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□苦くて甘い人
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とあるアパートの一室。部屋の主である若い男は、玄関前で切腹を命じられたような悲壮感を漂わせながら正座をしていた。
玄関のチャイムが鳴ると背筋をビクッと跳ねさせ、ゆっくりと扉に近付き施錠を外し、5センチほど扉を開ける。
「こんばんわぁ〜お待たせしました☆マミでぇ………」
扉の向こうに立っていたそれなりに可愛い女の子が甘ったるい声で挨拶するなり、バタンと扉は閉ざされた。
「ちょ、ちょっと!何締めてんの?チェンジならチェンジで言ってくれる?」
「申し訳ござらぬが……今日の所はお引き取り頂きたく」
「わかったわよ………ちょっと待ってて」
女は携帯を取り出すとどこかへと連絡を取る。
「あ、もしもしさっちゃん?お客様チェンジらしいんだけど?」
カツカツとヒールの音が廊下から遠ざかり、扉の前に膝をついて安堵の溜め息を洩した男は、額を扉につけて何かブツブツと独り言を呟く。
「お館様ぁ………これで本当に某は漢になれるのでしょうか?」
先程のヒールと違い、重さを感じない軽い足音が部屋の前に近付くのを扉越しに感じると、再度チャイムが鳴らされる。
「こんばんはー、猿飛と申しますが真田さんいらっしゃいますか?」
先程の甘ったるい鈴を転がしたような声と違い、ハスキーで落ち着きがあるのに軽やかな声が外から聞こえ、男は再び扉を開いた。
「どうも〜、えっと真田様ですよね?」
「はぁ………」
扉の向こうには鮮やかな茜色の髪をした、どこか憎めない人懐っこい笑顔の青年が立っていた。
「あ、俺様別にお金取りたてるおっかないオニーサンじゃないからさ、ちょっと説明だけでもさせてもらえないかな?アンタこういうの初めてなんだろ?」
「う、うむ……」
どう考えても胡散臭いはずなのに、男はいとも簡単に男を玄関先に招き入れてしまった。
「じゃ、まずは改めまして俺様『デリヘル★桃色倶楽部』運転手の猿飛って言いますー、お店からの電話で説明足りなかったみたいだからさ、システムの補足説明に来ましたぁ」
「そ、それはわざわざ申し訳ござらぬ」
「アンタ、武田の大将からの紹介だろ?」
「い、いかにも………」
「一応ウチは大将からお墨付き頂いてる粒ぞろいの子しか置いてない優良店なんだけどねぇ。マミちゃんのどこが気に入らなかった?もしかして巨乳派じゃない?あの子おっき過ぎだもんねー」
「そ、そうではござらぬっ!!」
「そうなの?とりあえずウチはチェンジ一回までは無料だから、もう一回女の子呼べるけどどんな子がいいか言ってもらえた方がハズレないかなぁって」
「その………すまぬがお代は払うので今日はお引き取り頂けぬか?」
「そうだよねぇー真田の旦那くらいカッコ良ければ女の子なんてよりどりみどりだろうから、わざわざお店で遊ばなくてもねー」
「いや………その……そんな事はござらぬ」
「またまたぁ〜!いいっていいって女遊びも男の甲斐性だもんね」
「だからっ!本当に某はっ…………」
男の必死の形相に、猿飛と名乗る男は何かを察した。
「もしかして………や、違ってたらごめんよ?真田の旦那って、女の子とシた事ないの?」
「なっ!…………っ、そ、その、通りだ」
「え、嘘?そんなイケメンなのにぃ?マジで?」
「か、顔は関係ござらぬ!」
「や、十二分に関係あるでしょ?大体そんだけの美丈夫でよく女の子が放っておかないだろ?その気がなくても寄ってきたでしょうが!」
「それは………」
「あー、ちょっと待ってね?」
どうにも話せば長くなりそうなのを察し、猿飛は携帯を取り出す。
「あ、ごめんねマミちゃん。今日は俺様持ちにすっから上がってもらってもいいかなぁ?ん、そう、ちょっと時間かかりそうだからぁタクれる?」
先程の女性を待たせていたようで一足先に帰るよう連絡をすると、玄関先に腰を下ろした。
「流石に上がっちゃ悪いから、ここで良ければ俺に話してみなよ?」
初対面のいかにも軽薄そうな男は、真田と呼ばれた男が挫けてしまいそうな心の隙間にスルッと入り込んで来た。
「意外と何も知らない他人の方が話しやすい事もあるだろ?」
フニャッと柔らかな笑みを浮かべながら見上げられると、妙に胸がざわつき出すのを感じつつ自分も玄関先に腰を下ろす事にした。