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□苦くて甘い人
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「ん………?」

幸村は熱のせいか、体力には自信があるのに身体が鉛のように重い。
指先を動かすのすらままならなず、重い身体が布団に沈んでいきそうな感覚に襲われる。

『冷たくない?』

計り知れぬ恐怖心に見舞われそうになった時、熱を帯びた額と首筋、脇の下に冷たく心地よい感触と、何よりも心配そうに問い掛ける声が耳を甘くくすぐる。

ずっと聞いていたくなる声の主は、先程出て行ったはずなのに…これは随分と都合の良い夢だ。

「すまぬ………」

『ほんと、しょうがない子だね…』

咎める声もどこか甘く、幸村は軋む身体の痛みも意識が飛びそうな恐怖心も一気に吹き飛び、心が弾んだ。

現金なもので、心が弾むと重苦しかった身体まで軽くなり、横たわっている布団の柔らかも何時もの心地良さを取り戻した。





「う……………」

再び深い眠りに落ちていたのか、漸く目を開けた時には節々の痛みも大分和らいでいた。
上半身を起こしてみると、先程着ていたのとは別のスエットに着替えられ、脇の下に置かれていたのであろうタオルに包まれた保冷剤は熱を吸って温くなっていた。

「これは………一体?」

「お、目ぇ覚ました?」

「さっ!猿飛殿ぉ?」

起き出した気配に気付いたのか 、キッチンから顔を出したのは夢の中で幸村を浮上させてくれた声の主。

「さっき往診来てもらったけど、ただの風邪だって。インフルエンザじゃなくて良かったね」

「そ、そうでござったか……」

「お粥と林檎擦りおろしたの食べられるかな?」

食欲の有無を聞かれると、声で答えるより先に腹の音が豪快に鳴り空腹を訴える。

「はは、身体が先に教えてくれたね」

そんな冷やかしも甘く聞こえるのは、まだ熱に浮かされて都合良く解釈しているからだろうか?

「こたつまで起きれる?」

「ああ……」

まだ少し気怠い身体を起こし、ベッドの脇にあるこたつに移動すると、座椅子に腰をかけ背もたれ体重を乗せる。

「はいはいっ、まずはこれ飲んでね?」

佐助から手渡された湯のみに入っていたのは、何の変哲も無い白湯だった。

「いくらお粥でもいきなりは胃に負担かかるからさ、まずは白湯で身体の中暖めるといいよ?」

「そうか……それは知らなんだ」

佐助の細やかな気遣いに、白湯は幸村の胸の奥までじんわりと暖めてくれる。

「まだ熱が下がりかけだからさ、無理しないで口に出来るだけ食べて?」

「うむ、それでは…いただきます」

両手を合わせ合掌した幸村は、ほんわりと湯気を放つお粥を匙で掬い口に運んだ。

「ん、ん…………美味い!」

「って、ただの卵粥だよ?」

倒れた時の弱々しさは遥か彼方へ吹き飛んだのか、ひと口、またひと口と匙を運ぶ毎に幸村の顔に生気が戻っていくようだった。

「その食欲ならこれもイケるかな?」

冷蔵庫で冷やしておいた擦りおろした林檎は、時間の経過でやや茶色くなっているが、口にすると冷たく爽やかな甘みと酸味が口内に広がる。

「…ふぅ、ご馳走様でした」

「それじゃ、これも飲んでおいてね」

先程よりもやや温めにした白湯と薬をテキパキと手渡され、幸村は素直に飲み下す。

「世話をかけてしまい本 当にすみませんでした」

「あー、ホントにビックリしたよぉ。急にぶっ倒れるんだから」

「………返す言葉もございませぬ」

「あのさ………こうなってから言うんじゃ遅かったんだけど……もうウチの店に電話しない方がいいよ?」

「何故?」

「そりゃ……本気で女の子と遊ぶ気があるならいいけどさ、毎回怖じ気づいてキャンセル料払ってたら生活だってキツいだろ?風邪引いたのも…医者が言うには栄養不足だってんだから…食費切り詰めて無理してたんじゃないのかい?」

お仕事モードから離れた佐助は、いつの間にか碎けた口調に戻っている。

「 それは………ただ、あの日以来何を食べても味がしなかったので、つい食を疎かにしておりまして」

「あの日って………ああ」

佐助と初めて元親の店に行った時を指しているのだろう。

「猿飛殿に沸く感情は何なのか、己に問いましたが一向に答えが出ず。もう一度お顔を見て話せば答えが見つかるのではないかと思えど、仕事で知り合った者とは親しく出来ぬと言われた以上それは叶わず……」

「それで………あんな事してたの?」

「仕事であれば顔を見せて頂ける上にわずかでも言葉を交わせる。それだけで良かったのだが、我ながら………浅はかな知恵でした」

「それじゃあさ、俺様の顔見たくて、わざとキャンセルしてたの?」

「……………はい」


これは………ヤバい

ここまで一途に思われて………いつもだったら引いてるところなのに、嫌じゃないんだけど?


「それで、俺への答えは見つかった?」

「はい。出来れば…………もっと猿飛殿を知りとうございます」

曇りのない真っ直ぐな瞳は、芯に熱があるせいか少し潤んでいる。

「俺様の事なんて知っても、幻滅するだけだよ?」

「それは、知ってみなくては分かりませぬが、少なくとも幻滅など致しませぬ!」

そこまで言われて嬉しくない訳ない。
でも、駄目だ。
この子の手を取ったら、俺様は俺様じゃなくなってしまいそうで、正直怖い。

「じゃあ………やっぱり店に電話するの止めて?」

「ご迷惑なのは重々承知しております。ですが…………」

「携帯、貸して?」

「え?」

「俺様のアドレス、知りたくないの?」

「!!!よ、宜しいのか?」

「………この年になってトモダチになろうって改めて言うのも変だけどね?」

「友………達?」

「何だよ?俺様とダチじゃ不満?」

「いえ!是非猿飛殿とお友達にならせて頂きたく!」

「オッケー、それじゃ今度からはコッチに連絡しろよ、真田の旦那? 」

「猿飛殿………」

「あとさ、俺様下の名前の方が気に入ってるから佐助って呼んでよ?」

「さ、さ………佐助、殿?」

「おっし、よく出来ました!」

ワシャワシャッと少し汗ばんだ頭を撫でると、大きな犬のように目を閉じてされるがままになる。


あー、友達で良かったんだ。

これ以上の関係を望まれるかと内心ヒヤヒヤしたが、幸村は納得し満足気だった。

厄介事を引き受けてしまった感があるが、ほんの少しだけ残念な気がしなくもない自分の気持ちは、何重にも蓋をして封印してしまう事にした。
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