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□難攻不落
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桜の季節も終わりを迎え、むせかえる程の新緑の香りが周辺を取りまく頃、甲斐の城へ呼び寄せられる忍の姿があった。


『お呼びですかお館様。』

『うむ、呼び出したのは他でもない。』

『どうせ旦那絡みの良からぬ企みじゃないんですか?』

『…まあな。幸村は相変わらず女子が苦手か?』

『見ての通りですよ。浅井や前田の夫婦が連れ立って戦場に来ただけで破廉恥破廉恥やかましいし、そろそろ嫁でもなんて話が出ただけですっごい憤慨してるし…。』

『そうか…』

顎をひと撫でしながら何やら思案する信玄の姿に、佐助は嫌な予感しかしなかった。

幸村絡みの話題で信玄がこの仕草を見せる時は大抵が佐助にとって無茶振りをするのが最近のパターンだ。

『ところで佐助、先日偵察に行かせた大谷の件だが…』

『あー、竹姫様ですか?腹の底が読めない親の割には至極真っ当な箱入りのお姫さんって感じでしたね。城内での評判も悪くない。』

『うむ、………実はな、先方より幸村の正室にどうかと話が来ていてな。』

『まぁ、悪い話ではないんじゃないですか?真田に豊臣との繋がりはあって邪魔にはならないし。』

『確かに。しかし…あれが…のう?』

『まぁ…まだ嫁取りよりは独眼竜の旦那と刃交えるのに夢中って感じですからね。』

幸村は近頃出逢った宿命の好敵手である奥州の独眼竜に或る意味夢中だ。

お館様の為だけに槍を奮っていた幸村に、初めて自身の私的な感情で刃を交えたいと思わせた男。

思い込んだら一本気な幸村の心を信玄以外の者が捉えるのを佐助は危惧していた。

『真田の旦那には少し戦以外の事にも目を向けてもらわないといけないし、良い機会だからお館様からバシッと命じてくれませんかね?』

『そうじゃのう…佐助、お主にもちと手伝うてもらうぞ。』

『他ならぬ真田の旦那の為ならば一肌でも二肌でも脱いじゃいますよ?なーんてね。』

『それでは佐助!今宵より幸村に伽の作法を教えて参れ!』




『え?……今、何て言いましたかお館さ…『幸村に女人を前にしても恥じぬ振る舞いが出来るよう指南せよ!』

『う、嘘だろぉぉ?』


悲痛な叫びが甲斐の山々に響きわたるのを合図にしたかのように、今まさに、佐助にとって長く厳しく難攻不落な戦いの火蓋が切って落とされた。
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