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□夏の恋はお疲れSummer
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「これを以て、武田漢祭の閉幕を宣言するぅあああ!!」


終わった………


幸村の勇ましい閉幕宣言を聞くなり、佐助も肩の荷が降りたのかどっと脱力してしまう。

武田信玄の代行で後継者と名高い虎若子の真田幸村の総大将っぷりは、若いながらも気迫に満ち溢れ、全国の支部から集結した門下生達も納得させるだけの漢気で、祭の総大将を見事務めあげた。

「お前もよくやったな、佐助。」

「山本さんこそ……お館様の我侭に振り回されて大変でしたね」

「ま、それでも幸村が一段階飛び越して成長したって収穫があったからな、道場としては良しとするしかあるまい?」

「たとえお館様が仮病使ってまで代行させたとしても?」

「何だ、気付いていたか?」

「そりゃあ、ねぇ?あんだけピンピンしてて療養が必要って方が不自然でしょ?」

漢祭を幸村に託し、隠居していたかに見せた信玄は、それでも人知れず鍛錬を怠る事はなかった。

皆も薄々仮病ではないかと気付いてはいたが、信玄にも考えがあるのだろうと黙認していた。

「それでも皆が付いていくのが、お館様の器の大きさだよなぁ」

「勿論、幸村にもその器になる見込みがあってこそだぞ?」

「勿論。旦那は本当に頑張ったし、立派な総大将っぷりでしたからね」

「お、今日は随分と素直に惚気るんだな?」

「な!何言ってるんですか!別に全然惚気とかじゃないし……」

「そうか?幸村の名を口にする時のお前は蕩けそうな顔してるぞ?」

幼い頃から見知った勘助にまで言われてしまうと佐助は、自分が本当に分かりやすい位旦那を物欲しげな顔して見ていたのかと愕然としてしまう。

「其れ程想える相手がおるのは良い事だ。しけた顔なぞしないで胸を張れ!」

ちょっと凹んでしまい丸めた佐助の背を、大きく分厚い勘助の掌がバシッと叩いて伸ばす。

「はーい。あ、でも他の人には内緒でお願いしますよ?」

宴会の準備に呼ばれた佐助は、念のため勘助に釘を刺しておく。


「まさか、気付かれていないと思っておったのか?」

勘助の驚きの声は、宴会の指示出しに走り回り始めた佐助には届かなかった。







「それでは、お館様の回復と武田道場の益々の発展を祈願し……これより無礼講とするぅああああ」

幸村の暑苦しい口上に、大広間に集結した門下生からは地鳴りに近い歓声が沸き、一斉に杯が交わされた。


「佐助ービール追加ぁ」

「はいはーい」

「こちらの氷が足りないぞ」

「はいはいはーい」


宴会でも佐助は裏方として人一倍クルクルとあちこちのテーブルのご用聞きをして周る。


「ほれ、酌でもしないか」

「はいはい、今日はお疲れ様でしたー」


声をかけられた先で愛想良く酌をすれば、こちらもと次々と指名が入る。

「もー、俺様売れっ子なんだから順番だってのぉ」

そんな風に茶化して場の空気を和ませる中、ただ一人だけ険しい顔で射抜く様な厳しい視線を佐助に送る。


「おい佐助、もっと色っぽく酌をしろっての!」

「やだなぁ、俺様にお色気とか求められても困るんですけどぉ〜」


そうは言いながらもわざと裏声で身体をくねらせて笑いを取るサービス精神を見せたところで、力強い手に両肩を掴まれてしまう。

「あ、え……っと、旦那?」

熱い掌の感触と背後に感じる気配だけで誰か分かった佐助は、もしやまた妬いてしまったのではないかと恐る恐る背後を振り返ると、予想に反して爽やかな笑顔の幸村と顔を見合わせる。

「お前も少しは休め。まだ一口も食べておらぬではないか」

「あー、でもほら俺様今回は裏方だし、ね?」

「何を言う。佐助が居らなければ俺は途中で心折れておった。此の度の祭りの成功はひとえにお前の活躍ありきなのだぞ?」

「旦那………」

「そうじゃの。佐助の内助の功あってこその総大将であったな」

「ははっ!その通りでありまするお館様ぁあああああ」

「内助の功って………」

「あながち間違っておらぬであろう?ん?」

信玄が含みをもった笑みを佐助に向けると、周囲からは同意の野次が飛ぶ。


「そうそう!若い総大将を献身的に支えるなんざそこいらの娘じゃできないもんな」

「もう早く嫁いじまえよ!」

「つかもう真田の嫁じゃないのか?」

「は、はぁああ?何なんだよみんな一斉に!!」


口笛も高らかに飛び交い、皆が笑顔で二人に祝福の言葉を放つ。

「よし、幸村ぁあ!祝言の予行練習じゃ!儂からの盃を受け取るがよい!」

「ははぁ!この幸村、しかと受け取りますぅあああああ」

信玄の手にした朱の漆が塗られた大盃に並々と酒が注がれると、佐助が制止する間もなく幸村は盃を受け取り一気に飲み干した。

「あーもう!お酒は二十歳になってからだろぉ?」

今までは漢祭に参加しても宴会では未成年だからと酒は勧められなかった幸村は、初めて口にする酒を水の如く喉に通していた。

「これは酒ではない!お館様からの心意気でござるぁあ!」

「アルコールには変わりないから!」

ケロッとしている幸村に気を良くした大人衆は、ご祝儀の予行だの何だの理由をつけて更に盃へ酒を注ぐ。

「もーー!ぶっ倒れても知らないからな!」

すっかり酒の肴にされた幸村の一気飲みは、一升近くを胃に収めたところでピタリと動きが止まった。

「だ、旦那?ちょっと、大丈夫かよ!」

急性アルコール中毒ではないかと一瞬肝を冷やしたが、佐助の方へと振り向くなり正面から痩躯を抱き締めた。

「だ、だ、旦那ぁ?」

歓声と野次が一層高まり、佐助もこの場をどう誤摩化すか内心狼狽えていると、幸村は満面の笑みを浮かべ吐息のかかる距離まで顔を近付けてくる。

「佐助、皆が祝福しておるぞ?その声に応えなければなるまい?」

「はい?応えるって……」

まさか公衆の面前で告白?それとも飛び越えてこのままキス?

