ないから。」
「ぬおおぉぉおおっ、お…おなご?いや、違うのか?」
「幸村っ!声デカすぎるってば。いくらみんな可愛いからって興奮し過ぎだよ。」
店内で開口一番大声をあげてしまった幸村へのフォローに、一瞬ざわめいた客は和やかな笑いに変わった。
「お騒がせしちゃってごめんねー。さ、幸村も早く座って注文するっ!」
「す、すまない。つい驚きの余り…。」
「幸村もさ、いい加減女の子に慣れないと、このままじゃ大学で合コンのメンツに入れられないだろ?」
「そ、某はそのような浮ついた宴には出ぬと何度申せば分かるのだ?」
「まあまあ、合コンはともかく幸村の為だぞ?ここのメイドさん達は可愛いけど男だって分かれば大丈夫だろ?」
「まあ…そうか?いや、やはり斯様な衣装を身に纏うとは男子たれども破廉恥ではないか?」
上手く言いくるめられそうになった幸村だが、ミニスカートでフワフワキラキラな衣装を身に纏ったメイド達に囲まれた異空間に馴染めず、一刻も早く此の場を去りたい気持ちで一杯になっていた。
「あーあ、旦那ってば頭がどんどん下がってる。無理やり連れて来られちまったんだよきっと!」
気が気ではない佐助は、幸村がキッチンブースに背を向けているのを確認し、そっと様子を伺う。
「おい猿、お前は見つかりたいのか見つかりたくないのかハッキリしな。んなとこで覗いててこっち振り返ったらどうすんだ?」
「だってぇ、様子が見えないともっと心配だし…。」
「猿飛ぃ…悪いんだけど、お見送り出られる?」
おずおずとメイドのメンバーがキッチンにいる佐助へと声をかける。
「ちょーっと今立て込んでてさ、他の子じゃ駄目かな?」
「でも猿飛がテーブルついたお客様だかし…。」
メイドカフェのローカルなお約束として、案内をしたメイドが基本的に担当となり給仕や接客、最後の会計時に外扉までお見送りまでをやる事になっている。
なまじ他のメイドより仕事をこなしてしまった佐助は、ここに来て時間制限の来た客の多くをお見送りしなくてはならなかった。
「どうしよ……。」
「しょうがねぇな、おい猿!見送りに出ろ!ビビらずにsmileでな。」
「え?だって今出たらっ!」
「この場は俺に任せな。」
「旦那……。」
政宗が無計画に指示を出す事はないのを信じ、佐助は小さく頷いた。
「俺が接客に入って気を引いておく。その隙に入り口まで行って見送りしとけ。」
「わかった……って独眼竜の旦那も接客出るの?」
「俺も一応ゼミの一員だからな。一人で高みの見物じゃあ皆は付いて来ないだろ?」
「だからキッチンでその格好だったんだ。」
「それじゃあ行くぞっ。」
「了解っ。」
政宗が幸村のオーダーしたオレンジティーとティーソーダをトレイに乗せると、パニエで膨らんだ黒のミニスカートの裾を翻した。
「Hey!お待たせしたなご主人様。」
シンプルなモノトーンのメイド服に、右目の眼帯とヘッドドレスには黒薔薇を装飾し、ゴスっぽい雰囲気が政宗に似合っていた。
「へぇ〜随分と迫力美人なメイドさんのお出ましだ♪」
「Ha!随分とお目が高いご主人様みたいだな……ん?そっちのcuteなご主人様はお気に召さないのか?」
幸村はすっかりテーブルと顔をつきあわす位に俯いたまま固まっていた。
「いや…その…おのこだと頭では分かっておるのですが…どうにも直視しがたく。」
「へぇ…そんなつれない事言わないで、こっち向いてみな?」
「うぅ…あまり、からかわないで下されっ!」
「折角美人なメイドさんが付いてくれたんだからさ、少しだけでいいから顔あげなよ?」
「よーし、その調子で旦那の気ぃ引いててよ。」
佐助はすかさず入り口の扉の前に立ち、見送りを始めた。二言三言挨拶と御礼を告げつつも、幸村が背を向けているのを横目で確認しながら何時でも出口から退避出来るよう身構えていた。
「またご帰宅するから〜。」
「はぁい。お早いご帰宅お待ちしていますね、ご主人様☆」
神経を張り詰めているのを客には悟らないように、とびっきりの笑顔でお見送りをする。
興味本位で来たはずの客も、佐助の人当たりのよい接客に、すっかり乗せられていた。
「cuteなご主人様は、好きな奴に義理立てして直視できないのか?」
「そ、そんな事はござらっ…あっ!」
政宗の質問に慌てふためいた幸村が振り上げた手がグラスにあたり、床へと落下するとガシャンと嫌な音が響いた。
「ったく!」
佐助はとっさに入り口手前にあるロッカーからモップとバケツを取り出して屈みながらスライディングをするように席へと走り出した。
「す、すまなんだ!」
慌てて破片を拾おうとする幸村を、テーブルの下から手を出して制止するジェスチャーをすると、政宗がその手が佐助だと察し、幸村の腕に自分の腕を絡めて掴む。
「STOP!危ないからそのまま動くな。片付けはうちのメイドがやるから…な?」
わざわざ少し屈んで幸村を見上げ顔を覗き込んできた政宗に、幸村は顔を真っ赤にさせた。
「わ、わかり申した…ので、う、腕を放してくだされぇ!」
「本来メイドには触れられないんだから少しは喜べよ。」
幸村を引き止めている隙に佐助は息を殺して黙々と硝子の破片をバケツに移し、モップで紅茶を拭き取る。
「ごめんね、騒がせた上にグラス割っちゃって。」
ちょうど幸村の向かいに座った友達らしき男が大柄なお陰で、佐助は幸村から死角で片付けが出来た。
「大丈夫、悪いけどちょっと立ち上がってもらえる?」
幸村に聞こえないよう小声で伝えると、友達らしき男も小声で「はいよっ」と応えて椅子から立ち上がった。
これで幸村の視界が塞がれたのを確認し、バケツを顔の前で持ちながら後ろへ後退りした。
「あ、片付け頂きありがとうございまする!」
幸村に声をかけられ一瞬ビクッとしたが、怯まないように後ろ手で入り口を探り当て退出した。
「あっぶなかったぁ〜!寿命十年は縮んだかも…。」
硝子の破片がガシャガシャ鳴るバケツを抱えながら、佐助は裏庭のゴミ捨て場まで駆け出した。
「お騒がせ致して申し訳ござらぬ!」
「や、俺がからかったから悪かったんだ。すまなかった。」
「そんな…頭を上げて下され。」
「あれ?もしかして幸村…恋の花、咲いちゃった?」
「な、何を申す!此方の御仁に失礼ではないかっ!」
「えー?恋に男も女も関係ないって…俺、今さっき気付いちまったよ。」
「そ、それは誠か?慶次殿!」
「ああ、俺の恋の花、咲いちまった……。」
ゴミ捨て場への往復で、歩く店の広告塔となっていた佐助は、更なる波乱が生まれたのを未だ知らずにいた。