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□苦くて甘い人
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「佐助はおるか?」
「あ、大将いらっしゃい。つか、連絡して下さいよぉ」
「おお、今日はお主をご指名しようと思って直接来てやったんだぞ?」
「はいはい、今日は頂き物の麩饅頭がありますよー」
信玄の冗談をサラッと流した佐助は、いつものようにお茶を煎れて差し出した。
「アイツとは仲良くしておるようじゃの?」
「あー真田の旦那?まぁ、大切なお弟子さんを悪い道には引きずりこまないから心配しないで下さい?」
「いや、幸村は真面目なのは良いが少々四角四面過ぎるからのう。少しは悪い遊びも覚えておいた方が良いのだが……」
佐助から出された菓子は風俗店の事務所には似つかわしくない朱塗りに桜の花びらが品良く描かれている盆に麩饅頭を乗せ、口直しに塩昆布を添えてある。
「この前も服買いに付き合った時は俺様挟めば店員の子と会話出来てましたよ?」
先日、佐助が春物の服を買いに行こうかな?と何げなく言えば『良ければ一緒に行って自分の服も見立てて欲しい』と言って来た。
素材は良いのに今時のオシャレとは無縁な幸村を、佐助はここぞとばかりにあれやこれやとコーディネイトした。
試着室から幸村が出て来る度に店員や、買い物客の視線を一斉に集めていて、佐助は自分の見立ての良さに悦に入った。
「そうか、今までなら女子の居る店に立ち寄る事すら出来なんだからのう…進歩したもんじゃ」
「ま、あの調子だと女の子とお付き合いまではもうちょいかかりそうですけどね?」
「ふむ………しかし、佐助はそれで良いのか?」
「何がですか?」
「いや、儂はてっきり幸村はお主に惚れ込んでおる様に見受けたのじゃが……」
「えぇー?それは俺のダチが勘違いさせたんだって説明したじゃないのぉ」
「確かに幸村も『佐助とは良き友となれて嬉しい』と申してたが……その、なんじゃ…」
「何?何かあったの?」
珍しく信玄が口ごもるので、何事があったのかと一瞬身構えてしまう。
「あれは本人は友と疑っておらぬようじゃが……端から聞けば只の惚気だぞ?」
「例えば?」
出来ればあまり聞きたくないのだが、何を言われているのか知らない方が心臓に悪い。
「佐助と居ると心が弾むとか、自分の知らない世界を良く知っていて話していて楽しいとか……もっと佐助の事を深く知りたいだとか…
そんな内容を延々と語っておったぞ?」
「あー……や、ほら、子供って新しい玩具手に入れるとトコトン遊び尽くすじゃない?それと似た様な好奇心って言うか征服欲って言うか……」
「幼少より幸村の師として成長を見て来たが……好敵手とする男にも此れ程の執着を見せた事はないぞ?」
「きっと、物珍しいだけですよ………」
「………お主はそのスタンスで行きたいんじゃな?」
「……大事な愛弟子をわざわざ日陰の道に押し進めちゃ駄目ですよ?」
「そうか、佐助がそう申すなら……年寄りがこれ以上気を揉むのは野暮じゃな」
話し込んで冷めた茶を手早く煎れ直す佐助の所作に、信玄は佐助が女なら今すぐにでも彼奴の嫁に奨めてしまいたいとの言葉を、煎れ直した香り高い焙じ茶でグッと押し流した。