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□絶対領域
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慶次の件が無事解決し、憑き物が一つ落ちた佐助は首の痛みも忘れて何時もと変わらぬ笑顔で給仕する。
「はいはーい、アナタの小夢が参りましたよ〜」
遅番の慶次も、何時もと変わらぬ調子で店に出てきて笑顔をふりまく。
「もう、小夢はもっとしおらしく出て来れないのぉ?」
「ええ〜?だって前に大人しくしてたら風邪?って聞いてきたの天狐ちゃんだろぉ?」
「あれ?そうだったかなぁ?」
そんな二人のやり取りを楽しみにしている客達は、目尻を下げっぱなしにしていた。
「お疲れ様でしたぁ〜」
「猿、今日はラストいいから早く上がれ。」
厨房で小十郎の作ったホットサンドを夜食につまんでいた政宗が顔を出して佐助に声をかける。
「え、いいよぉ。明日俺様休みだからさ、ついでに支度しとかないと。」
「そろそろ駄犬にも仕込まないといけないからな、少しは譲ってやれよ?」
「あ、そっか。でも慶ちゃん一人で大丈夫?」
「一通り見てきたから大丈夫だって。後は片倉さんに教わりながらやってみるから、天狐ちゃんもたまには早く帰らなきゃ。」
「そぉ?そんじゃお言葉に甘えて〜。」
慶次の成長を妨げてしまわぬよう、との名目もあるが、政宗がそろそろ他のスタッフにも仕事を分散させるよう働きかけている意味は薄々感じていた。
店の雑務を全て独りでこなしていた佐助が抜けても大丈夫なように。
経営者として、1スタッフに任せっぱなしな部分が多かったのを今更ながら少し悔いていた政宗の心遣いを無駄にせぬ様、佐助は敢えて普段通りの態度を崩さずにしつつ上がる事にした。
「さ、どこから手ぇつければいいんだい?」
「おい、お前は……アレで良かったのか?」
「何だい、盗み聞きなんて趣味が悪いよ?」
「随分と急な方向転換だから、何があるのかと思ってな。」
政宗は残り半分になったホットサンドを一口で頬張ると、慶次の眼前まで顔を近付ける。
「はは、政宗さん意外と睫毛長いんだねぇ。」
「茶化すな駄犬。変なトコでご主人様の真似してんじゃねぇよ。」
「やっぱり、アンタには誤魔化し利かないなぁ。」
ヘニャッと泣きそうな笑みを浮かべた慶次は、観念したのか口を割る。
「この前来た俺のダチ、覚えてるだろ?」
「ああ…あの喧しい駄犬の方か。」
「アイツ、ゆっきーはさ…お調子者で誰とでも浅く広く付き合える俺と違って、不器用に真っ直ぐで…でも一度受け入れたら最後まで面倒見るって感じでさ、俺にとっては…すっげー大事な親友なんだ。」
「それで、猿を諦めるって事は……分かっちまったのか?」
「今朝、ゆっきーが真っ青な顔して来てさ、『某はとんでもなく破廉恥な事をしてしまった!!』とか呻きだして。聞いたら幼なじみが天狐ちゃんと付き合ってると知って思わず噛み付いたなんて聞かされて…。」
「へぇ……」
「それで天狐ちゃんの首筋見てさ、全ての点が繋がった訳。」
「駄犬にしちゃ中々察しが良いんじゃないか?」
「もう、少しは誉めてくれよ。でさ、俺はゆっきーの話を聞いてた限りでも幼なじみと両想いだって分かってたから…。」
「まだ別に付き合っちゃいないんだから遠慮しなくても良かったんじゃねぇか?」
「好きな子と、大事な親友を哀しませて成り立つ恋なら、俺はいらないよ。」
「自己犠牲のかたまりだな?」
「いいや、単に臆病者なんだよ。どちらも失いたくないから手を出さない。でも、それで後悔はないよ?」
「本当にか?」
「ああ、付き合えない代わりに俺と天狐ちゃんは別れる事もない。だから…いいんだよ。」
こうやって幾つもの恋を諦めては傷付かない、傷付けない道を選んで来たのだろう。
本来なら敵前逃亡するような人間は嫌いな政宗も、慶次はどうしても憎めなかった。
「ま、これからアイツが店続けるようなら惚気聞かされんのは覚悟しとけよ?」
「どうだろね?ゆっきーはああ見えて結構独占欲強そうだからなぁ。」
「ま、せいぜい穴埋め出来るよう頑張れよ?」
「ああ、天狐ちゃん抜いて店のNo.1になってみせるからさ。」
無理くり作った慶次の笑顔が少し切なく見えた政宗は、高く通った鼻筋に軽くキスをお見舞いした。
「ちょっ!!な、何すんだよっ!!」
「ああ、やっぱり男なら何でも良いんじゃないんだな。」
「天狐ちゃんが特例だよ……。」
「無理に笑うな……今夜だけ、みっともない位泣いておけ。そしたらスッキリすんぞ?」
「やだなぁもう…折角格好良くキメたかったのに……っ」
堪えきれずに溢れ出る涙をそのままに、大きな体躯を震わせながら泣きはらす慶次を、政宗は黙って隣から見守った。
その頃佐助は、帰る道すがら登録された家電に電話をかけた。
「もしもし、夜分にすみませ…あ、旦那?」
『む、さ、佐助か?どうしたのだ?』
「遅くにごめんね。ちょっと話があってさ、でも電話じゃ何だから家に来てもらえるかな?」
『そうか…俺も話したいと思っていたところだ。』
「まだ外だからさ、後一時間位したら部屋に来て…それじゃ。」
有無を言わさずに電話を切った佐助は、足早に家へ帰宅するなり着ていた私服を脱ぎ捨てる。
「どれにすっかなぁ…」
クローゼットの中に吊された色とりどりの衣装とウィッグから、気に入っている深緑のメイド服と少しだけ地毛に近い茜色のツインテールのウィッグを選び、店から持ち帰ったメイク道具一式を机に置き、店で落としたばかりの素顔に化粧水を叩き込み始めた。