不死鳥の部屋

□不死鳥伝説ーその鳥がはばたく時ー序章
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ある年の秋

昼間の地獄のような暑さとはうって変わって、急激に気温の下がる夕刻

南洋諸島特有の木々の植わる丘から、二つの影が下ってくる

黒い髪の男と、金髪の少女である

どちらも顔もあわせず、重い足取りで歩いている

少女の目には涙がたまり、今にも零れ落ちそうである



ふと立ち止まると、少女はぐっと涙をぬぐってつぶやいた

「お父様、私、おばさま嫌いです」

2人は親子なのだろう

父と呼ばれたその男は、優しく尋ねた

「どうしてだい、エスメラルダ
 お前のおばさまは立派な方だよ…悪と戦っている
 お前も昔はあんなに尊敬していたではないか?」

彼女の『おばさま』は数多くいるが、彼女がそう呼ぶののが誰なのか分かっているのだろう

優しくも少し寂しそうな微笑みで答えた

「でも…悪だから生命を絶ってもいいという法はないでしょう?
 皆、一生懸命生きているのに
 おばさまは女神なのに、そんなこともお分かりにならないのかしら
 いえ、それ以前に、その悪と戦うために戦士になる少年たちの苦しみ
 そして、それにすらなれずにどれだけ多くの命が…」

こぼれる銀の滴と、金糸の髪が絡み合って月の光に映える

その小さな唇を動かすが、もう声にはならない

「みんな、分かってらっしゃるさ
 それを悲しんでもおられる
 それはお前のお母さんだってそうだよ」

大きな手でまだ幼い自分の娘の頭を軽く撫でてやる

手を背中に添え、そろそろ帰ろうかという具合に促して歩きながら話を続ける

「お父様は、おじ様たちを憎んではいないの?
 お母様と愛し合っていたのに、お父様が神ではなく天使だからって
 人間界へ追放するような人たちを…」

きつい口調で言う彼女を制するように彼は言った

「お前の口から憎むなどという言葉を聞くとは思わなかったよ
 人を憎めば、その憎しみはいつか自分に帰ってくる
 人を愛せばその愛も帰る
 命がめぐるように感情もめぐる…
 お前の口癖ではないか」

歩みをとめた彼は娘の前にしゃがみ、目線を合わせ言葉を紡ぐ

「父さんは彼らを憎んでなどいないよ
 私こそ、お前にすまないと思っている
 本来なら、女神ステュクスの娘として、神として崇められるはずのお前なのに…」

月の光がかげり、哀しそうな光を漂わせる

彼の言葉を聞いていたかのようだった

エスメラルダと呼ばれたその少女は、わざと話をそらすように、その月を見上げると静かに言った

「お父様、今度また聖闘士になるために、少年が一人くるそうですね
 …彼は大丈夫でしょうか…?
 もう誰の死も見たくはありません」

小さく頷く父親を見て安心したのか、彼女はその後、何も言わなかった

2人はさっき修行に来ていた少年の亡骸を墓に入れてきたところだったのだ
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