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□苦くて甘い人
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「へぇ、前から思ってたけど魚の食べ方綺麗だね?」
「そうか?佐助こそ骨の際まで綺麗に身を食しておるではないか」
「俺様のはただの食い意地だって。あ、こっちのブイヤベースにご飯入れたらヤバい美味さなんだけど?」
「どれどれ?」
元親特製のブイヤベースにご飯を追加した佐助の取り皿に、さも当たり前の様に幸村がスプーンを入れて味見する。
「おお!これは新しいメニューに加えて頂きたい美味さだな」
「でしょー?チカちゃん、新メニューにするなら俺にアイデア代頂戴よ?」
暫く黙って二人のやりとりを聞いていた元親は、話を振られたのを期に少し苦々しい顔をしながら口を開く。
「何だい何だいっ!イチャイチャすんなら他所いってやんな?」
「お馬鹿さんだなぁチカちゃんってば。別にそんなんじゃないもんねー真田の旦那?」
「うむ、イチャイチャなどと申す方が破廉恥でござるぞ?長宗我部殿」
すっかり幸村も馴染みとなった長宗我部の店では、今夜も指定席のカウンター端で佐助と仲良く待ち合わせ、本日のオススメを味わっていた。
「旦那が変な勘違いしたのだってチカちゃんがいけないんだからね?」
「へいへい、友情と恋心を間違えた俺が悪うございましたー」
「いえ、某も初めての高揚感に危うく思い違いをする所でしたので気になされないで下され」
「俺様も最初は旦那に口説かれてるのかなーってドキドキしちゃったんだからねー?」
「そ、それは言わないで下され……」
個人的な付き合いを佐助が受け入れた時、しっかりと二人の関係を『友達』として釘を刺し、連絡を取る毎に仲間扱いをしたお陰か、幸村が最初に見せていた熱っぽさはすっかり形を潜め健全な友情を育んでいた。
と、当人同士は思っているようだが、元親に言わせると女子中学生のようなイチャイチャとした友情らしい。
「ぬ、会社からか……」
幸村の携帯が震え着信を知らせディスプレイを見ると少しだけ眉間に皺を寄せる。
「急ぎかもしんないし出て来なよ?」
「すまぬな、少し席を外させてくれ」
そそくさと席を立ち店の外へと出ていく幸村を、佐助は『早く戻って来てね?』とわざと可愛らしく囁きながら軽く手を振りながら見送る。
「随分躾けが行き届いてるみたいだな?」
「えー、何の話ぃ?」
「躾ってよりは洗脳か?」
「そんなんじゃないって……」
こんな時、人を見る目のある親友は厄介で仕方がない。
「そうだろ?真田は真っ直ぐだからよ、お前が事ある毎に友達友達って強調したらそうだって思い込むだろうが?」
「それで思い込めるのならそれでいいんじゃないの?」
「そんな関係、いつか破綻すっぞ?」
「そりゃ、お互い大人なんだし元々住む世界も違うんだからさ、連絡摂らなくなって自然消滅もよくある事だからさ」
「お前……」
「お待たせして申し訳ござらぬっ!」
元親が苦言を呈しょうとした時、遮るように幸村が飛びつかんばかりの勢いで席に戻って来た。
「いいっていいって。それより会社の方はいいのかい?」
「はい、来週行われる歓送迎会の出欠の確認でござったので」
「あー、もうそんな時期なんだぁ」
「春は何かと異動もありまする故」
「そう言や今年は桜の開花が早まったみたいだな?」
「そっかぁ、花見とか最近全然してないなぁ」
「某も昨年は入社前の準備で余裕がございませんでした」
「一駅先の川沿い知ってるか?」
「あー、川沿い全部桜並木なんだっけ?近いと意外と行かないもんだよねぇ」
「上流の方は川沿いの遊歩道に階段で降りられるんだけどよ、夜は夜桜と星空に川のせせらぎがいっぺんに楽しめるってんで穴場スポットなんだぜ?」
「そうでござるかぁ……夜ならば仕事終りに待ち合わせて丁度良さそうだな」
「え、もしかしてそんなムーディなスポットに俺様誘っちゃうの?」
「何かいけないのか?」
「んー、そう言うのは気になる女の子誘ってみなよ?一発で落せるぜ?」
「佐助は相変わらず破廉恥な事を申す……」
女子が苦手なのを百も承知で、佐助は時折幸村に恋愛指南をする。
あくまでもサラッと押し付け過ぎない程度に。
「わかったわかった。それじゃあさ、俺様と下見って事でどう?」
「佐助とだけで良い!」
「そう言いなさんなって。そうだ、夜桜に合わせた弁当作ってこうか?」
「おお!それは良いな!」
「俺様ばっかり作るんじゃ何だからぁ、旦那も一品作って来てよ?」
「なっ!…俺はご飯と味噌汁くらいしか作れぬのだか………」
「ご飯炊ければ上等。おにぎりなら出来るでしょ?」
「う、うむ………精進致そう!」
どうにも佐助の意図が掴めない元親は、これ以上突っ込むのは流石に野暮だとばかりに口を挟まず、代りに舌が甘ったるくなりそうな程練乳を追加した苺の自家製ジェラードを差し出しておいた。