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□夏の恋はお疲れSummer
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店を出てからも手を繋いだままの二人は、すれ違う人すれ違う人が皆一様に好奇の目で見てくるのも気にせず早足で歩き続けた。

「あのさ、旦那………そろそろ手ぇ………」

500m程小走りで歩いた時点で、流石に周囲の目線に居たたまれなくなってきた佐助は、握る力を緩めない幸村に恐る恐る声をかける。

「手がどうした?」

「や、その………ちょっと痺れてきちゃったかなーっ?」

「うむ、ならばこうすれば良いか?」

アッサリと熱い掌から解放されたかと思いきや、今度は指と指を絡める所謂恋人繋ぎに切り替えて来た。

「ちょ!な、何してんだよっ!」

「この方が痺れなくて済むであろう?」

今までなら何の邪気も無い行動だと思い込んでいた。
子供の頃と変わらない無垢な旦那。と言う欲目のフィルターが外れかけて来た佐助は、どうやって切り替えせば良いのか戸惑ってしまう。

「それとも……俺とこうするのは嫌なのか?」

「や……嫌とかそう言うんじゃなくってさ………」

絡めた指先で手の甲をくすぐるように撫でたり、指の股同士を擦るように動かしてくるなど、佐助の知る幸村らしからぬ仕草に、脈拍がどんどんと上昇しているのがわかる。

「お前がどうしても嫌だと言うなら離すぞ?」

ここで嫌だと拒んだら、この手に二度と触れられなくなるのではないかと不安に駆られる。

「どうする佐助、離すか?」

顔を近付け耳元で囁かれると、それだけで感じてしまい背筋をゾクリと震わせてしまう。

「嫌じゃ……………ない……」

その一言に満足したのか、幸村は軽く頷くと、そのまま歩みを進めた。

あーどうしよう。これって、もしかして……そうなのか?

言動から見当はついているが、やっぱり白黒つけない事には胸のモヤつきが収まらない佐助は、思い切って切り出してみた。

「あのさ、旦那。一つ聞いていい?」

「何だ?」

「さっき、かすが達に話してた心に決めた人って………誰?」

ここで自分かと聞けない所に佐助の逃げ腰っぷりが伺える。
幸村はふと目を細めて佐助を見つめると、グッと繋いだ手を引っ張り横道へと連れ込む。

「だ、旦那?」

狭い路地裏の袋小路に追いやられると、壁に背を押しつけられた佐助は逃げ場を失う。

「お前は………誰だと思っておるのだ?」

「なっ、俺は…旦那に聞いてるんだって。」

「その前に、佐助が思い当たる名を挙げてみよ。」

空いていた方の手も取られ、しっかりと握られてしまった佐助は、緊張と期待とで咽の渇きから、掠れるような声を振り絞る。

「それは……………俺様だったらいいのになーって…………違う、よな?違ってたらごめんよ?」

告白したとも同然の願望に、居たたまれない佐助は視線を幸村から逸らして足元に落す。

「顔を上げい、佐助。」

「やだ…………今すっげー変な顔してるもん。」

目を合わせるのを拒む佐助に、幸村は屈んで顔を覗き込もうとしてきたので、佐助も負けじと顔を左右に振って逃れようとする。

「そんなに顔を振るな。酔うぞ?」

「だって……旦那が見ようとするから………っ」

「俺の答えは聞かなくて良いのか?」

むずがる幼子をあやすような優しい口調の幸村に、佐助は振っていた首をゆっくりと止める。

「聞きたいけど………ちょっと怖い。」

既に涙目になっている佐助は、ここまで来ても自分の望む答えが出ないのではと言う不安と闘っていた。

「何を怯えておる。いや、自分の未熟さ故にしかと伝えておらなんだ俺のせいだな。すまない………」

「やだな……旦那ぁ、そんな言い方されたら、期待しちまうだろ?」

幸村の色々な一面を見せられても、やっぱり幸村は佐助の知る清廉潔白で真っ直ぐなままだ。
こんなにも我が侭に振舞う自分を責めずに、己の非を認める潔さが佐助には眩しかった。

「それ以上可愛い事を言うな…………抑えが利かなくなりそうだぞ?」

ちょ、抑えが利かないって………利かなくなったらどうなるんだろう?

今すぐにでも滅茶苦茶にされたい期待と、いつ誰かに見られてもおかしくない外でなんて、と言う理性が鬩ぎあう。

「俺が未熟故、お前が片倉殿へと気移りしてしまったのも致し方有るまいと堪えていたのだが………正直申せば今も腑が煮えくり返りそうだ………。」

「え、あ………あー、それ、誤解!誤解だから。」

「言い訳せずとも良い。」

どうやら政宗の思惑通り、小十郎との仲を誤解させる作戦は功を奏していた。

「や、ほんとだってば!」

「良い。たとえお前が片倉殿と深い仲になったとしても必ずや奪い返すのみだ。」

「なってないし!つか本当にそんなんじゃないっての。それにさ……う、奪い返すって?」

「言葉のままだ。」

獲物を追いつめたとばかりに距離を詰めてきた幸村は、じわりじわりと身体を密着させ、唇に吐息がかかる距離まで顔を近付けて来る。

「佐助………お前は誰のものだ?」

まるで犬を躾けるのに言い聞かせるような言い方をされ、本来なら屈辱的なはずの問いも、佐助には甘い睦言に聞こえる。

「俺は…………旦那の…………っ、ん?」

佐助が全面的に屈服しようとした時、ポケットに入れていた携帯から何とも暑苦しい着ボイスが流れる。

『電話じゃーーーー!早う出んかーーーー!!!!』

これは以前お館様からの着信に気付かず出なかった時にこっぴどく叱られ、出忘れないようにとわざわざ録音して設定されたお館様着ボイスだった。

「ん?お館様からではないか?」

「あ………そ、そう、だね。ちょっとごめんよ。」

流石に敬愛するお館様からの電話を無視しろとは言えない幸村は、苦渋の決断で佐助の片手を離して電話に出るよう促す。

「はい、猿飛です。あれ、山本さんどうしたんですか…………………え?お館様が?」

佐助の声の曇りに、幸村もただ事ではない事態を悟る。

「お館様がいかがされた?」

「はい、はい…………ええ、今真田の旦那も一緒なんですぐに向かいます。」

「佐助、何があったんだ!」

「落ち着いて聞けよ、旦那。」

先程までの甘ったるい空気は一転し、佐助が時折見せる余裕のない真剣な顔に、幸村は事態の深刻さを察した。

「お館様が倒れられた…………。」

その言葉に、繋いでいた手ごとその場に崩れ落ちそうになった幸村を佐助はグッと引っ張り上げる。

「とにかく、今すぐお館様の所へ行くよ?」

「ああ…………」

今にも倒れそうに顔面蒼白で動揺が隠しきれない幸村を落ち着かせようと、佐助は空いている手を背中に回してそっと抱き寄せる。

「お館様なら大丈夫だって。大体旦那がそんなんでどうすんの?」

「す、すまぬ……………」

ポンポンと背中を叩きあやすように撫で、落ち着きを取り戻したのを見計らった佐助は、恥も外聞もなく幸村の手を繋いだまま病院への道を急いだ。
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