贈答品2

□拝啓、クソ親父殿
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学校から15分程歩いた住宅街の一角に、既に通いなれた小さなその店はあった

栗原洋装店というちっとも洒落っ気のねえ看板をくぐると、看板同様洒落っ気とはかけ離れた感じの親父が作業台でなにやら布と向かい合ってるのが見えた

俺達が店に来たのに気づくと、親父はまず先に店に入った連れに声をかけた


「お、いらっしゃい洋クン!気が変わって特攻服着てみる気になったか?」

「ハハハ、んなわけねーだろ?今日は俺はボタンだけで、メインはこっちだ!」

「こっち………って、おいおい!ま〜た冴島か!今年に入って何度目だ?」


俺を見た途端、ニヤリと笑って片手をあげるクソ親父に袖の取れかけた制服を投げつけてやる

空中でそれを受け取ると、親父は情けねえことになってる袖を見てわざとらしく眉をしかめつつ制服全体を確認している

ボタンもいくつか無くなってるだろうが、やっぱり一番目立つのは取れかけの袖だろう


「んなこといちいち覚えてるわけねーだろーが」

「ま、そうだろうなぁ?で、今度は誰とやりあったんだ?勝ったのか?負けたのか?」

「るせえっ!第一、この俺様が負けるわけがねえ」

「おお、そりゃ頼もしいねぇ!でも今度からせめて制服脱いでからケンカしろよ?」

「あー…………できるだけそうするけどよ…」


なんだかんだでこのクソ親父に頭が上がらねえのは、こうして制服が破れたりする度に学校にも親にも内緒で直してくれるからだ

今年に入ってからも多分10回近くは世話になってるような気がする

大抵はボタンが取れたり、袖口がほつれたりっていう大したことねえ内容だが、時折今日みたいなこともある


「しっかし二人そろってしでかしてくるってことは、もしかしてようやく洋クンと冴島でやりあったのか?」


楽しげにニヤリと笑った親父は、両手の拳を合わせてみせる

この辺の学校で一番誰が強いのか知りたいと以前言っていたが、おそらく冗談半分、本気半分というところなんだろう


「おやっさん、そうじゃねえ」

「前から言ってるだろ?コイツは俺の喧嘩は買わねえよ」


二人そろって否定すると、答えは分かっていたらしくそれ以上の追及をしてこない

普通の大人なら、こんなナリの学生を見たら説教なりなんなりするところだろう

変に知りたがるところがあるくせに、余計なことは言わねえのは性分だろうか

この親父のこういうところが嫌いになれねえのかもしれねえなと思う


「だろうなぁ!洋クンと喧嘩したけりゃ誰か人質でも取らない限り無理だろうねぇ」


まるで今日のことを見ていたかのような台詞だが的を射ている

こいつはそういうことでない限り、自分から喧嘩をするような奴じゃない


「ちっ………んなダセぇ真似できるかよ」

「ハハハ、冴島と喧嘩する理由はねえだろ」


桐沢は弾けるように笑いながら自分も制服を脱ぐと、まるで我が家のように店の冷蔵庫から麦茶を出して3つのグラスに注いだ

暴れた後の喉に、冷たい麦茶がやたら心地いい

唇の端に染みたのは多分殴られた時にちょっとばかり切れたんだろう


「ったく…………普通、気にいらねえ奴と喧嘩ぐらいするだろうが」

「俺は別にお前のこと気にいらねぇわけじゃねえ」

「俺は気にいらねえんだっつーの!」


そもそも、今日だってなんでコイツと夏男が一緒に来たんだかさっぱり分からなかった

俺とコイツは学校ではつかず離れずの関係だ

時々、生徒会長もしてる桐沢が俺や夏男に話しかけるのを嫌がる先公から色々と頼まれごとをされて関わってくるぐらいだ

何度か喧嘩をふっかけたが、理由がないとかぬかして喧嘩を買うそぶりもねえ

夏男とは学校を2分した抗争が学園キングとやらのゴタゴタでうやむやになって収まったばかりなのだ


「またまた、冴島は素直じゃないなぁ?洋クンのことも梅咲のことも気に入ってるくせに」

「はぁ!?ふざけんなっ!んなわけねーだろっ」


確かに今日の馬鹿共に比べりゃずっといい男だってのは知ってる

だからといって気に入ってるなんてことはねえ………はずだ


「おお、そういや梅咲先輩はあのまま帰っちまったが、あの人の制服もかなり破れてたんじゃねーか?」

「夏男はここには来ねえじゃねーか?来てるの見たことねえしな」

「いや?時々来るよ?もっとも、梅咲の場合は材料を買いにくるんだけどな?うちは手芸品店じゃねーってのになぁ」

「はぁ!?材料って………」


親父の台詞に俺以上に桐沢が驚いている

どうやらこいつは夏男の特技というか趣味を知らねえらしい


「ああ、桐沢は知らねえのか?夏男は裁縫も料理も得意だぞ?」

「そうなのか?ハハハ、そりゃ意外だな」

「俺も最初に聞いた時はぶったまげたけどな」


あの図体で縫い物してるなんて最初は何の寝言だと思ったものだ

まぁ、考えてみれば目の前の親父にしても裁縫が得意には見えねえんだから別に男が裁縫が趣味でも悪いわけじゃねえ

単純に意外で驚いただけだ

夏男は自分の制服はこの店で材料を買って自分で直しているらしい
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