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□絶対領域
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「それじゃあ気をつけて行ってらっしゃいませ☆雨が降ってきたみたいだし、お早いご帰宅お待ちしてますね♪」

いくらプライベートで落ち込んでいても、一歩店に入れば徹底的に『天狐』としてふるまう。

我ながら役者だな、と一人ごちる。

「あっ、しまった。」

見送りで店の外に出た客が鞄から折り畳み傘を取り出すと、口の開いた小銭入れが落ちてあちこちへと硬貨が散らばり落ちる。

「大丈夫ですか?」

サッと屈んで転がる硬貨を拾い集める。

「あ、あっちにも。」

階段横の細い通路はスタッフ用通路で立ち入り禁止の立て札が手前に置かれている。

「ごめんね天狐ちゃん。」

「いいんですよ、あっちのは私が拾ってきますね☆」
万が一スタッフが出てきて鉢合わせされても困るので、屈んで奥に転がった硬貨を拾うと、手元の視界が影で暗くなる。


「ん?」

次の瞬間、背後から首筋に生暖かく荒い吐息がかかり、腰に腕が回り強く引き寄せられる。

「ちょ、何すんだっ、よ!」

「ああぁ…やっぱり可愛いよぉ。俺、もうっ!」

屈んでいる体制から抑え込まれては、上手く払いのけられず、男は更にグリグリと腰を押し付けてきた。

散々政宗に文句を言っていた大きな尻尾が間に挟まり、直接お尻に当たらなかったのは幸いだった。

「やっ、まじで、やめろって!」

流石に素に戻り声を荒げるが、興奮した男の耳には届かないのか、太腿に手が伸び無遠慮にまさぐってきた。

「やだっ、やめ……っ」

怖い、やっぱり男に触られるなんて気持ち悪いっ!

どうにか中にいる政宗達に気付いてもらおうと大声をあげようとした時、ぶわっと凄まじい風圧を感じた。

「ふぇっ?」

風圧と共に背後にのしかかっていた男の気配も横へ吹き飛び、その方向を見てみると、だらしなくひっくり返ってのびている男の姿。

「大丈夫かい?」

声をかけられ振り返ってみると、逞しい四肢と風に揺れる茶色い長い髪が目に飛び込む。

「はい……。」

「おい、いつまで喋ってんだ…って、何だコレ。」

何時までも戻らない佐助の様子を見に来た政宗が見たものは、店の前で仰向けに倒れた男と、へたり込んでいる佐助、そして間には店ではまだ見かけた事のない長身で大柄な男だった。

「アンタ店の人かい?」

「ああ、そう言うアンタはご帰宅かい?」

「いや、ちょうど通りかかったら叫び声が聞こえたんだ。そしたらコイツがこの子にのしかかっててね。ちょいと横から払いのけたって訳。」

「本当か?」

「うん……この人が助けてくれたんだよ。」

「小十郎っ!」

キッチンから颯爽と飛び出して来た小十郎は、政宗が顎をしゃくった先を見て状況を把握し、即座に男の首根っこを掴んで裏口の脇へと引きずって行った。

「まさか…アイツ沈めちゃうの?」

あからさまにソノ筋にしか見えない小十郎を見て、大柄な男 は息をのむ。

「あ、ここの裏口の先に交番があるんだ…。」

まだへたり込んだまま佐助が誤解を解こうと説明する。

「ばぁーか、バラしてんじゃねぇよ。バックにソノ筋がいるって思わせておいた方が防犯になんだろ?」

「…あのさ、この店って用心棒はあの強面のお兄さんだけ?」

「まあな。」

「良ければ俺を雇わないかい?勿論ご要望があれば給仕もするし、腕っぷしならちょいとは自信あるよ?」

「ふぅん…」

ジロジロと男を見回した政宗は、フッと笑う。

「まあ、多少ゴツいがソウイウ需要も無くはないかもな。」

「って事は、採用でいいの?」

「アンタ、いつから店来られるんだ?」

「何なら今すぐで頼むよ!」

人懐っこい笑顔で答える男に、政宗が初仕事を命じる。

「悪いがコイツをロッカールームに運んでくれ。」

「はは…バレてた?」

へたり込んだまま動かない佐助は、初めての恐怖から腰が抜けていた。

「りょーかいっ。ちょいとごめんよ?」

また背後に気配を感じて一瞬ゾワッとしたが、あっと言う間に身体を反転され所謂お姫様抱っこをされていた。

「や、だ、大丈夫…だから。」

「遠慮なんてしなくていいよ。」

悪意の無さそうな笑みで言われては無碍に断るのも悪い気がしてしまい、佐助は大人しく運ばれる事にした。
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