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□side月詠  byゆえ
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『やさしい鬼の殺し方』 side月詠


尋常ならざる力を持ったモノを、古の人はカミとかオニとよんで畏れていた。
常ならぬ力を持ってしまったモノをそう呼ぶのであれば、ヒトもまた、カミにもオニにも成れるのは当然のことなのだろう。

常ならぬ力を持ってしまった男のことを考えて、月詠は口から煙管を離すと煙を空に向けて吐き出した。

日輪の使いでかぶき町への道すがら、心を占めるのがひとりの男であるという現実に、月詠は思わずこめかみを押さえ、頭痛に耐えるかのように眉を顰める。
心を動かされるものが、日輪と吉原以外にも増えてしまった。
日輪を護ると決めてから、師匠が目の前から消えてしまってから、他のことには何ひとつとて思いをかけることなどなかったのに。
じわじわと自分を侵食してくる男に、月詠は憤りも感じていた。

こんな気持になるのは、男が強すぎるからいけない。
優しすぎるからいけない。
哀しすぎるからいけない。

何事も度を過ごしてしまうのは、微妙なさじ加減でなりたっていた世界の均衡を歪めてしまう。
この場合の世界というのは、月詠の心であるわけだが。


歩きながらの物思いは、月詠の神経をわずかであるが鈍らせた。
太鼓橋のちょうど真ん中あたりで、大荷物を載せた荷車がぐらりと傾く。
平素であれば、危なげなく避ける事もできたはずだが、誰かの危ないという声を聞いて月詠が振り返ると、すでに積荷が月詠に向かって雪崩れ込むところだった。
逃げようにも背後には欄干が迫っている。ぼんやりしていた自分に月詠は舌打ちをし、眼前に迫る落下物にクナイを向けた。

「どけっ!」

低いがよく通る声が月詠の耳元をかすめた。
どんっと体を勢い良く押され、何が起こったのかと体勢を崩しながらも確認する。
そこには、オニがいた。
切れ長の瞳に黒い髪の鬼、真選組副長土方十四郎その人である。
土方は頭上に落ちてくる荷を睨みつけると、刀を一閃。
その勢いで荷は欄干を越えて川の底へと落ちていった。



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