メイン
□夏の恋はお疲れSummer
6ページ/25ページ
政宗の急な提案に、佐助は駅前のロータリーを歩いていたにも関わらず大声で叫んでしまっていた。
「あ、あのさ……俺様ちょーっと幻聴がしたような気がすんだけど?」
『幻聴じゃねーよ。お前と小十郎が付き合うって事にしろって言ったんだ。』
「な、何でさ?大体そんな嘘、誰につくんだよ?」
『真田に決まってんだろ?』
「やだよっ!そこで旦那に軽蔑されても応援されても俺様大打撃だろ?」
自分の気持ちをぶつける前に別の男との恋を応援された日には、絶望で地球の裏までめり込んで凹んでしまいそうだ。
『アイツの反応次第で脈が有るかどうか分かるだろ?』
「そりゃそうだけどさ……ふりをするだけなら竜の旦那でもいいんじゃないの?」
『何だ、小十郎じゃ不満か?』
「そうじゃなくって!ただでさえアンタを巻き込んでて申し訳ないのに、片倉の旦那まで巻き込むのはどうかって思ったんだよ。」
『大丈夫だ。なあ小十郎?』
「はあ……政宗様がそう仰るのでしたら。」
『だとよ。大丈夫だ、俺にイイ考えがあるから、お前は上手く真田の前で演じろよ?』
「演じ………る?」
政宗からの突然の提案に動揺した佐助は、途中の帰路をどうやって歩いて来たのか記憶が朧げだった。
「もう………あんな作戦で上手くいくのかな?」
明日早速決行される作戦への不安で、その夜は訓練どころではなくなってしまった。
「おはよ、旦那。」
「おはよう佐助。どうだ、宿題は進んでおるのか?」
「うん、まあぼちぼち。夏休み前には片付けられるかな?」
いつものように幸村の為に作った弁当を渡し、二人並んで登校する。
時間に几帳面な幸村なので、ほぼ毎日時間通りに出発するタイミングを狙い、佐助の携帯が着信を知らせる。
「ちょっとごめんよ。」
「ん、電話か?」
メールだと画面をチラッと見て、急用以外は学校に着いてから返信し、幸村との登校中の会話を優先させる佐助が珍しく通話ボタンを押した。
「もしもーし、あー片倉さん?おはようございまーす。昨日はありがとうございました。へへ、えーそんなぁ……」
さも親しげに、嬉しそうに声を1トーン上げて会話をしてみせる。
電話口では、渋く落ち着いた声が微かに洩れ、その声は幸村にも覚えがあった。
「ん、うん、それじゃまた、楽しみにしてますねー。」
他愛も無い短い間の会話だったが、幸村の顔をチラリと横目で見るとあきらかに怪訝そうな顔をしている。
「片倉とは……政宗殿のボディガードをされているあの片倉殿か?」
「そうだよ?」
「何故、お前に直接電話をしてきたのだ?」
「えー、別にいいだろ?それよりさ、今日の二限英語だろ?旦那が今日当たる番だから、後で教えてあげるね?」
「あ、ああ………。」
「ちょ、ちょっと竜の旦那!すっごい!アンタの言った通りだったよ?」
「だろ?」
幸村が部活で先に教室を出るなり、佐助はスライディングせんばかりの勢いで政宗の机前に飛びついて来た。
「何かすっごい気になって聞きたそうにしてたし、その後もちょっと不機嫌そうだったよー。」
「そりゃ、相当脈があんじゃねーか?」
「あ、でもただ単に秘密っぽくされたの気に入らなかったのかもね。」
政宗が出した作戦その1は、登校時に電話を割り込ませ自分以外の男と楽しく会話をする姿を見せて反応を見る、だった。
「ちゃんと探り入れて来ただろ?」
「うん、何で片倉の旦那から直接電話が来たのかって聞いて来たよ。」
「よーし、いい感じだな。」
「真田の旦那が少しでも妬いてくれたんだったら………申し訳ないけど嬉しいや。」
妬いているどころか、今頃気になって気になって腑煮えくり返るのを堪えているのは確かだ。
「そうだ、今日はお前も一緒に小十郎の車に乗ってけ。」
何時もは一度帰宅し、私服に着替えてから政宗宅へ訪ねていたので、車に乗るのも直接家に向かうのも初めてだった。
「え、いいの?」
「ああ、それで更に駄目押ししとかないとな……。」
「あっちぃー、マジ外より暑いんじゃね?」
「おーい真田ぁー、休憩なんだからちゃんと休めよ?」
「ああ、あと20回やったら休む。」
茹だるような熱さの体育館の扉から僅かに入る風を求めて皆が群がる中、幸村は黙々と腕立て伏せを続けていた。
「おーおー、今日も伊達は車で送り迎えかぁ。涼しそうでいいよなぁ………あれ?何で猿飛が乗ってんだ?」
「何だと?」
そこで飛び出た佐助の名に、幸村は腕立ての手を止め扉の前へと駆け寄る。
「ほら、あのおっかないボディガードの隣り。あれどう見ても猿飛だろ?」
「佐助………」
黒塗りのいかにもな高級車を、ビシッと漆黒のスーツを着込み、革手袋が別の用途で着用されているような凄みのある小十郎が運転しているのはいつもの光景だが、普段空いている助手席に橙色の髪が他者と見間違えるはずのない佐助の姿があった。