自らの心臓が早鐘のように脈打つ音が煩くて、周囲の野次が次第に遠くなっていく。

「うぉぉおおおおおお!」

「ちょ!何してんだよっ?」

一瞬抱き締めている腕を緩めたかと思えば、背中に回した手はそのままにもう片方の手を佐助の膝裏に回すと一気に持ち上げ、所謂お姫様抱っこの体制をとった。

「皆の暖かき声援、ありがたき幸せでござる!」

ドッと歓声が沸くと、幸村はスッと息を吸い呼吸を整える。

「皆々様の支えがあり、この幸村、男をあげるべく総大将の任を全うする事が出来申した。そして、この任を乗り越えた暁に此処に居る佐助へ伝えねばならぬ事がございまする。どうか皆々様にも聞き届けて頂きとうございますれば…」


「お、ついに言っちゃう?」

「ここに居る全員が見届けてんだから頑張れよー」


門下生の視線は、幸村と抱っこされたままの佐助に集中する。

おいおいおい、よりによって皆に見られながら告白とか予想してなかったんだけどぉ?

佐助は幸村に抱っこされている緊張と、皆に視られている羞恥心から頬を紅潮させ目尻にはうっすらと涙を滲ませてしまう。

「佐助ぇ!」

「は、はいぃ!」

緊張した佐助は、思わず返す声が裏返ってしまう。

「随分と長きに渡り待たせてしまったな…」

「や、そんな………」

「お前にずっと伝えねばならぬ事がある……」

「な、何……かな?」

そんなの分かってる癖に!と自らにツッコミを入れたかったが、この体制で茶化す余裕などなかった。

周囲も幸村の次の言葉を固唾を呑んで見守るが、何故か急に言葉が途絶える。


「緊張してるのか?」

「男ならさっさと言っちまえよ?」


次第に入る野次にも身じろぎ一つせず黙り込んでしまった幸村に、佐助も不安になり顔を少し近付ける。

「旦那?ねぇ……………………え?」

「どうした佐助?」

「目ぇ開けたまま………寝てるんだけど」

その瞬間、屈強な猛者達が一斉に脱力すると言う貴重な光景が広がった。


「マジかよ?」

「ここに来て寝落ちとは…ある意味大物だな」

「っつーか落ちても佐助は抱っこしたままなのは流石だ…」

「旦那!ちょっと起きてよ!ったく!」


直立不動のまま寝入ってしまった幸村の腕からスルリと身体をすり抜け出た佐助がその場に着地すると、バランスを失った幸村の身体はバッタリと仰向けに倒れ込んでしまった。

「ね、これ中毒の症状とかじゃない?」

アルコール中毒の症状に昏睡があるので再び緊張がよぎるが、医師の門下生が倒れたままのの幸村に近付き脈や瞳孔を調べる。


「……見事なまでにただの寝落ちだから心配は無用だ」


見開かれたままの瞼をそっと閉じさせると、幸村は穏やかな顔ですうすうと寝息を立て始めた。


「緊張の糸が切れちまったんじゃないか?」


幸村には二つの重責があった。
一つは総大将としての任。
もう一つは、任を全うした上で漸く告げようとしていた想い。
そしてその先にあるであろう新たな関係…

告白は先延ばしになり少し残念ではあったが、公衆の面前で二人の関係が露呈しまう事態は避けられたのに安堵した佐助は、幸村を起こさないよう肩に担ぎあげた。

「あー、意識ないと重っ!」

そう言いながら佐助も武田道場の門下生らしく、大の男一人は担げるだけの体力はあった。

「お館様、真田の旦那客間に寝かせていいですか?」

「いや、ここでは落ち着かぬだろう。今宵はそのまま連れて帰ってゆっくり休ませろ」

「え?いいんですか、旦那抜きで……」

「宴会の総大将は儂に任せておけ!」

「了解。それじゃあ後は頼みましたよ?」

「お主も……幸村が目を覚ました暁には重大な任が待っておるし、下準備もあるのであろう?」

信玄が小声で佐助に耳打ちすると、少し冷静さを取り戻したはずの佐助の頬がみるみる紅潮していく。

「ちょ、お館様!何言ってんだよ!」

幸村を担いだまま抗議の声をあげた佐助は、そこまで見抜かれているのかと胃が痛くなる。

「照れるな照れるな。ほれ、さっさと愛の巣へ急げ?」

大広間を抜ける道すがらは、皆が左右に道を開けて祝福の野次を浴びながらの退席となった。

「ったく、みんなからかい過ぎだっての!」

道場から自宅まで十分ほどの道のりを、佐助は終始ブツブツ文句を言い通しだった。

それでも幸村の熱い身体が穏やかな寝息をたてているのを密着した身体から感じると、クタクタに疲れているはずの身体に欲望の兆しが沸いてきてしまう。

「もう………このまま一人で寝るとか無理なんだけど…」


しかし肝心の幸村はすっかり夢の中で、佐助は夏の蒸れた夜風に負けず劣らず火照った心と身体を持て余してしまった。
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