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□苦くて甘い人
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「お待たせ致した!」
「んーん、俺様もさっき着いたとこー」
普段は穏やかな住宅街の多い隣町の駅も、桜の季節だけは地元民以外の客で賑わっていた。
ここから更に隣の駅方面に伸びる川沿いの桜並木を歩けば屋台や川沿いの店があるが、敢て反対方向の住宅街方面に向かう上流は、屋台も店もないが花見をするには人込みが少なめで穴場らしい。
「あー、屋台があるんだったら向こう行く?」
「いや、向こうは賑わい過ぎて桜をじっくり見る余裕がなさそうだしな。それに佐助の弁当は店では買えないであろう?」
「そりゃそうだけどさ。あ、旦那もちゃんと一品作ってきた?」
「ああ!見た目は良くないが味は自信があるぞ!」
「へぇ、そりゃ楽しみだ」
自信たっぷりに胸を張る幸村を見れば会社帰りのスーツに薄手のコート姿に不似合いな大きめの風呂敷包みを手に持っていた。
「それ、会社に持っていったの?」
「ああ、ついでだから昼飯分も作って会社に持って行ったのだが、皆驚いていたぞ?」
それは幸村に弁当を作るような相手が出来たと勘違いされたからか、弁当の中身自体に驚かれたのか……
「佐助も随分と大荷物ではないか」
「俺様今日は非番だったからさ、朝から超張り切っちゃった〜」
佐助は手に持っていた大きな迷彩柄の保冷バッグを目線の高さまで持ち上げてみせる。
「ほう、それは楽しみだな」
「飲み物はそこのコンビニで調達して、一応デザートも用意してあるけど追加したけりゃ買ってく?」
「いや、佐助がそれだけ用意してあるのだから大丈夫であろう」
「そう?それなら全部綺麗に食べてもらわないとねー」
二人はコンビニでビールやサワー、お茶を買い足すと、まずは川沿いの桜を見上げながら漫ろ歩いた。
「へぇ、下流側はライトアップしてたけどこっちは街灯と月明かりだけなんだね」
「ああ、少ない灯りの方が桜自身が発光しているようで美しいな」
「あら、旦那ってば随分と粋だねぇ?」
「そうか?」
純で初で幼さがまだ残る幸村が時折見せる大人びた表情や言動に、佐助は胸がざわついてしまう。が、態度には微塵にも見せずに人当たりの良い笑みで返せるのは日頃の仕事での賜物だろう。
「綺麗だけど1人の夜道だったらちょっと怖いかもね?」
「それなら某が一緒に歩いておるから大丈夫であろう?」
「だから1人歩きの時だって」
「怖いのなら何時でも言えば一緒に歩くぞ?」
ああ、この人はどうして………
本人は友人への邪心のない厚意なのに、佐助はもどかしくなる。
「もう、そう言うのは可愛い女の子に言いなっての」
「な!破廉恥だぞ佐助ぇ!」
この反応が見たくてついつい女の子の話題を振ってしまう佐助は、いつの日か恋愛相談も受けるのかも知れないと思うと、どうにも鳩尾辺りが重苦しくなる。
いや、誰だって親しい友人に先を越されたら祝福と同時に寂しさを感じるはず。ただそれだけだ……
「お、この階段から降りるのだな?」
元親に教わった穴場スポットは上流の浅い川側にある遊歩道で、人がすれ違えるかどうかの狭い道を更に上流へ歩くと、一カ所だけ広々としたエリアがある。そこは地元民でも見落としがちな場所らしい。
「先客いるかと思ったら俺様達で貸し切りだね?」
「ああ、ゆっくりと花と飯が味わえるぞ?」
川縁から上を見上げると川を挟んだ左右から満開に咲き乱れる桜並木と都会の仄かな星空が視界に広がり、『凄いな佐助っ!』と、満面の笑みを浮かべる幸村に、佐助もつられて笑みを零す。
佐助自身は一見飄々として常に明るそうに見られがちだが、誰にでも一定の距離を置く。
そんな中でも比較的気の置けない仲間である悪友の元親にでさえ時折壁を作るが、懐の広い彼はそういう佐助を承知の上で付き合ってくれる。
幸村はそんな距離を置こうとする佐助に構わずズカズカと土足でテリトリーに入り込んで来ては悪気なく慕ってくれるが、不思議とそれが嫌と感じない。
しかも何の打算もなく笑っている事すらある自分に、佐助自身戸惑う時がある。
「うん、それじゃこの辺でいいかな?……あ、しまった!」
「ん?どうした?」
「レジャーシート置いてきちゃったわ。ちょっとコンビニ戻って買って来るから」
