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□苦くて甘い人
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「その……某、幼き頃より武道を極めようと修行に励んでおり、鍛錬に殆どの時間を費やしておりました」

玄関先に男二人で腰掛けると、真田と名乗った男はゆっくりと語り出す。

「へぇ〜、それじゃ結構強かったんじゃない?」

「中学までは全国で敵はおりませんでした。が、漸く好敵手と呼べる者と出会い、某は初めて負ける悔しさと強い者と戦う高揚感を知りました。」

「いいねぇ、青春してたんだぁ」

「その者に相応しき武人であろうとより一層鍛錬に励み、大学最期の試合で漸くその者と五分になりました。」

「ふんふん、じゃあさ、大学ではサークルとか合コンとか行く暇は……」

真田の顔がすぅっと赤らみ、先程までの饒舌さは形を潜め俯いて小声で呟く。

「何度か先輩の頼みで断れずに参加した事はあったのだが………女子の何を考えておるのか読めぬ言動がどうにも苦手で……」

「そりゃ旦那みたいな男前が参加してたら女の子達は色めき立つって」

「何が趣味だ休みはどこに出かけるのだ聞かれても、武道一本だった某には今時の若者らしい趣味も暇もなく、おまけに女子と面と向かって話すと緊張してしまって…」

「んー、そりゃ免疫なきゃしょうがないよなぁ」

「話すのも侭ならぬ自分が女子と付き合う事など出来るはずもなく、気がつけば社会に出るまで一度も其の様な機会がないままでして…」

「それで、武田の大将にウチを紹介されたっての?」

「ああ、お館様は某の通っている道場の館長であり、人生の師。思い切って相談した所『まずは習うより慣れろ!』と仰られて……」


「なーるほどねぇ。まあそれも一理あるけどさ、別に無理に慣れなくてもいいと思うけどね」

「なっ、何と?」

「だってさ、真田の旦那って……まだ誰かを好きになった事もないんじゃない?」

「そう言われてみれば………」

「好きな子がいて、でも童貞だってバレたら恥ずかしいし彼女に恥かきたくないから練習したいってなら玄人の子に習うのもアリだと思うよ?」

「う、うむ………しかし、其の様な相手は」

「いないならいないでいいんじゃない?恋なんてのはさ、無理に探すもんじゃないし」

「そう、なのか?」

「そうそう。好きだなーって思ったらストンっと心の中に堕ちてくっから。そう言う人と出会うまで無理しなくっても大丈夫だよ」

今まで散々仲間にからかわれ、堅物扱いされても自分を曲げられず、学校と言う狭い枠から社会に出た時、何故か漠然とした不安に苛まれていた。

女の子とまともに口も聞けず、好きだと言う感覚の沸かない自分はどこか異常なのではないかと……

「そんでイイ恋して、ちょっと刺激が欲しくなったり、まずないだろうけど振られて人肌寂しくなったりしたらウチを利用してよ」

今日出会ったばかりの男の言葉は、今まで背負っていた重荷を不思議なまでに軽くしてくれた。

「どう?ぶっちゃけてみたら少しは気ぃ楽になった?」

「ああ、胸のつかえがスッと取れたようだ」

「あんた生真面目そうだし気負い過ぎかもね?」

「そうかもしれぬな……」

「ま、今時天然記念物ものかもしんないけど……俺様は嫌いじゃないよ?」

「なっ!」

堅物の自分を頭ごなしに否定したりせず、ふんわりと人の良さそうな笑みを向ける男に、心臓が何時にない鼓動を打つ。

「さってと、駐禁切られるとヤバいから俺様そろそろおいとまするね?」

「そ、そうか………」

このまま帰らせてしまったら二度と会う事はないであろう男を、どうにか次も会う約束を取り付けられないか必死に思案する。

「武田の大将には俺様から上手く言っておくから」

紹介してくれたお館様にも自分にも恥をかかせぬ様配慮する気遣いも好感が持てる。

もっと、この男と話がしてみたい。

「それじゃ、お邪魔しましたー」


来た時と同じ様に颯爽と立ち上がり扉が閉められ、やんわりと此れ以上踏み込んではいけないんだと彼の纏う空気が諭した。


「猿飛…………殿」

終生の好敵手と決めた男とは又違った胸の高鳴りは、一向に治まる気配がなかった。
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