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□夏の恋はお疲れSummer
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『それで?妄想とは言え清廉潔白な真田を穢しちゃったーってメソメソ泣いてるのか?』
夜中に鳴った携帯で佐助からの電話に出たは良いが、電話口の向こうからは、佐助がしゃくり上げるように嗚咽を漏らすばかりで、途切れ途切れの証言を政宗が照合してみる。
「ん、だってさ、妄想ん中の旦那はすっげーエロい手で俺の事触ってたけど、実際は狸寝入りしてる俺様を労って頭なでたりすんだよ?」
普通の男子高校生なら、同じ男が寝ている所で頭なんて撫でたりしないぞ?と突っ込んでやりたいが、佐助の悲壮感漂う声にグッと堪える。
『穢したくないんなら真田の事は諦めるのか?』
「っ、それは………」
『真田が他の奴の頭撫でたり、それ以上の意味で触れたりすんの指くわえて我慢すんのか?』
「………………やだ」
『だろ?』
「でもさ、そんな我が儘……知られたら余計に嫌われちまうだろ?」
『ばぁーか!恋愛なんて我が儘だし欲望の集大成だろうが?今更何怖気付いてるんだよ!』
「そりゃ……そうだけど」
『こっちだって協力した以上覚悟決めてんだ!張本人が弱気でどうする?』
「そう、だよね………悪いね、何かショックでか過ぎて動揺しちまったみたい。」
『そりゃそうだろ。もし布団捲られてたらすっげー格好だったんだしな。』
「もう、そこは突っ込まないでくれよぉ。」
ようやく声に落ち着きを取り戻した佐助に、政宗も内心ホッとする。
『そうだ、明日の仕込みは出来てるのか?』
「あ、うん。片倉の旦那の野菜スゴいねー。みずみずしいし味も濃くって。」
『それじゃ、明日もせいぜい頑張るんだな?』
「ん、ありがとう、竜の旦那。」
自分の我が儘だけど、真田の旦那を独占したい。
そんな浅ましさも含めてこれが恋なら、泣き言なんて言ってる暇はないよな……。
改めて覚悟を決めた佐助は、泣いて浮腫んだ顔を見せまいと蒸しタオルを作りにキッチンへと向かった。
「だーんな、おっはよぉ〜!」
「おお、おはよう佐助。」
あれから蒸しタオルと保冷剤で交互にパッティングしたお陰か、目元に腫れは残らなかった。
朝一番に見せる顔はとびっきりの笑顔でいたい佐助の努力を知る由もない幸村は、顔を水で洗っただけでも朝から小憎らしいまでに見目麗しい笑顔を佐助に向けている。
「昨日遊びに来てくれたんだって?俺様寝ちゃってて全っ然気付かなくてごめんねー。」
「いや、大した用ではないので気にするな。あと、あまり無理はするなよ?宿題ならば夏休みに一緒にやればよいからな。」
「うん、ありがとう旦那。」
あー、こうやって誠実なトコがやっぱりカッコいいよなぁ。
こんな風にさりげなく一緒になーんて言われたら女の子だったら一発で堕ちるっての!
「どうした、佐助?」
「ううん、何でもない。」
やっぱり見ず知らずの誰かになんて渡したくない!
