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□夏の恋はお疲れSummer
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「あん時の真田の顔、見物だったな。」

してやったりの政宗とは対照的に、佐助は自分の席に座ったまま、どんよりと深いため息をついている。

重苦しい空気の昼休みを終え、強張った表情のままな幸村は、放課後のチャイムと同時に佐助と眼も合わせずにさっさと部活へと席を立っていってしまった。

「俺は心苦しかったよ。あんな苦い顔して飯食べられたの初めてだし。」

多少味付けが上手くいかなくても、佐助の作った物に文句など言った事のない幸村が、修行僧のような沈黙で黙々と弁当を流し込んでいた。

「あんな態度の真田を見てまだ嫉妬してないって思うなら、アンタ鈍いの通り越して眼科に行った方がいいぜ?」

政宗の言う通り、小十郎と親密な雰囲気を匂わせた会話に幸村は少なからず動揺していた。

「ただ単に自分が知らないトコで友好関係が広がってたのが気に入らないとかかもしれないし……。」

それでもどこかで信じられない気持ちが勝り、佐助はつい逃げ道を探してしまう。

「んな、女子中学生じゃあるまいし、高校生の男がそんなのでヘソ曲げるとか相当アレだぞ?」

「そうかもしんないけどさ、真田の旦那って変なとこで子供っぽいとこあるだろ?」

確かに幼少から幸村は、自分がいない所で佐助が他の子どもと仲良くなるとむくれてしまい、癇癪を起こしていた。

今でこそ多少大人になったのもあり、政宗や他のクラスメイトと交流があっても文句は言わないが、子供時代の名残のような独占欲だとばかり思ってしまう。

「ここいらで、トドメの揺さぶりでもかけてみるか?」

「どうやって?」

「まあ任せておけって。」

政宗は、幸村に一泡吹かせたのが余程嬉しかったのか、上機嫌な様子でメールを打つ。

「よし、と。おい猿、今日も小十郎迎えに来るから待っておけよ?」

「え、また?つか片倉の旦那だってアンタの護衛があるんだから悪いよぉ。」

「大丈夫だ。今日はちゃんと後部座席の窓にスモーク貼らしておいたから、俺も真田の様子を見物してやるし。」

前回は後部座席の足元に身を隠していたせいで、幸村の様子を伺い知る事が出来なかった政宗は、しっかりと万全の用意をしていた。





「ったく、トドメの揺さぶりって何するんだか……」

一足先に裏門から抜け出して小十郎の車に乗り込みにいった政宗の指示通り、今回も絶妙に幸村の居る体育館から見える位置で車の到着を待つ。
すると休憩時間も計算に入れてあるのか、ぼちぼちと上級生が体育館の扉から顔を出し始めたタイミングで黒塗りの仰々しい外車が姿を現した。

「お、来た来た………あれ?」

てっきり側に横付けするのかと思いきや、少し手前で車は止まり、運転席から小十郎が降りて来て佐助は度肝を抜かれた。

「ちょ、か、片倉のだん……な?」

そこにはいつもの黒スーツとは真逆の白にうっすらとストライプの入ったスーツと、黒のシャツを第2ボタンまで外して大人の男の色香を振りまく小十郎が、深紅の薔薇の花束を肩に担いで佐助の方へと近づいてきた。

