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□夏の恋はお疲れSummer
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「お館様…お館様……」

気が動転し、譫言のように師の名を呟く幸村は、先程までの獣じみた雄の眼光はなりを潜め、見ている方が辛くなりそうな悲痛な面持ちをしていた。

「大丈夫だって。この間だって気合いですぐ回復してただろ?」

「うむ……。」

二人の師である武田信玄は、この猛暑で倒れた事があった。

その時は只の熱中症と診断されたので回復も早かったが、絶対的な強さを誇る師が倒れる姿を初めて目の当たりにした幸村は激しく動揺した。


「今回だって病院行ったらもう退院しましたーとか言われるに決まってるって。」

「ああ……そうだな。」

心此処に在らずな生返事の幸村をどうにか力づけたい佐助は、繋いだままで汗ばんでいる手に今一度力を込めた。





「お館様あぁぁああっ!!」

「病院では静かにっ!!」

廊下を叫びながら駆け出そうとした幸村に、通りがかりの看護師がピシャリと静止する。

「す、すみませぬっ。」

「すみません、こちらに搬送された武田信玄の関係者ですが……」

佐助はついでにとばかりに信玄の病室を看護師に尋ねる。

一瞬看護師の顔が引きつったのは、デカいナリした男子高校生が手を繋いでいるからだろうが、そんな事に構っていられなかった。

これで幸村の不安や動揺が少しでも和らぐのなら、世間がどう勘ぐろうと佐助はどうでも良かった。

「旦那、あっちの病棟だって。」

「ああ……」

駆け出したい気持ちを抑え、やや小走り気味に病室へと向かった。





「お館……様?」

佐助の期待は外れ、真っ白な病室で静かに横たわる信玄の姿がそこにあり、幸村は現実を受け入れがたいのか、ベッドに近付けず入り口手前で立ちつくしている。

「山本さん、お館様の容体は……」

ベッドの傍らでパイプ椅子に腰掛けている山本勘助は、信玄の弟子で秘書も兼ねている男だ。

「ああ、二人ともよく来てくれたな。お館様なら………あ、」

「ん、その声は佐助に幸村か?」

「お館様っ!」

それまで静かに横たわっていた信玄が、重い瞼をあげて首だけを動かし二人の方を見やった。

「いたたっ!もう、あんまり心配させないで下さいよぉ。」

漸く足が動きだした幸村は、光速でベッドの側に駆け出し、手を繋いだままの佐助はその勢いで肩が抜けそうになる程引っ張られてしまった。

「うむ、どうせ勘助が大袈裟に伝えたんじゃろ。」

「別に大袈裟ではありませんよ。」

沈着冷静な山本が連絡をして来たのだから、何でもない事はないのだろう。

「全く、儂をあまり年寄り扱いするんじゃない!まだまだ………ん?」

ベッドの傍らで膝をつき、上掛けに縋り付いている幸村の手は、未だ佐助としっかり繋がっている。
信玄の視線がそこに留まっているのに気付いた佐助は慌てふためく。

「あ、その………これは、ちょっと色々あって……」

そんな佐助に含みを持った笑みを向け、皆迄言うなと声に出さずに呟いた信玄は、縋り付いて顔を伏せたままの幸村の頭を掴んで上を向かせる。

「幸村、儂はこの通り病床の身となってしもうた。」

「お、やかたさま………お館様が其の様な弱音など申されないで下され!」

「否、人は皆いつか老いる。儂かて人の身である以上その流れには逆らえまい。そこでじゃ幸村。」

「な、何でございまするか?」

「今年の武田漢祭、お主に代理で総大将を任せたい。」

「な、なんと???」

数多くの幹部や門下生を差し置いての大抜擢に、幸村は勿論その場にいた佐助と山本も驚きの声をあげる。

「お館様、何を申すのですか?貴方は………」

口を挟もうとした山本に目配せすると、何か考えあっての事と察した山本はそれ以上告げるのを止めた。

「確かに真田の旦那は道場ではお館様に次いでの実力だけど、いきなり総大将ってのは……」

幸村の実力は重々承知している佐助も、流石にその案は不安が隠せない。
総大将はただ強ければなれる訳ではなく、全国に散らばる支部の門下生を統括する力がなければならない。

「遅かれ早かれ幸村には任せるつもりでおったのじゃ。どうだ幸村、この辺で一つ漢をあげてみる気はないのか?」

「漢を………でござりまするか?」

「ああ、総大将の務めを果たした時、お主は儂を越える漢となれるはずじゃぞ?」

「お館様を……越える?」

「ああ、そうすれば一人前になってからと燻っておる関係も打破出来るのではないか?ん?」

チラリと再び佐助に目線を送り、いやらしい笑みを浮かべている信玄に、佐助は先程までの出来事を全て見透かされているのではと疑ってしまう。

「分かり申した。この真田幸村、お館様の代理として総大将を見事務めあげてみせましょうぞ!!」

「うむ、それでこそ儂の意志を継ぐ虎の若子じゃ!」

「お館様っ!」

「幸村ぁっ!」

「はいはいはい、お館様は病床なんですからそこまでにして下さい。」

今にも殴り愛が始まりそうな空気を察した佐助は、スッと二人の間に割り入る。

「すまないな佐助。私では止める間が掴めないもので」

道場内でも二人が一度殴り愛を始めてしまうと止められる者は皆無で、唯一

「いや、俺も殴り愛は極力関わりたくないんですけどねー」

「そうなのか佐助?」

「うむ、儂も初耳じゃぞ?」

心外そうな幸村と信玄に、流石の佐助も面食らう。

「や、二人の間に入ったら普通の人は死にますから。」

「全く、佐助は大袈裟じゃのう。」

「そうだぞ佐助!たまにはお前も交じると良い!」

「丁重にお断りしまーっす。」



死相が浮かびそうな程動揺していた幸村に笑顔が戻ったのも束の間、この後に待ち受ける試練は、二人の関係を大きく変えてしまうのを本人達は知る由もなかった。
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