メイン
□苦くて甘い人
3ページ/16ページ
「あ、武田の大将。今日はいかがしますか?」
最近ではウェブでの予約が増えているが、武田の大将こと常連客の武田信玄は堂々と案内所兼事務所に顔を出していた。
「もう、お電話くれれば直接お届けするのにモノ好きな御方だねぇ」
「用のついでじゃ。それに佐助には聞きたい事もあってのう」
「あ、もしかして真田の旦那の事?」
「然様、幸村の事なんじゃが………どうであったか?」
「あー、今回は見送りになったよ。大体さ、あの子大将の弟子だって聞いたけど、あんなに初な子をいきなし玄人相手にさせるなんて、ちょっと酷じゃないかい?」
「うむ、しかし彼奴は些か古風で頭が堅くてな。身体で覚えさせるのが一番の近道かと思ってのう」
佐助と呼ばれた男は女の子のシフト管理を一通り終わらせると、キーボードから手を離し少し軋む事務椅子をクルリと回転させ、側にあった電機ケトルのスイッチを入れてお茶の準備をする。
「初恋も未だの天然記念物くんみたいだし、まずは良い恋させるとこからじゃないんですか?」
「しかしな……そればかりは儂が導いて成せるものでもあるまい?」
「まあ、恋路は他人がどうこうするもんじゃないですからねぇ…」
無駄のない所作でお茶を煎れ、女の子達の控え室にある置き菓子とは別に常備してある干菓子を添えて差し出す。
「何じゃ、随分と幸村の肩を持つのう?もしや……お主が筆下ろししてやりたくなったのか?」
「お馬鹿さん」
「別に儂は偏見などないぞ?寧ろそれならお主もご指名の視野に……」
「あのねぇ……俺様一応ソッチの人って話にしてるけど、それは女の子達とトラブらないようにする為のフェイクですから?」
佐助は見目は今時の若者らしく涼しげでそれなりに整った顔をしてる上、普通の男よりも細やかな所に気が利くので自然と店の女の子が自分に気があるのではないかと勘違いしてしまっていた。
万遍なく優しく接していたつもりだが「私には特別に優しくしてる」と勘違いされ、本人そっちのけで女同士のいざこざが増えてしまい、佐助が考えた苦肉の策で「俺様実はバリバリのゲイネコだから抱いてあげられないんだぁゴメンネ☆」とついた嘘が呆気無く受け入れられ『だから気ぃ利くんだぁ』やら『道理で女の子の気持ちが分かるんだ』などと妙に納得され、全員が一斉に恋愛対象から除外した。
「女の子ってどうしてゲイに寛大なんだろうねぇ……俺様超ノンケなのにちっとも疑われないし!」
「それは………儂もノーマルな方が偽装だと思っておるぞ?」
「もうっ!大将までそんな事言うなよぉ〜」
実際男と付き合った事はないし、ご無沙汰ではあるが恋愛対象は基本的に女の子な佐助は、自分がゲイだと信じられる現状に複雑な想いを抱く。
「おっと、ちょっと失礼しますよ」
事務机の上に置かれた電話が鳴り、話を中断して応対に出る。
最近では電話での予約が減ってはいるが、アナログ派な年配客からは今でも電話が入る。
「はい、お待たせ致しました……」
『も、申し訳ござらぬ!少々お伺いしたいのだがそちらに猿飛殿は居りますでしょうか?』
「え、あ………さ、真田の旦那?」
信玄が口に含んでいたお茶を吹き出しそうになるが、口元に人差し指を当てて静かに!とジェスチャーをする。
「あー、猿飛は自分ですけど?」
「おおっ!先日は大変お世話になり申した。」
「いえいえー、あれ?もしかしてお店の子呼ぶ気になりました?」
『そうではござらぬっ!よくよく思い出したのだが某先日の代金を払っていなかったので……』
「あー、いいっていいって。次回からはキャンセル料頂くけど今回は初めてだからサービスしときますよ」
地声がでかいのか、受話器から漏れる声に聞き耳を立てる信玄がいやらしい笑みを浮かべているが、狭い事務所内では避けようがない。
『いや、しかし……大変世話になった上に代金を払わぬのでは申し訳が立たぬのでな……いや、そうではござらぬ』
「そうじゃないって?」
『その…………代金を払うのは口実で、もう一度猿飛殿とお会いしたいのだが……迷惑だろうか?』
「………え?」
これはどう捉えたら良いのだろうか?
普通に考えたらド直球の口説き文句にも聞こえるが、相手は童貞の初恋も未だな初な青年。
まだ人生相談し足りないのではないかと前向きな考えに持っていこうとすると、側にあったメモ帳に信玄が何やら書き出す。
『幸村が儂以外を頼るのは初めてだ』
声にしないで口パクで『マジで?』と信玄に訪ねると
うんうんと首を縦に振る。
頼るとの信玄の言葉に疚しい疑いは一気に晴れた佐助は、初めて仕事に含まれていない約束を取り付けてしまう。
「それじゃ今夜20時以降なら出られるけど?」
幸村の最寄り駅から出やすいであろうターミナル駅を指定し、待ち合わせる事にした。
「佐助、すまぬが幸村を宜しく頼むぞ?」
信玄が大きく屈強な身体を折り頭を下げる。
「ちょ、そんな頭下げないで下さいよ。筆下ろし以外なら、少しはお力になりますから」
あくまでも太客の信玄からの紹介客だから……だけとは言い切れない妙な感情に、佐助はどうしたもんだかと内心そっと溜め息をついた。