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□若竹の如く伸び盛り
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「猿飛佐助、只今戻りました」

「うむ、ご苦労であった」

帰城した佐助は主である幸村の前に跪き、形式的ではあるがけじめとして神妙な面持ちで報告する。

「ちょーっと手間取られて帰城が延びたけど、その分収穫はあったぜ?」

本来はひと月の予定だった小田原での諜報は、佐助も一目置く風魔の目を欺くのに手間取り、慎重に動かざるを得ず期間が倍かかってしまった。

「そうか、流石は佐助だな」

「よせよ、これ位出来て当たり前なんだから」

二月振りに顔を合わせた幸村は、相変わらず清廉さと愛らしさの合わさった面持ちをしているが、佐助は何故かどことはなく違和感を感じていた。

「そうだ、佐助が留守の間に東の城下に新しい甘味屋が出来てな」

「東って事は米問屋の辺りかな?」

米問屋の跡取り息子が丁稚奉公先の京で菓子作りの魅力にハマり、才能を認められて京でも一、二を競う有名店で修行を積んで開業すべく上田に戻って来たのは佐助も耳にしていた。

「ああ、何でも実家の米粉で作った団子が評判を呼んでいるそうで早くも繁盛しているとか」

「へぇ、それなら俺様ひとっ走りして買ってこようか?」

「いや、せっかくならば城下の賑わいも自分の眼で見ておきたい。お前も一緒に来てくれぬか?」

「そう?それじゃあお供しますよ真田の旦那」


小田原からの戻りで忍装束のままな佐助は一旦忍小屋に戻り、小袖の身軽な服装に着替え東門で幸村と待ち合わせる事にした。


「おお、早いな佐助」

「そりゃ旦那を待たせる訳にはいかないから……あれ?」

「ん?どうした佐助?」

「や……」

着替えた佐助が先に東門で待ち構えているところに幸村が駆け寄って来た時、佐助が先程感じた違和感が漸く判明した。

「旦那……背ぇ伸びた?」

「うむ、そう言えば最近着物の丈が短くなったな」

つい二月前までは佐助の方が目線が上だったのに、並んでみると頭半分は目線が上がっていた。

「はぁ〜、旦那はまだまだ伸び盛りなんだねぇ」

「そうだな。だがお館様にはまだ遠く及ばぬ」

「いや……大将基準にしたらね?ほら、俺様完全に抜かれちまってるよ」

わざと背伸びをした佐助が上げた踵を下ろすと、改めて開いた身長差に幸村も驚きを見せる。

「ようやっと佐助を抜いたか………これで少しは認めてくれるか?」

「何を?」

「一人前の男としてだ……」

急に真面目な声色で問われた佐助は思わず息を飲んでしまう。

元服してからの幸村は、しきりに童扱いされるのを憤り、時折見せる大人の男のような一面に、佐助は未だ慣れずにいた。

「いやいやぁ〜背ぇばっか伸びても、中身が伴わなきゃ一人前とは言わないだろ?」

「な!俺ではまだ未熟と申すか?」

「まあねー、嫁取りから逃げ回ってる様じゃねぇ?」

「う、ぬぬぅ……」

佐助は幸村の痛い所をわざと突いて自分への矛先を逸らす。

「ま、焦ることないって。旦那は真っ直ぐな御方だし、今はお館様の為に邁進するのに精一杯でいいんじゃない?」

「佐助………」

こんな甘い事を言ってしまっては城の家臣達はやきもきするのは分かっている。が、一介の忍である佐助に主の嫁取りまで苦言を呈させる事こそ分を弁えていない言動だ。

だから佐助は適度に釘を刺しつつも幸村が自分の立場を重々自覚している時は逃げ道を残しておく。

「さってと、それより早く団子屋行かないと。人気があるのなら売り切れちまうかもよ?」

「そ、そうだな」

急かして城下に向かう道中、佐助は定位置である幸村の半歩後ろから悟られぬ程度に後ろ姿をじっと見つめてみる。

面立ちは相変わらず愛らしいのに、見上げなくてはいけない程背丈の差が出来てしまった幸村は、危うげな色香が増している。
これでは侍女や町娘達が放っておかないだろう。
いつか見初めた女子と契り、どこぞの国のご息女を正室に迎え入れれば立派な武士の仲間入り……

