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□苦くて甘い人
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「それにしても……俺様と一体何話したいんだか」

妙な勢いに押されたとは言え、外で客とプライベートの待ち合わせなど初めてな佐助は、どうにも心が落ち着かなかった。

「お待たせしましたっ!」

待ち合わせ時間より余裕を持って到着していた佐助に幸村も時間前に到着したが、佐助の姿を見つけるなり飛びつきそうな勢いで駆け出して来た。

昨日は自宅だったのもあったからかラフなスエット上下で少しもっさりした格好だったのに、今日はダッフルコートに赤いマフラーとデニムにスニーカーと流行を追わないけれど堅実で爽やかな感じがよく似合っていた。

「ううん、そっちこそまだ早いんだから焦らなくても大丈夫だって」

「そ、そうであったな。猿飛殿の姿をお見かけしたらつい気が逸ってしまって……」

きっと何の気なしに言っているのだろうが、そんな言い方を女の子にしたら確実に好意と勘違いされそうだ。

「あ、真田の旦那は海鮮系好き?」

「はいっ!肉も魚も大好物です」

「よぉっし。そんじゃ俺様の馴染みの店が近いからそこでいいかな?」

「はい、お任せします」

ハキハキと素直な所も印象が良く、この態度を女性の前でも出来ていれば嫌でもモテるだろうから、きっと女性の前では萎縮してしまっているのだろう。

「猿飛殿、いかがされたか?」

「んーん、真田の旦那カッコいいなぁって」

「なっ!からかわないで下され…」

「いや、からかってなんかないって。俺様が女の子だったらさ、そんな爽やかな笑顔で来られたら一発でメロメロだなぁって思ってただけ」

「そ、そ、そんな……」

幸村はみるみる顔を紅潮させ、下を向いてしまった。

「別にそんなに照れなくてもいいって」

自分の発言でここまで動揺されると、何やら幼気な子にイケナイ事をしてしまったような気分になる。

「す、すみませぬ。猿飛殿に其の様に言われるとは思ってもいなかったので」

「そこはサラーッ と聞き流してよ。こっちも照れちゃうからさ?」

「は、はい……」

どうにも甘酸っぱい空気になってしまうのは、彼が持つ清廉さのせいだろうか?

