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□夏の恋はお疲れSummer
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「幸村、一つ尋ねるけど…先程の大きな物音、あれは如何したのかしら?」
玄関先の廊下で正座をさせられた幸村は、未だ眼前に薙刀の刀先を突きつけられた状態で尋問されていた。
「それは、その…………そ、某が、佐助を……」
流石に実の親に色事めいた話ををするのが躊躇われたのか、口ごもる幸村に母はふと笑みを浮かべる。
「幸村も年頃、好いた人を前に自重するのもそろそろ限界なのは致し方ないでしょう。」
「は、母上??」
「けれど、好いた人にあの様な顔をさせるとは不届き千万!!」
刀先をクルリと反転させ、軽く振り上げ幸村の頭頂部に峰打ちを加える。
「なっ!」
石頭な幸村に然程ダメージはなかったが、それよりも母の口から飛び出た発言の衝撃の方が勝っていた。
「母上は、気がついておったのですか?」
「何を今更。隠していたつもりならとんだ三文芝居ね?」
「……申し訳ござらぬ。隠し事をするつもりはなかったのですが……」
「恋心など秘めてこそ。年頃の男なら誰でもそう言うものでしょう?」
「そうでござるか………」
「大体貴方の様な愚直で一見清廉潔白そうなのに腹に一物抱えた男に中途半端な女子ではとてもとても……その点さっちゃんなら不足はないでしょ?」
「母上もそう思われますか?」
「ええ、幼い頃から貴方の尋常ではない独占欲や我が侭を受け入れる懐の広さは、目を見張るものがあったわね。」
幼い頃の幸村は今より更に自重など知らず、佐助が少しでも自分から離れただけで癇癪を起こし、理不尽なまでに側に居ろと地団駄を踏んで強要していた。
普通なら子ども同士で喧嘩にもなろう所だが、佐助は仕方ないなと言いながら幸村の要求を呑んでいた。
「思い出すだけでもお恥ずかしい限りで………」
「さっちゃんの方も最近漸く自覚した様だし、私も長年お嫁にと口説いて来た甲斐があったものだわ。」
「佐助はいつもの冗談だと申しておりましたが………」
「そうね。昔は平気で交わしていたのに、今日なんて動揺して可愛らしかったわよ?」
幸村も佐助も、良い様に母の掌で転がされていたのかと思い知らされる。
「………母上の長年の後ろ盾、感謝致します。」
「そう?感謝する前に、まずはさっちゃんに確と己が想いを伝えておきなさい。」
「な、何故未だ伝えておらぬ事まで存じておられるのか??」
「先程のさっちゃんの顔を見れば分かるわよ?あれは愛されている自信のない表れ。此れ以上さっちゃんの優しさに胡座をかいていれば別の人に取られて泣きを見ますよ?」
「他の………人ですと?」
「そう言えばこの間車でさっちゃんを送っていた渋い御方がいたけれど……大人の包容力に溢れていて、さっちゃんの心が揺らいでしまうのではないかしら?」
母の指している人物が小十郎だと即座に察する。人を見る目の厳しい母が一目で見抜く程の男ぶりなど早々居ないのだから。
「某も佐助とその方との仲を疑い申したが、誤解だと佐助の口より聞きました。」
「そう?今はソノ気がなくても、貴方に振られたと誤解して傷心になった所を優しく支えられたら……心移りしてしまうかも知れなくてよ?」
「そんな事、させはしない!」
「ほれ、そこで熱くなり過ぎてはなりませぬよ?」
再度薙刀で頭頂部を叩かれた幸村は、ギリッと奥歯を噛み締める。
「一刻も早く……伝えねばっ」
「それは良いけれど……幸村、一つ言っておきますよ?」
「ははっ!何でござろうか?」
「今はまだ接吻までですよ?」
「な、な、なんと?」
母からの警告に一瞬狼狽える幸村を、 峰打ちで諌める。
「どうせ良い雰囲気になったのに己の暴走を止める自信がなくてさっちゃんの誘いを拒んだのでしょう?」
「は、母上っっ!まさか覗かれておったのですか??」
明確に言い当てられた幸村は、頭上の薙刀を弾いて思わず立ち上がる。
「母の勘をなめては駄目よ?まったく、肝心な所で押しが足りぬのは父譲りかしら…」
「ち、父上もそうであられたのですか?」
「父親の沽券に関わるから黙っておきましょう。それより、暴走しない様自制が出来そうならここを通すけど、どうかしら?」
「は!この幸村、必ずや佐助の誤解を解き、己が思いを伝えた上で接吻までで自制して参りましょうぞ!」
「それなら……早くお行きなさい?」
スッと母の薙刀が引かれると、些か乱暴に玄関の扉を開けて幸村は飛び出して行った。
「本当に、いつまでたっても世話の焼ける子だこと………」
息子の成長を喜ばしく思い、幸村の母は乾物棚からささげを取り出し、餅米を研ぐ準備をした。