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□苦くて甘い人
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悶々と湯船の中で二十分は幸村の彼女候補選別をしていた佐助は、つま先まで真っ赤になった所で重い腰をバスタブから上げた。
「あー、湯当たりしたかも……」
バスローブはバスタブの片隅に脱ぎ捨てられたままたっぷりと湯を吸い、とても羽織れる状態ではない。
「ま、別にタオルだけでいいや」
扉外の洗面台に置いてあるバスタオルを取ろうとすると、もう一着バスローブが置かれていた。
「あれ?これ………旦那ぁ?」
ひょいと部屋に顔を覗かせると、ベッドの上で腰にタオルを巻いたまま大の字で爆睡している幸村が居た。
「おいおい……そのまま寝ちゃったら風邪ひくぞぉ?」
仕方なく幸村が着ないでとっておいたバスローブを羽織ると、ベッドにゆっくり腰をかける。
「んん…………」
ベッドの軋みで目を覚ますかと思いきや、腰かけた佐助の方に向かい寝返りを打つ。
「旦那、起きてる?」
「ん…………」
鼻の抜ける様な生返事をしているが、すっかり意識は夢の中らしい。
「もう、しょうがないなぁ……」
まだ服は乾いていないし、曇りガラス越しの外からは雨粒と風で揺れる木々の音が聞こえている。
「どうせ旦那は一張羅だから同じスーツでもバレないか?」
このまま起きるまでそっとしておこうと決めた佐助は、花見で余ったビールを保冷バッグから取り出してゆっくりと喉を潤わせた。
「人の気も知らないでよく寝てらぁ」
こんなにも他人の為に気を揉むのが生まれて初めてな佐助は、無邪気に寝息をたてている幸村の顔を覗き見る。
閉じられた瞼は長い睫毛が縁取って頬に影を作り、スッと通った鼻梁はまだ熱いのか鼻の頭が少し赤みがあり愛らしく、ふっくらとした唇がうっすらと開かれていると、あどけなさの中に妙な色気すら感じさせる。
「こんだけイケメンなんだからさ、いくらでも女の子が寄って来るんだろうなぁ」
きっと子供の頃は美少女に間違われたのではないかと感じさせる美貌に反し、鍛錬で鍛え上げ無駄のない鋼の様にしなやかな筋肉の付いた身体に、佐助は暫し見蕩れてしまう。
かと言って幸村に女の子へ向けるような性的興奮は相変わらず沸かず、時折幸村に沸く感情が求めている着地点が掴めていなかった。
「ホント……別に襲いたいとかそんなんじゃないよなー?」
まだ反応は見せていない己が下肢に問い掛けるが、興奮の兆しはない。
肉体的にはノーマルだけど精神的にゲイ寄りになってるとか……そんなのはないよな?
そんな曖昧に揺れ動く自分の感情を確かめたくなった佐助は、手っ取り早くテレビを付けて適当にチャンネルを切り替える。
『あんっ!』
『やぁ……そこ……ぉ』
液晶の向こうでは豊かな乳房を揺らしながら淫らに喘ぎ、男に揺さぶられる女の映像が映し出されている。
これが十代なら即座に興奮してのっぴきならなくなるだろうが、流石にそれなりに経験のある佐助の下肢は、うっすらとした兆しのみ見せていた。
「ま、別に勃たないって訳じゃないか……」
作り物と承知しているせいもあってか然程反応はないが、それでも自分がノーマルな性癖だと再確認出来て安堵のため息をつく。
旦那が起きたら大騒ぎしそうだろうからと、チャンネルを変えようとリモコンに手を伸ばすと、指先を熱い掌に掴まれる。
「ひっ!あ、旦那………起きたの?」
「………さすけ?」
まだ思考が覚束ないのか、瞼を半開きにしてトロンとした眼差しで見上げて来る幸村に、思わず背筋がゾクリと戦慄く。
「あーごめん、テレビの音うるさかったかな?」
「いや………ん、んんっ??」
佐助はあくまでもカラッとした態度で流そうとしたが、テレビの映像と音声が届いたのか、幸村は瞬時に顔を真っ赤に染めた。
「あ、ちょっと暇だったから見てたんだけど……旦那、見た事ある?」
口をパクパクとさせつつ顔を横に振ると、すぐさま俯せになり顔を伏せる。
「ごめんごめん、いきなりじゃ刺激強いか。でもさ、いい機会だからちょっと見てみない?」
「なっ!」
佐助は、これは自分にも幸村にもいい機会だと思った。
幸村が男女の営みを見て興奮するのならば、彼もノンケだと確信が持てる。
「ほら、これをきっかけに女性に免疫つけられたらさ、旦那にとっても大きな前進になると思わない?」
「そ、そういうものなのか?」
「そうだよ!俺様だって女の子と付き合う前に友達ん家でAVや本見て興味持ったり知識を得たりしたしさ」
「う、うむ………」
「俺様も一緒に見てやるからさ、どうしても無理ってなりゃすぐ消すから、ね?」
俯せに寝返りを打ってもリモコンの上で握られた手を離さない幸村に、優しく宥めて説得を試みる。
「それに、消すにしても旦那がリモコンごと俺様の手ぇ握ってるから動かせないんだけど?」
「ぬっ!そ、そうであったな、すまぬ!」
無意識に握ったままだった手を慌てて離すと、チラリと佐助の顔を見上げてくる。
「どうする?俺様が一緒でも心細い?」
「いや、そ、そんな事はないぞ!」
「そ?それじゃ隣おいでよ?」
佐助はベッドに腰掛けている自分の隣をポンポンと叩いて起き上がるよう促す。
「お、お邪魔致す………」
腰にバスタオルを巻いただけの幸村は、肩が触れるか触れないかの距離で佐助の隣に腰掛けると、恐る恐る顔をテレビ画面へと上げる。
佐助は、テレビの画面などそっちのけで幸村の様子を横目で見守っていた。