「あれ?それに伊達が乗ってなくね?」
「あ、本当だ。いつもなら後ろでふんぞり返って座ってんのにな。」
異様な組み合わせに皆が興味津々であれやこれや言っている中、駆け寄って来たはずの幸村は微動だにしていなかった。
「なあ真田、佐助ってあの強面ボディガードと知り合いだったっけ?」
「さあ………」
幸村は一挙手一投足見逃すまいと車内の二人を鋭い視線で追っている。
その射抜かんばかりの気迫は周囲が悪寒すら感じる程で、誰もそれ以上茶々を入れられる余地などなかった。
「どうだ真田の様子は?」
「今にも噛み付かんばかりの勢いでこちらを睨みつけてます。」
「そ、そうかなぁ?確かにすっげー微動だにしないでガン見してるけど……。」
「だろうな。この眼で見なくてもどんなツラしてるか想像つくぜ?」
普段は助手席でふんぞり返っているはずの政宗は、死角になる足元で腕を胸の前で組んだまま仰向けに寝転がり身を潜めていた。
「もうすぐ校門を出ますのでちゃんとお座り下さい。」
「一応真田が飛び出して来るかもしんないからな、信号越えるまで用心しとくぞ。」
声色は変わらずクールだが、今の政宗の格好を見てしまうと、思わず吹き出しそうになる。
「んなポーズしといてドヤ顔で決めてんなよぉ!」
「うるせぇ!」
それでもまずまずの反応を幸村が見せた様子にご満悦な政宗は、不敵な笑みを浮かべつつ次の作戦を企てていた。
「何か巻き込んじゃって申し訳ないね、片倉の旦那。」
「いや、政宗様がお考えあっての事だからな。」
「いいなぁ、そうやって信じ合えるのって……羨ましいや。」
それに比べて、政宗の言う提案に乗って真田の旦那を試すような真似をしている自分は何と浅ましいのだろう。
もし、もしも万が一幸村が嫉妬してくれたのだとしたら……騙して申し訳ない気持ちと、自分に嫉妬されるだけの想いを抱いてくれるんだと言う甘酸っぱい幸福感が混沌となる。
「ま、今回の作戦でお前らの関係も必ず進展すっから心配すんなよ?」
「そうかな………そうだといいなぁ。」
「猿飛、政宗様がここまで仰ってるんだ。これ以上疑ったら……どうなるか覚悟は出来てるだろうな?」
「ひっ!わ、わかってるって!ここまで協力してもらってるんだ。必ず上手くいくよな?」
小十郎の凄みに思わず声を上擦らせてしまった佐助に、政宗は喉の奥で笑いを堪えていた。
「それじゃ、次の作戦はこんな感じでいいな?」
「ん、頑張ってみるよ。片倉の旦那も宜しく頼みますね?」
「ああ、精々真田の野郎を嫉妬に狂わせてやるさ。」
「アンタが言うと凄み有り過ぎて怖いっての!」
宿題も粗方片付き、今夜からは小十郎も作戦会議に加わる事になった。
「それじゃ、これを持って帰りな。」
そこには先程収穫したばかりの茄子に胡瓜、トマトやズッキーニなどの色とりどりの夏野菜が袋に詰められていた。
「うわー!マジでこれ片倉の旦那が育てたんだ?店で売ってるのより新鮮だし香りもいいねー!」
「お前は料理もするらしいからな、少しは眼も利くようで安心したぜ。」
「猿は毎日健気に真田の弁当こさえてるんだからな?」
「そりゃ……旦那が俺の飯が美味いって褒めてくれるの嬉しいし、つい張り切っちゃうって言うか……」
普通の男子高校生が同じ男がこさえた弁当を欲するだけでも異質だし、気があると思わないのも不思議な話だが、幸村を清廉潔白な好青年と盲信している佐助には見抜けないのかもしれない。
「こんなにイイ野菜を分けてもらえるなんて、それだけでも竜の旦那の作戦に乗ってよかったかも。」
「まあ、作戦が終わっても取りに来ればいつでも分けてやるぜ?」
「え、マジで?わー、どうしよ、俺様遠慮しないで取りに来ちゃうよ?」
「良かったな?小十郎の野菜は近隣のレストランも買い付けを希望する位ファンが多いんだぜ?」
きっと小十郎は、大切な主に一番美味しい野菜を口にして欲しい一心で栽培しているのだろう。
こんなに愛情に富んだ野菜を口にしていても、小十郎の想いに気付いていない政宗が佐助は不思議でならなかった。
「そんじゃ、大切に料理させてもらうね?」
「作戦も忘れるなよ?」
「勿論!」
「それと………」
「それと?」
「アノ訓練も怠るんじゃねーぞ?」
昨日はそれどころではなくてついサボってしまったが、改めて言われてしまうと照れくさくなる。
「わ、分かってるって!」
「嫉妬に狂って今夜にでも襲いに来るかもしんないからな?」
「んな訳ないない!」
ブンブンと茜色の髪を振り乱しながら首を横に振る佐助は、否定しつつも、もしもそんな事になったらと淡い期待が瞳にありありと表れていた。