そこまで考え、ほんの少しだけ胸が燻るのを感じたが、佐助は気付かぬふりを決め込む。

こんなのは草が抱いちゃいけない感情だからと……。



「おお!あの店だぞ佐助っ!」

「へぇ…随分と繁盛しているみたいだね?」

評判の甘味屋は外まで行列が出来、一目で繁盛っぷりが垣間見える。

「俺様並んでくるからさ、旦那はどこか木陰で休んでてよ」

「いや、自分の目で確かめたいと申したであろう。行列に並び己が眼で見、周囲の様子を感じなければな」

「へぇ……随分と大人になっちまって」

ちょっと前ならば並んで待つにもソワソワと落ち着きなく、焦れた佐助がどこかで待っててくれと根を上げていたのに、自ら進んで並び周りを見る余裕すら出来ている。

「俺とていつまでも童のままではないぞ?」

「そりゃそうだ」

そろそろ童扱いも控えなくてはいけないな。と気を引き締めた佐助は、行列に並ぶ間幸村が飽きぬよう周りに聞かれても困らない世間話を振る。

「お、そろそろ買えそうだな」

漸く商品の陳列された棚近くまで列が届くと、素朴ながらも洗練された上生菓子や団子に饅頭が所狭しと並べられている。

「みたらしに餡に醤油もあるのかぁ。あ、豆大福も美味そうだなぁ。お持ち帰りにする?それとも店先で頂く?」

「そうだな、たまには外で食べるのも良いかもな」

「あれ?俺様のいれた茶じゃ物足りない?」

「そうではない!帰って早々に連れ出して疲れも取れてないお前に少しでも楽をして欲しくてだな……」

そこまで気を回せるようになっていたとは……一体この二月の間で幸村の身に何が起きたのかと勘ぐりたくなる。

「そうなんだ……いやぁ、旦那に労ってもらえちゃうなんて俺様大感激ー!ますます惚れ直しちゃいそう!」

「ほ、惚れ直すぅ??」

軽い冗談のつもりで言った一言を真に受け、幸村は耳まで真っ赤に染めて慌てふためく。

「ちょ、そこはサラッと聞き流してよ。そんな反応されるとこっちまで気恥ずかしいんですけど……」

「いや、安易に聞き流せる話ではないぞ?」

「あーもう!からかって悪かったって!」

「な!謀ったのか?」

どうにも反応がおかしくなってきてしまった幸村に、周囲が真田の上様だと気付き始め、これ以上注目の的にしてはならぬと佐助は順番が回って来たのを見計らい、全種類包んでもらうと幸村の腕を掴んでそそくさと店を出る事にした。

「な、店で食べていかぬのか?」

「このまま居たら一挙手一投足注目の的だっての!ひとまず撤退してお部屋でゆっくり食べてよ?」

とにかく人目を避けなくてはと、佐助は勝手知ったる裏道を小走りで抜け、人気のないお堀の河縁まで連れ出す。

「この辺まで来れば大丈夫かな……さ、ここから城まで裏道で行けるから今日の所は帰ろう?」

「しかし………それでは意味がない」

「俺様なら疲れてないし気にしないでいいからさ?