自分の周りにはいなかったタイプの幸村に、佐助はどうも飄々と交わせずペースが狂う。

「あ、店こっちね」

「はい」

馴染みの店までの道のりが、どうにも遠く感じてしまい少しだけ大股で歩いてしまった。




「いらっしゃいやせー!!」
「らっしゃいやせー!!」

扉を開けると同時に店員達の野太く威勢の良い挨拶が出迎える。

「ちわっす」

「あ、猿飛の兄貴 !らっしゃい!」

「二人だけど空いてる?」

「喜んでー!!!」

兎に角威勢の良い店員がカウンターの奥へと案内する。そこは目の前のカウンターと横の壁が適度に死角になり、居心地の良い佐助の特等席だった。

「よぉ佐助。今日は見かけないツレじゃねぇか?」

「まあねー、今日は大事な話すんだからあんまり茶々入れるなよ?」

カウンターから顔を出した男は、透ける様な銀髪にガッシリとした体躯に黒いタンクトップと、左目には大きめの眼帯とかなり個性的な格好をしている。

「へぇ………そんな意味深な事言われたら茶々入れない訳ねぇだろ?」

「そぉ?アンタは その辺の空気は読めるって信じてるけど?」

軽口を叩き合えるのは仲の深さを意味するのだろうが、幸村はどうにも自分が蚊帳の外でほんの少し寂しさを感じてしまう。

「へいへい、でも取りあえず自己紹介くらいはいいだろ?俺は長宗我部元親。この店の店主で猿飛とは高校からの腐れ縁なんだ。宜しくな?」

人懐っこい笑顔で分厚く大きな手をカウンターから差し出す。

「初めまして、某は真田幸村と申します。猿飛殿とは昨日知り合いました若輩者ですが宜しくお願い致しまする」

椅子から立ち上がりハキハキと答えて元親の手をシッカリと力強く握手で返す。

「アンタ、魚は好きか ?」

「はい!」

「よぉーし、いい返事だ。今日はおまかせでいいか?」

「はい!お任せ致します」

「この店さ、女の子の店員いないしむさ苦しいだろうけど味は確かだから」

「んな事言ってるとお前だけ盛り少なくすんぞ?」

「別にぃ?俺様量より質だし」

「ほんっとお前は口が減らないなぁ。えっと真田だっけ?コイツの口車には乗っちゃあなんねぇぞ?」

「いえ、某は口下手なので見習わせて頂きます!」

「おい佐助!今時こんなに真面目な好青年いねぇぞ?あんまり変な事教えたら俺が承知しねぇからな!」

元親も若いながらも一国一城の主として店を切り盛りするだけあり、人を見る目はある。
その彼が初対面でお墨付きを出すのは稀だ。

「へぇへぇ、ちゃーんと心得ておきますって」

「至らぬ点はご指導ご鞭撻の程宜しくお願い致します」

どこまでも真っ直ぐな瞳で慕われては佐助も悪い気はしない。
ほんの少しでも疾しい気持ちがあるのでは?と疑ってしまった自分を心の中で恥じた。

「真田の旦那はイケる口かい?」

「酒は程々でしたら」

「そんじゃ最初はビールでいい?」

「はい、ビールでお願いします」

「はいよ!ナマ二丁!」

間髪入れずにカウンターから大ジョッキに並々と注がれたビールを渡される。

「そんじゃ、えーと…何に乾杯しよっか?」

「猿飛殿との出会いに乾杯しとうございますが…」

「え…………そ、そう?そんじゃそれで」

純粋に昨日の出会いを指しているはずなのに、どうにも口説かれているような錯覚に陥る。
自意識過剰ではあるが、なるべく動揺を悟られぬよう努めて平静を装う。

「ほいよ、本日のおすすめ海鮮盛り合わせお待ち!」

元親がタイミングよく料理を差し出したお陰もあり、新鮮な魚を会話のネタに出来た。

「ほぉ、此の様に新鮮な魚を食したのは初めてです!」

「元親はナリはあれだけど目利きは確かだからね」

少しぎこちない空気になりそうだったが、美味しい物は会話を弾ませた。

「そういや真田の旦那さ、俺様に何か相談したい事でもあったの?」

場が和んだところで佐助は本題に入った。昨日今日でお店の子をもう一度呼びたいと気変わりしたのならば店でも一番の子を紹介するつもりだが…

「先日の猿飛殿のお言葉に、某の不安や焦りがとても軽くなり申した。」

「そう?それなら良かったけど…」

「それと同時に何故か猿飛殿の事が頭から離れず、もう一度お顔を見て声が聞けたらと…」

「やだなぁ、そんなに俺様のアドバイスが心に沁みちゃったのかなぁ?」

これは………ヤバくない?

「そう、なんでしょうか?」

「ほら、今まで近い年頃の友達とかに相談ってした事ないんでしょ?」

「ええ」

「だからさ、親近感って言うか……アドバイザーになって欲しくなったんじゃない?」

いや、本人はもしかしたら無自覚なのかもしれない。

「どうしたら猿飛殿とお会い出来るのか一晩中思案してしまったのですが…いざお会いしたら自分でも何を話したら良いのか」

それって、もう一度だけで良いから俺様の顔が見たかったーって事?

「此の様に猿飛殿を前にすると、胸が弾む様な痛い様な…試合前の高揚感とはまた違った心地がします」

ちょいちょいちょい!天然ちゃんだとは思ってたけど……本当に素?

「そりゃ、きっと今まで関わった事のないタイプの人間だからじゃないかなー?ほら、俺様見ての通りのチャラ男だし?」

「自分を卑下するような事を仰られるな。猿飛殿の優しさはあの短い時間でも感じ入れましたぞ?」

空いていた佐助の左手を両手で包み込むように掴むと、幸村はキラキラとした瞳で佐助を真っ直ぐ見つめてくる。

「猿飛殿とは、もっと親しくなりたいのだが……迷惑だろうか?」

きっと目が泳いでいるのを悟られたのだろう。澄んだ瞳が不安で少し滲んでいる。

「や、えっと………その……」

「猿飛………殿?」

あー、そんな捨てられそうな目で見るなっての!子犬虐めてるみたいな気分になるじゃないか!

「俺様と仲良くしても君には何にもプラスにならないよ?あ、お店の子を紹介なら出来るけどー友達でも割引あんまり効かないんだ。ごめんねー?」

決してこんな答えが聞きたかった訳ではないのを重々承知の上でわざとチャラく言ってみた。

「割引など要りませぬ!……友となれるならば、それで十分です」

まずはお友達から?でもお友達にはそんな熱っぽく手を取ったりしないよ?
それとも、俺様が変に意識して本当は純粋にお友達になりたいとか?

「真田の旦那、その気持ちは嬉しいよ?でもさ、一度でもお客で来た方とは友達になっちゃいけないんだ。お店のルールでさ。ごめんね?こうやって個人的に会うのも今日だけね?」

「そ、そうでござったか…………」

あー今にも泣き出しそうな声出さないでよぉ!
でも、自分の中でこれ以上親しくなっちゃ駄目だって警鐘が鳴らされてるんだもん。
これは何回か色恋沙汰に巻き込まれそうになった時と同じ感覚だから……

佐助がどうにか冷たく突き放そうとしているが、幸村はまだ掴んだ手を離さずにいた。
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