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□夏の恋はお疲れSummer
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佐助は自宅のキッチンへ向かうと、慣れた手つきでボウルや食材を取り出した。

「よし、ちゃちゃっと作りますかね」

ボウルで白玉粉と砂糖、水を混ぜ合わせレンジで温めては混ぜをくり返すと、まな板に片栗粉を敷いた上に置いて薄く伸ばす。

柔らかな求肥を自作すると、冷蔵庫に移し冷ます間に、冷凍庫からバニラアイスを取り出す。

「へへ、ここでちょっとひと手間かけちゃうのが俺様の愛だよなぁ♪」

バニラアイスにきな粉と黒密を混ぜ合わせ、冷やした求肥でまんまるに包み込む。


お手製のおやつを持参し、佐助は隣りの幸村宅へ足を運んだ。

「こんばんはー、旦那は戻ってる?」

「あら、今日は一緒じゃないの?」

あどけなさの中に凛とした美しさのある幸村の母は、鈴の転がる様な可愛らしい声で佐助に尋ねる。

「ええ、今日は旦那だけ支部に挨拶回りだって言ってたけどそろそろ帰って来る頃かなーって思って。」

「高校生にもなって携帯の一つも持たないなんて現代っ子としてどうなのかしらねぇ?」

「そう言う生真面目な所が旦那の良いとこでもあるからなぁ」

「もう、さっちゃんみたいに家庭的で寛容な子が側にいるからあの子の基準も厳しくなっちゃうのよ?」

「え、何の基準?」

「やあねぇ、彼女選ぶ基準よぉ。」

「か、彼女……や、彼女とかは別でしょ?」

自分で否定しておきながらチクリと胸が痛む。
おむつをしている頃から知っているお隣さんの息子が、まさか自分の息子に恋焦がれているなどとは想いも寄らないだろう。

「もういっその事さっちゃんと付き合っちゃえばいいのにねー、なんて。」

「や、やだなぁ〜俺様みたいのが嫁に来たら大変だって。」

精一杯茶化して流すつもりだったが、少しだけ声が上擦ってしまった。

「えー、さっちゃんは私が姑だと嫌?」

「いいえぇ、おば様さえ良ければ喜んで!なーんてね?」

昔からよく幸村の母親に言われていたネタではあったが、幸村に好意を抱いていると自覚してからはどうにも上手く返しが出来ていない。

「あら?噂の主が現れたわよ?」

「ただいま戻りました……おお、佐助も一緒か。」

少し疲れ気味で表情のなかった幸村が、佐助の顔を見るなり頬を緩めた。

「ほらぁ、私にはこんな顔見せないんだからぁ。やっぱりさっちゃんじゃないとね?」

「もう!おば様ってば!」

「ん?何かあったのか?」

散々幸村の母にからかわれた佐助は、幸村の背を押してそそくさと幸村の部屋へと退散した。


「随分と楽しそうだったな。」

「そう?旦那の事でからかわれただけだって。」

背中がうっすらと透ける程汗をかいたシャツを脱ぎ、部屋着のTシャツに着替える幸村を、いけないと思いつつも横目で盗み見る。

昔はどちらかと言えば華奢だったのに、今は張りのある背筋や、シッカリ割れた腹筋や、しなやかでいて逞しい上腕に嫉妬よりも見惚れてしまう。

「俺の悪口でも言われたのか?」

「違うって。いつもの旦那のお嫁さんに来ればーって話。」

「そ、そうか。それで佐助は何と応えたのだ?」

「いつも通りおば様が姑なら喜んでーって返しただけだって!」

「そうか………佐助は母上と折り合いもつけておったのだな。」

「あのさ………いつもの冗談だからね?」

大体まだ付き合ってもいないのによ、嫁とか……や、それ以前の問題だし!