「そうではない!本当はお前と町を歩き、その……逢い引きをしたかっただけだ……」

「はいはい逢い引きねぇ…………え?」

手に持っていた大量の菓子を落してしまいそうになるのを寸でで堪えたが、佐助は動揺を隠せなかった。

「あのさ………誰から逢い引きなんて教わったんだよ?」

「何を言う?佐助が散々言っておったではないか!」

「あれぇ……そうだっけ?」


言われてみればそうだった。

『気になる娘さんはいないのかい?』

『居るんだったら逢い引きの手筈は整えてやるけど?』

『いきなりどこに連れていけばいいのか分からないんだったら甘味屋でもどう?甘い物で緊張解したら会話も弾むだろうし』

自分が何とはなしにからかい気味に言った戯言を真に受け実行したとは……でも、何の為に?

「佐助が申した通り、気になる者と甘味屋で逢い引きしてみたかった………」

「え?じゃあもしかして………」

「そうだ、おま…「もしかしてあの甘味屋で待ち合わせたの?やーごめん!って、相手の子まだ来てなかった?」」

一気に捲し立てた佐助は幸村の背後に回り、ポンと背中を一押しする。

「今すぐ戻らないと!城の者には俺様が上手く言っておくからさ?」

「な!何故そうなるんだ!」

「だって!気になる子がいたんだろ?それなのに俺様がお供に付いて来たから……邪魔しちまったんだろ?」

「っ………だから!」

焦れた幸村が背後に回った佐助の方を振り向くと、すっかり見下ろすようになった佐助の両肩を掴む。

「俺が誘ったのは佐助、お前であろうが!」

熱っぽい視線で見つめられ、肩を掴む手が緊張と興奮からかうっすらと汗ばんでいるのが伝わり、佐助は直視出来なくなり俯いてしまう。

「しかと顔を見せろっ!」

「やだよ………」

「なっ!何故だっ?」

「だって………急にいっぱしの男みたいな顔してる旦那なんて、俺様の知ってる旦那じゃないよ」

「佐助………それは、俺を男として認めると言う事か?」

「う…………ん」

「そうか………」

その声色が余りにも甘くて嬉しそうで、ふいに顔を上げた佐助は即座に後悔した。

「ちょ………旦那ぁ、何て顔してんだよ?」

「ん?俺の顔がどうかしたか?」

「どうしたもこうしたも………いや、何でもない」

「何でもなくはない口ぶりであろう?」

佐助が目にした幸村の顔は、明らかに好いた者を見つめる熱と内に欲を秘めていて、全てを語らずとも一目瞭然だった。

「いいからっ、早く甘味屋行かないと…」

「だからだな…………っ!」

まだ勘違いしているのかと幸村が咎めようとしたが、肩に置いていた手を上から握られ動きを止める。

「だからさ……もう一回甘味屋で、逢い引きしよう?」

「よ、良いのか?」

「旦那こそ…俺様が初めての逢い引き相手でいいの?」

「後にも先にも………お前としか行かぬ!」

そう断言した幸村は、ゆるゆると佐助の肩に置いた手を下げると、重ねられた佐助の手も滑り落ちたので、逃がすまいとしっかりと握りしめた。

「…………町中に出るまでだからね?」

「何故だ?」

真っ昼間から忍と手を繋いで逢い引きなど、噂が広まれば自分の立場も危うくなるなど分かっても良さそうだが、恋に濁る眼では世間の好奇の目など気にならないのだろう。

「真っ昼間からイチャイチャしてるの見られたら…………破廉恥だろ?」

「そ、そうか……そうだな」

「だから、甘味屋で逢い引きした帰り道は人気の無いとこ通るから……その時またね?」

そうやって甘やかしてしまうのは自分のいけない所だが、好意を一心にぶつけてくる幸村を前にしては、いつも以上に甘くなってしまう。

「しまった………それならば帰城しても良かったかもな」

「もう、せっかちだなぁ旦那は」

せっかく繋げた手を離すのが惜しいのか、幸村は気持ち歩幅を狭めて町中の大通りまでの道のりに時間をかけようとする様が可愛く、佐助も歩幅を合わせてみる事にした。




※桜様より頂いたお団子デートの幸佐ネタです。
二人の身長差ネタは舞台版位を想定して頂けたら幸い?です(^ω^)

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