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□苦くて甘い人
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そこのホテルは受付が無人なので、仕事で客が自宅ではなくホテルを希望した時に紹介する中に入っていた。

訳ありっぽいカップルや同性のカップルが出て来るとこを車の中で見かけたりはしたが……まさか自分が使う日が来るとは佐助は思ってもみなかった。

「佐助、ここは一体?」

「あー、後で教えてあげるから取りあえず中入ろう?」

ここで他の客や店の子に見つかりでもしたらシャレにならない。

佐助は写真パネルから適当に空いている部屋を選んでボタンを押すと、ロック解除された自動ドアの中へと急いだ。


「ふぅ、あんまり濡れないで済んで良かったね?」

「なぁ佐助……ここは宿なのか?」

扉を開けるなり部屋の大半を占める大きなダブルベッドに、幸村は面食らっている。

「うん、まあお泊まりも出来るし、二時間だけとか滞在も出来るんだけど……あのさ、本当にココが何だか知らない?」

不思議そうな顔をして首を縦に振る感じから、本当に知らなそうで佐助は軽く目眩を覚える。

まさか……いくら初とは言え知識位はあるだろうに。それとも周りも耳に入れない様にしていたのだろうか?

「ま、良い機会だから教えちゃうけど、ココは男と女がエッチな事するのに使うホテルなの。勿論ウチの店の子もお客様と使ったりするし」

「な!そ………そう、なのか?」

「最近はもっと設備が充実してるとこもあって、カラオケボックス代りに大人数でパーティに使ったりもあるけど、基本的には………ね?」

「は、破廉恥な空間なんだな………」

「そんなに恥ずかしがらなくっても大丈夫だって。今回は緊急事態だし、いつか女の子と来る時の練習だと思えばさ」

「い、いや……某は……」

成人過ぎてもホテルすら知らなかった幸村が、女の子を連れ込める日は来るのだろうか?

「ほら、スーツ脱いで乾かさないと。あ、ついでだから風呂入ってみる?」

タオルとバスローブをクローゼットから
取り出して幸村に渡すと、もう片方の手でハンガーを持ちスーツを渡してくれと手招く。

「すまぬな」

モソモソと上着を脱ぎ、ネクタイを外して白いワイシャツのボタンを外すと、あどけなさの残る顔に反して鍛え上げられた上半身が露になる。

「真田の旦那ってほんと着痩せするんだね?」

前に風邪でダウンした時に部屋着を着替えさせた時にも鍛え上げられた肉体を目の当たりにしていたが、同性として少し嫉妬してしまいそうになる。

「そうか?お館様に比べればまだまだ貧弱だがな」

「武田の大将と比べたらね?俺様だって別に貧弱って程じゃないけどさ、旦那と並ぶと情けないなぁ」

比べようと佐助は自分のシャツを少し捲って腕を並べて見せる。

「ふむ、佐助は随分と色が白いんだな…」

「旦那が健康的なだけだって。ここ何年かは夜中まで起きてる仕事だからさ、日に当たる時間短くなったからかな?」

比べようと並べていた腕がはずみで軽く触れると、幸村はスッと横へと腕を避けた。

「あ、ごめん冷たかった?」

「あ、や……その、そうではなくてな、佐助の腕が綺麗でビックリして」

しまった!

つい油断して過剰なスキンシップをしてしまったが、以前の様に意識されるようになっては佐助の努力が水の泡だ。

「やだなぁ旦那ってば、俺様口説いても何も出ないよぉ?」

「ばっ!馬鹿!口説いてなどおらぬわっ!!」

幸村は無意識だったのか。顔を真っ赤にして否定する様を見て佐助は安堵する。

「はいはい、そりゃ残念だねぇ」

もう少しだけからかうと、口説かないならさっさとズボン脱いで風呂入ってきな?と浴室へと背を押す。

「お!おお?随分と広いバスタブだな?」

「そりゃぁカップルで入るの前提だからねぇ〜」

「そう……か」

「一緒に入ってあげようか?」

「ひ、1人で大丈夫だ!」

からかわれているのは伝わっているのか、ちょっとむくれた顔をしながら浴室の扉が閉められた。

「さってと」

慌てて脱ぎ捨てたズボンと下着を拾い、ハンガーにかけてエアコンの吹き出しの風が当たる位置に吊るしておく。

「そんじゃ俺様も……」

デニムの裾が濡れて重く纏わりつく感触が気持ち悪く、1人になった隙に脱いで椅子の背もたれにかける。

着ていたパーカーやシャツもかなり濡れていたので、乾くのは期待していないがとりあえず脱いでハンガーにかけると、バスローブを羽織ってみる。
部屋には幸村が浴びるシャワーの音が微かに聞こえるだけで、疚しさはなくても居心地が悪い。

「あー、こういうシチュエーションって久々なんだけど……」

少しやんちゃだった学生時代は若さと勢いで何度かホテルも利用したりした。

ここ最近は仕事でのトラブルを避ける為にゲイと偽ったせいもあり、特定の彼女を作るのすら億劫になっていたが、だからと言って男に走るつもりは毛頭ない。

ないはず………

なのに、何で初めて利用した時以上に緊張してんの俺様っ!!



腕が触れて避けられた時、本当は少し寂しかったんじゃないか?



はずみでもう一回自分への気持ちが友情とは違うんだと自覚しないか、本当に期待しなかったか?



友達友達と言い聞かせていたのは、彼にではなく……自分自身にじゃないのか?



「いや、だけど別に旦那抱きたいとかないしなー」

肉欲とは違う、どうにもならない感情をどうやって押さえ込めばよいのか、佐助は広々としたベッドに転がり悶々とするばかりだった。
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