佐助が悶々と言いはぐねていると、制服のズボンを脱ぎだした幸村を凝視する訳にもいかず、そっと背を向ける。

「そうか?母上は俺と似て冗談は言わぬぞ?」

「いやいやいや、昔っから本気で言ってたらスゴい話だからね?」

「うむ、まあ今はそういう事にしておこう。ところでそれはどうしたのだ?」

「ひっ!ちょ、肩……」

背を向けた佐助の肩に顎を乗せ、手に持った皿を覗き込むと、お互いの頬がくっつきそうな上に、背後から抱き込まれる様な体制になり、佐助は一気に脈拍が上昇した。

「ああ、重かったか?」

「や、別に大丈夫だけどさ……あ、そうそう今日は新作おやつ持ってきたんだー」

しっかり冷やして来たが、そろそろ溶けてしまいそうなので身体の向きを反転させ慌てて幸村に差し出す。

「うむ、これは大福か?」

「まぁまぁ、冷たいうちにガブッていっちゃって!」

甘いもの全般大好物で、特に和菓子の好きな幸村は、目を輝かせてヒンヤリと冷やした皿に盛られた餅菓子を鷲掴む。

「ではいただくぞ?」

「どうぞーめしあがれ」

ガブッと一気に一口で頬張った幸村は、口の周りを粉で汚し、頬を目一杯膨らませてリスの様に頬張る。

「ん、んむ……んん?」

「へへー、どう?」

「これは、昔店でよく買った大福のアイスではないか!これも手作りなのか?」

「結構簡単だよ?やっぱ作り立てのが周りの求肥がモチモチして美味しいもんね。」

「中のアイスも和菓子の味がするぞ?」

「バニラに黒密ときな粉混ぜたんだ。結構合うだろ?」

「うむ、これは美味い!俺好みの味だ!」

「良かったぁ。ほら、溶けちゃうからもっと食べて食べて」

幸村が自分の作ったものを美味いと頬張る顔を見れただけで幸福感で胸が一杯になった。




「ふぅ、ご馳走様でした。」

礼儀正しく手を合わせて一礼する幸村に、佐助は家で煎れて来た温かい煎茶をポットから出して渡す。

「お粗末様でした、ってね」

「甘いものは心を和らげるな……」

「本当?それなら良かった」

「ここ最近、俺も余裕がなかったであろう?気を遣わせてすまないな。」

佐助の気遣いを察していた幸村は、穏やかな笑みで礼を述べた。

「いや、いいんだって!旦那が大変なのはよーっく分かってるしさ。でも、あんまり無理すんなよ?」

「ああ、お館様も考え有っての試練だからな。無理は承知の上だ。」

重責に苛まれ、もがきながらも乗り越えようとする幸村が益々愛おしくなった佐助は、胡座をかいた幸村の上に跨がる様な体制でその身を抱き締めた。

「さ、さす……け?」

「何でも1人で抱え込むなって。俺で良ければ……もっと頼ってくれよ、な?」

ドクンドクンと合わさった胸元からお互いの鼓動が伝わり、幸村の背中に回した腕まで跳ね返す程体中が脈打っていた。

「あ、ああ………そ、そうだな……」

少しだけ身体を離して幸村の顔を覗いてみると、頬を赤らめ瞳はうっすらと濡れ、暑さからか興奮からか、ジットリと首筋に汗をかく様すら艶かしい。


今、キスしたら甘いんだろうなぁ……俺様の作ったおやつで甘くなった旦那の唇とかすっげー美味しそうなんだけど?

心の声を口に出すのを堪えた佐助は、代りにそっと顔を近付けてみる。

この雰囲気なら………キス位しても大丈夫だよな?

「旦那…………」

幸村が眉間に皺を寄せながら瞼を閉じてしまったのを合意のサインと察した佐助は、唇の薄い表皮が触れるスレスレまで顔を近付けた。


「だ……………」

「ん?」

自分の鼓動が耳にまで鳴り響き、幸村の声が良く聞こえず聞き返したその時、


「……は駄目だ佐助ぇ!!!」

幸村の叫び声と同時に佐助の視界は宙に向くと、背中と頭を床に打ち付けた衝撃が走った。

「いっ、た………………っ」

「す、すまぬ!大丈夫か?」

胸にも鈍い痛みがある事から、どうやら幸村に突き飛ばされて後ろに転倒したのだと理解した。

仰向けに転がった佐助は、先程までの高揚が一転、奈落の底へ突き落とされ指先から悪寒にも似た寒気を感じた。


もしかして………俺様とんでもない勘違いしてた??

自分のしでかした行動に、ハッキリと拒絶の意志を示されてしまった佐助は、絶望と恥ずかしさとが混在して仰向けにひっくり返ったカエルの様な体制のまま、暫し固まってしまった。

「佐助?どこか打って動けぬのか?」

あー、もう、やだなぁ………好きでもないのに気ぃ使うなよ?もっと気持ち悪いとか罵られた方が気が楽になるのに!

「大丈夫…………」

涙が滲むのは打ち付けた痛みからだと自分に言い聞かせ、腹筋を使って勢いよく起き上がった。

「さ、佐助…………その、すまぬが………」

「もういいよ………旦那にはキツい冗談だったね?」

「冗談………だと?」

「そ、冗談冗談!ちょーっとからかって気持ちが楽になるかなーって思ったんだけど、旦那はその手の冗談苦手だもんね?」

「そうだな………冗談は、好かぬ」

「ん、だから俺様が悪かったって。ごめんよ?」

一秒でも早く逃げ出したい佐助は、ヘラリと笑って誤魔化すと、ポンポンと幸村の肩を叩いた。

「もっと肩の力抜けよ?大将はもっと余裕がないとね?」

それ以上幸村の顔をまともに見れなくなってしまった佐助は、おやつを乗せていた皿はしっかり手に持ち幸村の部屋を出て行った。

「あらさっちゃん、もう帰っちゃうの?」

階段を下りると、幸村の母がキッチンからひょこりと顔を出す。

「ん、旦那も疲れてるみたいだし、それじゃ!」

「佐助、ちょっと待て!」

佐助が玄関の扉を閉めると同時に階段を駆け下りて来た幸村は、ヒュッと横から飛び出した薙刀で進路を妨害された。

「母上、今は一刻を争うので退いて下され!」

「あまりガツガツせず少しは頭を冷やしなさい?」

「ですが、あのままでは佐助は誤解を招きかね………」

ツッと喉元に薙刀の切先を突きつけると、有無を言わさぬ笑みを浮かべる。

「いいから、そこに座りなさい、幸村。」

母の威圧感に圧されてしまった幸村は、渋々ながらその場に正座するよう促された。
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