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□苦くて甘い人
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先に信玄のお気に入りの嬢をホテルに送り届けた佐助は、そのまま幸村の住むアパートまで向かうと、二回目のキャンセルでご機嫌斜めなマミが電柱に寄りかかりながら携帯をいじっていた。

「あー、さっちゃぁ〜ん遅いぃ〜」

「ごめんねぇ遅くなって。ちゃっちゃと集金してくるから車の中で待っててくれる?」

「あー、それならさぁ今日これで上がりだからそのまま帰っていい?友達が近くに居るから一緒に買い物したいんだよねぇ」

「そう?それじゃ店には俺が言っておくから」

「さっちゃんも変わった子に目ぇつけられちゃったみたいだけど、ヤラせるならちゃんとお代取りなよ?」

「なっ!や、あの人そう言うのじゃないから……」

「うっそぉ〜?だって完全に私スルーでさっちゃん呼んでくれの一点張りだったんだけど?」

「マジで……?」

「マジマジ!あれ?もしかして最初のキャンセルの時もう手ぇ出したとか?それでさっちゃんのテクで目覚めちゃったのかもよぉ〜?」

「いや、別に手ぇ出してないし……」

「大丈夫大丈夫!お店や他の子には内緒にしといてあげるから、ね?」

かつては彼女も佐助に言い寄って来た1人であったが、ゲイ設定を信じ込んでからは完全に女子校の友達ノリにシフトチェンジしている。

しかし中途半端に否定しても今ま で順調に作り上げてきた設定を崩しかねないので、佐助は強く否定は出来なかった。

「はは、タダ乗りされないよう気をつけるねー…なーんて」

これで明日は色々お店の子達にあれやこれやと詮索されるのかと思うと、佐助はますます気が重くなる。


「忠告通りにならないのを願うばかりだけど……」

あくまでも客の1人として扱うんだと肝に命じた佐助は、些か緊張しつつインターフォンを鳴らした。

『はい……』

『お待たせして申し訳ございません』

バタバタと騒々しい足音が玄関に近付くと、扉がガバッと開かれる。

「さ、猿飛殿…………」

嬉しさと悪戯を咎められないかと不安な瞳をした子供のような表情が入り交じった笑顔に、佐助は絆されぬよう口元を噛み締める。

「この度はお気に召して頂けず申し訳ございません。もし良ければチェンジでしたら無料で承りますが…」

意識して茶化した口調を封印した佐助は、スラスラと事務的に説明する。

「いえ、申し訳ござらぬが今日はキャンセルさせて下され」

「そうですか。それでは本日はキャンセル代5000円でお願いします」

「分かり申した……」

モソモソと財布から札を取り出すと、素直に佐助に手渡した。

「お客様にはご満足頂けず本当に申し訳ご ざいませんでした」

これでもかと馬鹿丁寧に頭を下げる佐助に、幸村は何か言いたそうな顔をしているが見てみぬふりを決め込んだ。

「それでは、またのご利用を心よりお待ちしております」

特に咎められそうな雰囲気でもなかったので、佐助はキャンセルした理由を聞いてやりたい気持ちを抑え、静かに扉を閉める。


「ふぅ………」

扉を閉めるのに顔を上げた時、一瞬だけ見てしまった幸村の何とも言えぬ表情は佐助の胸を締め付けた。

「なーんであんな捨てられた犬みたいな顔してんだか………」

これ以上深入りさせない為にも、毅然とした態度を見せたのが効いた のか、昨日の様な好意を前面に押し出す事はなかった。
どちらかと言えば急に冷たい態度を取られて傷ついてしまってるようにも見えたが……それならば二度と関わらなくなるのだから良しとしたい所なのに、佐助の胸には苦々しい罪悪感ばかりが広がった。









「おはよぉー」

「あ、さっちゃんおっはよぉ〜」

普段はめったに事務所に来ないマミが待ってましたとばかりの顔をして小介と共にソファに座りにやついている。

「今日もご指名入ってるけどどうするのぉ?」

「別に、飽きるまで待つしかないんじゃない?」

あれから幸村は三日と空けずに店に予約をしてきてはキャンセルをくり返し、その度に佐助が集金をしていた。

「本当に何もさせてないのぉ?」

「お馬鹿さん。この間はマミちゃん車に待たせたけど5分もかかってなかっただろ?」

「いやぁ〜さっちゃんなら5分で何とかしちゃったんじゃないかなーって」

楽しそうに茶化すマミは、最初こそ度重なるキャンセルでご立腹だったものの、佐助目当ての客と知ってからは興味が勝り、今では嬉々としてキャンセルされると知りつつ引き受けていた。