その為には、政宗が出した作戦を遂行しなくちゃね。
「ほい、今日のお昼ねー。」
「おお、かたじけない。」
何時もの様に佐助の手作り弁当を渡すと、仲良く机を向かい合わせて重箱のように大きな弁当箱を広げ、一緒に食べる。
「うむ、いつも美味いが今日はまた格段と美味い!」
「へへー、ありがと。ちょっと野菜多めになっちゃったけど大丈夫?」
「ああ、肉も美味いが、中に入っている人参やら牛蒡がまた……」
野菜を豚バラで巻いて照り焼きにしたおかずが特に気に入ったのか、美形が台無しになりそうな程口一杯に頬張りながら咀嚼する。
幸村の色々な表情が好きだが、特に自分の作ったものを食べて喜んでいる顔を見るだけで幸せになれる。
つい気を緩めてしまいそうな所で、斜め前で別のグループで昼食をとっている政宗がチラリと佐助にアイコンタクトを送る。
「良かったぁ、旦那に気に入ってもらえたら片倉さんも喜ぶよ。」
「何?」
小十郎の名前を出した途端、幸村の箸が動きを止める。
「今日の野菜、ぜーんぶ片倉さんが作ったんだって。スゴくない?」
「そ、そうか。そう言えば昨日は車に乗せてもらっておったようだが……」
少なからず動揺の色が隠せない幸村は、自ら地雷となりそうな話題を振って来る。
「えー、やだなぁ。真田の旦那ってばアレ見てたんだ。……だから外で待ち合わせようって言ったのになぁ。」
「待ち合わせ?」
佐助の恥じらいつつも思わせぶりな口調に、まだ事情を知らない慶次や元親は、一斉に政宗に視線を向ける。
「おいおい、佐助ってばいつの間に鞍替え?」
「つか政宗は知ってたのかよ?」
「まあな。」
ここでネタバラしをして万が一幸村が聞き取ってしまっては元も子もないので、政宗はどうとも取れる返事だけをする。
「ちょ、マジでー?」
慶次が動揺のあまり席を立ち上がったが、次の動きが読めている政宗は座ったまま慶次の腕を掴んで阻止する。
「離せよっ!」
「他人の色恋沙汰にあんまり首突っ込むなっての。」
あくまでも2人には聞こえないよう、慶次の耳元に囁くように忠告する。
「だって!そんな急に心変わりなんて何かあるんだろ?」
只事ではないのは流石に察したのか、慶次も荒ぶる気持ちを抑えつつ政宗に小声で反論する。
「お前は部外者だ。馬に蹴られて死にたくなけりゃ今すぐ席に戻れ。」
政宗の気迫に圧された慶次は、渋々席に腰をかける。
「まあ待てよ慶次。コイツが何も言わないって事は何かあるんだって察してやんな。」
大勢の舎弟に慕われ『アニキ』の名を欲しいがままにしている元親は、政宗が言葉少なげな裏を読み取っていた。
そんな外野を他所に、佐助は自分でも驚く程動揺を包み隠して幸村に思わせぶりな言動を演じてみせる。
「あれ?旦那、もう食べないの?」
「いや、今はそれよりも待ち合わせの事を聞かせろ!」
食欲魔人の幸村が、佐助の手作り弁当を後回しにするなど、普通ではあり得ない状況に周囲も緊迫した空気に包まれる。
「やだなぁ、あんまり野暮な事聞かないでくれよ。」
「野暮………だと?」
「そりゃ片倉さんは見た目がアレだから誤解されやすいけど、本当はすっごい優しいから旦那が心配するような事はないって。」
その口ぶりは、まるで自分だけがあの人の好い所を知っていると惚気ているように聞こえる。
「ず、随分と知らぬ間に親しくなったようだが……政宗殿はご存知なのか?」
「Ah?うちの小十郎が何だって?」
さも今しがた話が聞こえて来たかのように2人の側に近づいて来た政宗は、楽しそうに動揺する幸村の肩に手を置く。
「いや、片倉殿は其方の側近であるのに……」
「あいつにだってプライベートはあるんだから俺は干渉しねえよ。それに、猿だってお前のお守りより、小十郎みたいな男に頼りたくなったっておかしくないだろ?」
「ちょ、竜の旦那ってば!」
佐助はそれ以上言わせまいと止めるが、政宗の言葉に反論はしない。
「はいはい、もうこの話はおしまい!別に旦那が気にする事なんてなーんにもないんだからさ、ね?」
柔らかな口調の中に、さり気なく幸村は部外者だと切り捨てる佐助に、カッとなった幸村は、握り潰すような肩の痛みで我に返る。
「ん?どうした真田?」
痛みの正体は肩に置かれていた政宗の手で、スラリと長い指から想像もつかない握力で肩を握り込んでいる。
「いえ、何でもありませぬ。」
「うちの小十郎が丹誠込めて作った野菜、残すんじゃねーぞ?」
「承知致した………」
きっと悔しさや嫉妬が入り交じって味など感じないだろうが、佐助の料理を残す訳にはいかないと黙々と口に放り込んでは咀嚼を繰り返していた。