「待たせたな、猿飛。」

バサッと肩に担いでいた薔薇の花束を眼前に差し出され、佐助は反射的に受け取ってしまう。

「あの…………さ」

下校中の生徒が皆一様に視線を向けて来て居たたまれない佐助は、貰った花束で顔を隠しつつ小十郎に顔を近付け耳打ちをする。

「これも竜の旦那の作戦なの?」

「ああ、親密な雰囲気を真田に見せつけろとお達しが来た。」

「それで花束?」

「ベタだが遠目に見ても分かりやすいだろ?だとさ。」

「なるほどね。」

昨日の今日なだけあり、幸村がいる体育館の扉には休憩がてら野次馬のギャラリーでいっぱいだった。
勿論その中に幸村の姿もある。

「きっと向こうから見たら、俺がお前を熱烈に口説いてるようにでも見えるんじゃねえか?」

「マジで?」



そんな小十郎の読み通り、体育館の野次馬は2人の様子をあれやこれやと憶測を飛ばしていた。

「猿飛ってソッチの気あったっけ?」

「や、ベタだけどあんだけの男前に花束とか女なら余裕で堕ちるんじゃね?」

「なあ真田は…………あ、いや、何でもない。」

「如何された?」

話を振ろうとした先輩は、幸村から放たれる殺気にも似たオーラを察し、そそくさと退散する。

「おいおいおい、校庭の真ん中でくっつき過ぎじゃね?」

「つかもうデキてるって感じだな。」

それでも人と言うのはゴシップ好きなもので、幸村の殺気も気にせず口々に好き勝手な噂をたてる。




「そろそろ退散するか。教師が来ると後々厄介だからな。」

周囲のざわめきが広がり、校舎からも様子を伺う生徒が現れ、騒ぎになるのは時間の問題と見た小十郎は、動じず冷静に佐助に耳打ちする。

「ホント、迷惑かけてすまないね片倉の旦那。」

「何、政宗様の仰る通りにしているまでだ。」

年若い主へ寄せる絶対の信頼からか、公衆の面前での辱めに近い命令をもブレずにこなそうとする小十郎に、佐助は一途さとほんの少しだけ自分に似ているものを感じた。

「うわっ、え、っちょ、旦那?」

トドメは花束ではなくこちらだったと言わんばかりに、長い小十郎の腕が佐助の細い腰に回されると、グイッと引き寄せ見せつけるように車へとエスコートされた。

「猿飛、向こう見てみろ。」

「へ?」

身体を密着され、少なからず動揺している佐助が促された視線の先を見てみると、先日の怒りに満ちた表情とは一転、佐助ですら未だかつて見た事のない不敵な笑みを浮かべた幸村がいた。

「旦那………」

これが怒りに満ちていたり、哀し気な顔をしていたのならば、今すぐ駆け寄って誤解を解いてしまいたかったが、幸村の笑みの真意が読めない佐助はゾクリと背筋に悪寒を感じた。

「いっちょ前に雄の顔してやがるな。」

「俺様は、今の旦那が何考えてんだか分からないや……」

「そんなのは、自分で確かめてみろ。」

呆然と立ち尽くしてしまった佐助の腰を更に引き寄せた小十郎は、空いている手で助手席の扉を開けると、慣れた手つきでエスコートする。

シートに腰を下ろした佐助は、これ以上幸村の顔を見るのが怖くなり、校門を抜けるまで終始俯いていた。

「HA!アイツの本性にビビってんのか?」

スモークを窓ガラスに貼った後部座席から一部始終を見ていた政宗は、項垂れた佐助に茶々を入れる。

「本性って……真田の旦那は、知っての通り初で真っ直ぐな人だよ………でも、」

「でも?」

「何であんな顔してたのか、本当に分かんないんだよ!」

戸惑いを隠せない佐助は、元々色白な顔から更に血の気が引き、顔面蒼白になっている。

「それじゃあ聞くが、お前の知らない一面を真田が隠し持っていていたら、嫌いになるのか?」

「…………そんな、こと……ない、と思う……けど」

「何だ、随分と歯切れ悪いな。」

「もし、もしもだよ?俺様の気持ちなんてとっくに知ってて…旦那の気持ちを試そうとしてるのがバレてて嘲笑ったのかなって。」

「もしそうだとしたらどうする?」

「もう、側になんていられないよ………」

今にも倒れそうな悲壮感を漂わせた佐助は、振り絞るように想いを吐露する。

「ばーか、ピンチを楽しんでこそ華だろうが?」

「え?」

「バレてたとしたら寧ろ話が早くて済む。さっさと告るなり押し倒して自分のモノにするなりしろ。」

「や、だからぁ!好きだなんてバレてたら嫌われてるかもしんないだろ?」

「そうか?少なくとも嫌いな野郎が寝てるところを頭撫でたりしないっての。」

絶望の淵に立たされていたはずの佐助は、政宗の言葉で徐々に浮上していく。

「そっか、そうだよね………真田の旦那って優しいけど結構好き嫌いが顔にでるもんなぁ。」

「だろ?少なくともお前を毛嫌いしてたら俺らだって分かる。」

もし、想いがバレていても変わらず優しい態度ならば………淡い期待を抱いてしまっても良いのだろうか?

「覚悟決まったんなら、送ってやるからさっさと帰って真田を待ち構えておけ。」

「う、うん。頑張ってみる。」

「そんじゃ、まだ早いと思ってたけどコレ持ってけ。」

政宗が最初の日に渡してきた同じ袋を開けると、避妊具とチューブが入っていた。

「ま、ケダモノになったアイツが着けるか微妙だけど一応用意しとけ。あとそのチューブは医療用だから塗っておけば痛みも軽減されるらしいぞ?」

今まで自慰的な練習はしてみたが、相手を伴う現実的な行為に備える生々しさを突きつけられた佐助は、引き返すなり思い留まるならココが最後だと感じた。

「どうした?今更怖じ気ついたのか?」

男としての尊厳もかなぐり捨て、同じ男である幸村を受け入れる準備をしてでも欲している気持ちに嘘はない。

どうする?

引き返して、何もしないで一生後悔する位なら一度だけでも旦那が欲しい。


「サンキュ、竜の旦那。ありがたく……頂いておくよ。」

袋を受け取ったと同時に、佐助は引き返そうとする弱い意志の自分をそこで振り払った。
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