「マミさんがブラック認定したら出禁にするんですけどね」

「えー、でも別に迷惑かけて来ないしぃ、5分で5000円なら店も損失ないからいいんじゃない?」

確かに幸村はトラブルを起こす訳でもなく、ただただ予約してはキャンセルをし、佐助に支払いをするだけで害はなかった。

少しでも碎けた態度を見せたら付け入られそうで、佐助は仕事モードの姿勢を崩さずに接していたが、幸村も特に何も言わなかった。

こんな不毛なやりとりを、幸村は何の為にいつまで続ける気なのだろうか。

「今日は俺が行きましょうか?」

佐助を心配した小介が毎度交代を促すが、佐助も半ば意地になっていた。

「別に害はないし、俺様だってそこそこ力有るから襲われたりしないって」

いっその事、手 を出すなり何なりのリアクションがあれば出入り禁止にして関係も断てるのに……

佐助は溜め息を押し殺して今日も幸村のアパートへと車を回した。

「さっちゃーん、私これから飲みだからさ、迎えなしでいいよぉ?」

すっかりキャンセル慣れしたマミは、幸村の予約が入ると直帰で予定を入れるようになっていた。

「今日はキャンセルないかもよ?」

「マジその台詞聞き飽きたんだけど?」

「そぉ?」

それでも予約をしてきている以上可能性はゼロではない。
佐助の願いも空しく、今日もマミからキャンセルの連絡が入る。
最近では他に予約がない時は、佐助が車 で送り届けてすぐに回収出来るよう車内で待機していた。

「それじゃ、後はよろしくねぇ〜」

「りょーかい」

一介のサラリーマンであろう彼の財政事情は知らないが、底を尽きるのは時間の問題だ。
その時、幸村がどう動くのか……?

「この度はお気に召して頂けず申し訳ございません。もし良ければチェンジでしたら無料で承りますが…」

今日も取り繕ったビジネススマイルで詫びを入れる佐助は、扉の向こうに立つ幸村と目を合わせないようにしていたせいもあり、彼の変化を見逃していた。

返事が無いのでチラリと様子を伺うと、潤んだ瞳に頬を紅潮させ、額はうっすらと汗ばみ、浅い呼吸を繰り返す様はどう見ても盛りのつい た雄の体で、財布から札を取り出した手が差し出されたが、佐助の掌をすり抜け肩越しに背中へと回された。

「ちょ、何すんだよっ………」

佐助はそのまま強引に抱き寄せられるのかと抵抗しようとしたが、幸村は佐助の肩に頭を乗せたかと思うとそのまま寄りかかるように倒れこんできた。

「ちょっと、真田の旦那?」

肩に触れた額は布越しにも熱く、浅い吐息も熱を帯びていた。

「熱、あるんじゃないの?」

「そう、かもしれぬな………」

膝にも力が入らないのか、寄りかかる身体は重みを増し、成人男性としては普通の体格な佐助はその場に一緒に倒れ込まないように踏ん張るので精一杯だった。

「あーっ!もう!こんな体調で何してんだよっ!」

渾身の力を振り絞り、力の入らない幸村の腕を自分の肩へと回して腰を掴んだ佐助は、引きずりながら幸村を部屋の中へと連れていった。


幸村の部屋は1Kで、一人暮らしにしても物は最低限しか置かれてない質素な部屋だった。

「ここでいい?」

「うぅ…………」

口を開くのも辛いのか、返事すらろくに出来ない幸村をベッドに寝かすと、額に手をあて熱を見る。

「ったく……………」

幸村の熱っぽい額に置かれた掌がひんやりとして気持ち良かったが、すぐに離れてしまう。

「……………待ってくれ」

その声が聞こえたのか聞かなかったのか、佐助はそそくさとアパートの部屋から出て行ってしまった。

「とうとう………呆れられたか」

身体の節々という節々が悲鳴を上げ、指先を動かすのすら億劫な幸村は、瞳の奥の痛みに耐えかねて瞼を下ろした。
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