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□絶対領域
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「どうだ、少しは駄犬なりにサマになってきたな。」
「ま、俺様の躾がいいからかな?」
慶次がデビューして二週間。漸く一通りの所作をマスターした慶次は、男の娘としては些か粗が目立つが、豪快なキャラが女性客を中心に受けている。
「いやぁ、人の数だけ萌はあるっつーけど本当だね。」
「まあな。みんな似たり寄ったりだとキャラ被りで客もどっち付かずになりやすい。ちょいちょいマニアックに太い客を掴むキャストってのも必要だな。」
経営者の目で慶次から次の展開を視野に入れる政宗は、珍しく衣装に着替えているが、全くもって何時もと変わらない調子だ。
「ちょいちょい個性を出すのは大事だけどさ、竜の旦那はも少しキャラ作った方がいいんじゃない?」
「Ha!俺は媚を売らないのが売りだからいつもと一緒でいいんだよ。」
確かに、たまにしか店先に出ない政宗はレアキャラで、常連客の中では政宗に会えると良いことがあるとまことしやかに囁かれている。
「休憩入りま〜す!あ、天狐ちゃんに政宗さんお疲れ様です。」
「なんで竜の旦那はさん付けで俺はちゃんなの?」
「や、その方が可愛いから。」
サラリと息を吸うように言い放つ慶次は、今までもこの調子で女性を口説いて来たのかが垣間見える。
「コイツが可愛らしいのは店先に出た時だけだっつーの。」
「あ、店先では可愛いってのは認めてるんだ?」
「ああ、何重にも被った化けの皮のお陰だな?」
天の邪鬼な政宗は、そうも簡単には誉める事はなかった。
「あーーーっ!」
「どうした駄犬っ!」
「明日持ってく大学推薦の書類……学校に忘れて来た。」
「ちょ、何してんの?って言うかもしかして明日試験?」
「試験は大丈夫なんだけど、受験票がないとまずいかも…。」
「ったく、しょうがねーから今すぐ上がって取りに行けよ。」
「ありがとっ!」
半泣きの慶次がバタバタとロッカーを開けると同時に携帯がけたたましく鳴り響く。
「もしもーし。え、何でユッキーが?え、や、マジでー?」
「何だ?女からか?」
「さあ?」
随分と親しげに話しているのは呼び方から察するに彼女未満の女友達と言った感じだ。
佐助はモヤっとするかと思いきや、どこか腑に落ちている自分に内心驚く。
慶次は普通に女の子と恋愛してる方が似合うよなー。
何で俺様なんか気に入っちまったんだか…。
ぼんやり慶次の電話が終わるまで見守ると、そこで通話が終了した。
「ダチが店まで持って来てくれるってんで助かった〜!」
「つかお前、この仕事友達にバラしてんのか?」
「や、これから来てくれる奴一人だけ。流石にダチが興味本位で大勢押し掛けてきたら店に迷惑かけるからね。」
「ふぅ〜ん。で、その子は可愛い?」
「やだなぁ天狐ちゃん、もしかして妬いてくれた?」
「お馬鹿は休み休み言いな。」
「残念ながらそいつは男だよ。顔はまあ…ベビーフェイスだしモテるんだけど今時珍しい位純情で古風でさ、携帯すら持ってないからわざわざ公衆電話から連絡してくるんだよ?」
「へぇ〜」
何だ、まだまだ真田の 旦那みたいな子っているんだなぁ。
「わざわざ届けてくれるっつーからさ、一杯だけご馳走したいんだけどいいかな?」
「お前のバイト代から天引きで良ければな?」
「りょーかいっ!店抜け出さないで済んだんだから安いもんよ。」
確かに、慶次は後三時間はシフトが残っていたので、お茶一杯なら安いだろう。
「それじゃ、お友達が来たら慶次が案内してよ?」
「ああ、目一杯可愛く出迎えるよっ!」
誰彼構わず人懐っこいが意外と線引きがハッキリしている慶次が、このバイトをバラしても良いと見込んだ男は一体どんな子なんだろう?
佐助は勝手に幸村で変換してみつつ、店先に戻った。
「おかえりなさいませ、ご主人様☆」
「天狐ちゃ〜ん、今日も可愛いね☆」
「やぁ〜ん、褒めても何も出ないゾ?」
相変わらずの猫ならぬ狐被りな佐助が客とのやりとりをしていると、開いたままの扉の奥に人影が見えた。
次の客を他のキャストに案内させようとしたがそのまま中へ入る様子がない。
「それじゃあご案内しますね♪」
「あ、そう言えば…」
「んー?何かあったの?」
「ボクが入ろうとしたら扉の前に変な奴がいてね、何か学ランコスでブツブツ言ってて超キモス〜」
「えー?それじゃあ天狐が様子見てくるから心配しないで?」
本当は前の暴漢以来、扉の外に一人で出るのは身体が竦んでしまう。
慶次に頼みたいがタイミング悪く接客中で、扉を開けたままなら何かあっても大丈夫だろうとタカを括る。
「えっと…」
扉を開けてみると、入口脇にうずくまる人影が見えた。
「中、入られますかぁ?」
どんなにアヤシイ人も客の可能性があるので、決して接客態度は崩さないように声をかけてみる。
「す、すみませぬ…こちらに…前田慶次と言う者が勤めておりまするか?」
顔を上げずにボソボソと話してはいるが、見間違える訳がない。
何でここにいるんだよ?
喉元まで出かかった疑問符を飲み込み、背中に悪寒が走るほど汗が涌いてくるのをグッと堪える。
「どしたの天狐ちゃ…あ、ゆっきー!」
背後から覗きこんできた慶次が声をかければ、勢い良く顔を上げる。
「なっ!何とっ!慶次殿…でござるか?」
友人の見慣れぬ姿に驚愕している彼は手前の天狐には目を合わさないようにしている。
そうだよね、男だって分かってても女の子が苦手だから戸惑うよね……
真田の旦那。
佐助は今まで生きて来た中で一番心拍数を上げながら、この場をどうやって切り抜けるかばかり考えていた。