「別に地べたに座れば良いであろう?」
「俺様はいいけど旦那はスーツ汚れるよ?」
「そうだ、こうすれば良い!」
幸村は着ていたコートを脱ぐとその場に広げ、ドッカリと腰をかける。
「少し狭いが佐助も座れ!」
「ちょっと!何してんの?コート汚れちまうよ?」
「別に後で埃を払えば大丈夫だ!さあ、早く!」
ふた昔前の少女マンガに出て来そうな行動を平然とやってのける幸村に、佐助は渋々ながらも隣に腰を下ろす事にした。
肩を寄せる程の距離で男二人で並んで花見など…端から見ればゲイのカップル以外何者でもないだろうが、変に意識してしまう方がおかしいのかもしれない。
「花を愛でる前に腹ごしらえだな?」
「はいはい、」
急かす幸村を軽く制してバッグから風呂敷に包んだ三段重を出し、蓋を開けて二人の前に並べる。
「これは、全て佐助が作ったのか?」
「まぁね。普段は1人だしもっと簡単なモンしか作らないけど、折角の花見だからね」
一段目には煮しめや春の野菜をふんだんに入れた春巻きに出し巻き卵、二段目にはボリュームのある唐揚げや彩り良く野菜を入れたミートローフに鰆の桜海老衣のフライなどが所狭しと詰められている。
「はい、お箸と紙皿ね。あ、旦那のおにぎりも早く見せてよ?」
「う、うむ……」
少し躊躇しながら風呂敷を広げると、海苔を巻いてラップに包まれたソフトボール大のおにぎりが四つ鎮座している。
「はは、すっごいね!これどうやって握ったの?」
「ほ、本当は三角に握るつもりだったのだが…どうにも上手く出来ず中身もこぼれ出てしまってな、米を継ぎ足していったら此の様な大きさに……」
「いいっていいって。すっげぇ旦那っぽくって美味そうだよ?」
「そ、そうか?」
「食べきれなかったら一個お土産にもらっていい?」
「ああ!」
歴代の彼女が作ってきた可愛らしいお弁当よりも、無骨でド迫力な幸村のおにぎりは妙に佐助の心をくすぐる。
「うむ、んんっ!美味い!美味いぞ佐助ぇ!」
「へへ、ありがと。旦那のおにぎりも美味いよ?具が色々入ってて…あ、この辺おかかだ」
「そうか?梅干しとおかかと鮭も入れてあるからな」
幸村は目を輝かせながら一品一品に感嘆の声をあげながら頬張る。
が、意外にも自分の作ったおにぎりは進みが遅い。
「あれ?旦那おにぎりはいいの?」
「あ、いや………実はな、これと同じ大きさで昼に四個食べてな」
「うっそぉ?1人で?」
どうやら会社で驚かれたのは中身の方だったらしい。
「何でまたそんなに大量に?」
「……佐助には、出来る限り良い出来のものを食して欲しくてな。何度か握ってみて上手くいかなかったのは昼に回したのだ」
「俺様のため…?」
「い、いや、某のつまらぬ見栄でござるよ?」
嘘だ。
この人は、俺様なんかの為に一生懸命不慣れな料理にトライして、それも一番良いとこを食べさせたくて頑張ったんだ……
「ありがとうね……すっげぇ美味しかった」
「いや、こちらこそ美味い物をご馳走になった」
幸村が最後の唐揚げを大切そうに口にすると、お重はすっかり空になった。
「そ、そうだ!俺様デザートも用意してんだよね」
「ああ、楽しみだな」
いそいそとバッグから取り出そうとした矢先、佐助の手の甲にポツリと雫が落ちる。
「ん?」
空を見上げると月明かりは雲に覆われ、一斉に雨粒が二人に降りかかった。
「ありゃー雨なんて予報で言ってなかったのにねぇ」
慌ててお重をバッグに詰め込み、遊歩道の来た道を小走りに戻る。
「雨宿り……ってもこの辺屋根があるとこ何もないなぁ」
桜並木が多少の緩衝剤にはなっているが花びらと一緒に雨粒が落ち、あっと言う間に二人を濡らしていく。
住宅街を抜けたこの辺では軒先すらもう少し歩かなければたどり着けない。
「これで雨を凌ごう!」
幸村は先程まで腰に敷いていたコートを佐助の頭の上に被せると、自分も隣に寄り添う距離でコートを被る。
「ちょっとちょっと!旦那コートってこれ一着じゃないの?」
「ああ、スーツもこれだけだがな」
幸村は別段困った風ではないが、明日も会社ならクリーニングには到底間にあわない。
「えっと………あー、そうだ」
佐助は仕事柄この周辺の地理も熟知しているので、そこに雨宿りの出来る場所が一つあるのは知っていた。
一瞬躊躇したが、背に腹は代えられぬとサラッと尋ねてみる。
「あのさ、雨が止むまで………そこで雨宿りする?」
佐助が指を指したのは、住宅街の外れにひっそりと建つ所謂ラブホテルだった。