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□苦くて甘い人
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「それでも、猿飛殿と今後話したい時は如何すれば良いのですか?」
うわー、意外と諦めないなぁ……。もっとキツめに突き放した方がいいのかも?
客とは親しく出来ないとキッパリと突き放したつもりの佐助だったが、幸村は尚食い下がる。
「仕事故、嫌々この場に居られるのでしたら本当に申し訳ござらぬ……」
「や、別に嫌々じゃないし……あの後真田の旦那はどうなったかなーって気にならなかったって言えば嘘になるし」
いやいやいや、これじゃ誤解されんじゃね?
今まで付き合った女の子やお店の子はいくらでも上手く言いくるめてきたのに、どうにもこの子を前にすると調子が狂う。
「出会ったばかりの某に心を砕いて頂き感謝いたす!」
わぁ………何って無駄に美形なんだろうねこの子は!
そこいらの女の子も白旗上げそうな整った顔で蕩けそうな瞳向けて微笑まれて、腹が立つ奴が居たら教えて欲しいよ!
佐助は自分でもかなりのメンクイだと自覚していたが、それでも一応中身も重視していた。
なので毎回外見で手を出した女の子とは長続きした試しはなかったのだが…
外身も中身も清廉そのものの幸村を前に、佐助は強く拒めない自分に動揺する。
こんなの………俺様初めてなんだけど?
「猿飛、殿?」
手を掴んだまま小首を傾げて様子を伺う様は構って欲しいとせがむ子犬のように愛らしく、思わず頭を撫でてしまいたくなる。
「あー、えーっと……だから、その……」
「はいよっ海鮮ピッツア大盛りお待ち!」
空気を読まずに元親が二人のカウンター前に特別メニューを差し出す。
「おお、ありがとうございまする!」
「ピッツアは焼きたてが美味いんだから、ひとまず手ぇ離してガブッと一気に食っちまいな?」
「承知致した!」
元親のアドバイスを素直に聞き入れた幸村は、スッと掴んでいた手を離してピザに手を伸ばした。
あ、もしかしてチカちゃん俺様が困ってるの察して割り込んでくれた?
チラリと元親の顔を見ると、口の端を少し上げた。
「ほら、佐助も食っていいぞ?」
「俺様も一応客なんですけどー?」
元親のおかげでどうにか場の空気が変わったが、動揺からか何時もは絶品のピザの味はまるで分からなかった。
「美味しうございました」
「気持ちの良い食べっぷりだなぁ。俺は気に入ったぜ?」
「ありがとうございます」
「なぁ真田。佐助とは店で知り合ったんだろう?」
「なっ!あ………は、はい……」
「見るからに察すると……まだお店の子で楽しんじゃいない様だな?」
「な!何故お分かりに?」
「これでも人を見る目はあるんでね?」
元親はいかついが人懐っこい笑みを浮かべる。
「佐助はさ、おせっかいな癖に仕事となると意外に真面目でな、店の子に手ぇつけた事もねぇし客への気配りも欠かさない」
「何かチカちゃんにそんな褒められると怖いんだけど……」
「うっせぇ!それで本題だ。真田、アンタも男なら佐助の事情を察してやってくれねぇか?」
「そ、そうでござるな……猿飛殿の仕事に支障が出てしまってはいけませぬし…」
「チカちゃん………」
「ま、アンタがゲイで佐助口説きたいってんなら話は別だけどな」
「はぃいいい??」
折角幸村が折れそうな所で、元親はとんでもない爆弾を投下した。
「ちょっとチカちゃん!何言ってんだよ!俺様も真田の旦那もノーマルもドノーマルなんだから!そうだよね、真田の旦那?」
頼む!ここは迷わずはいと言ってくれ!
「某が………猿飛殿を………?」
「もうっ!真田の旦那がビックリしてんだろ?」
幸村は口元に拳を当て眉間に皺を寄せて考えている。
出来る事ならこのまま自覚しないで欲しいんだけど?
「確かに、お館様や政宗殿と似て非なる感情………」
「何だ?俺はてっきり佐助を口説いてるんだと思ったんだけど違うのか?」
「チカちゃんは余計な事言うなって!」
「すみませぬ……某、今まで誰かを恋愛対象として考えた事がなかったもので」
「へぇ……誰かの事一日中考えちまったり、顔思い出したりとか、なかったのかい?」
「否、それは………つい最近似たような心地を体験致しましたが……」
ちょっとちょっと……何こっち見てんだよ!
「何だ何だ!あるんじゃねーか」
「ね、チカちゃん、それ以上は………」
「其の様な心地になるのが一体何だと申されるか?」
「馬鹿だなぁ、それが恋ってもんじゃねーの?」
「こ………い?そ、某が……………?」
「えーっと…とりあえず落ち着いてみよう、ね?」
すると、みるみる内に顔を湯気が出んばかりに紅潮させた幸村は、ガタンと席を立つと財布から札を何枚か取り出して元親に渡す。
「き、今日の所はお先に失礼させて頂いても良いだろうか?」
「そ、そう?」
「さ、猿飛殿っ!」
「はい?」
とりあえずこの場から退散してくれそうでホッとした佐助の両肩を、幸村の火傷しそうな熱さの掌でガシッと掴まれる。
「己自身と今一度向き合い、気持ちを整理して参ります。済まぬが後日改めて一席設けさせて頂けぬか? 」
有無を言わさぬ力強さと勢いに、さっきは個人的な付き合いは出来ないと突き放したはずの佐助は、思わず首を縦に力なく振っていた。