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□そのままのきみで
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私があの人と出会ったのは、私がまだテニスを始めて三ヶ月経たない頃。
一人で壁打ちの練習をしているとき、私はいつかみたいに力を込めすぎてしまって、ボールは壁を越えて飛んでいってしまった。
慌ててボールを探しに行こうとしたら、ラケットでボールを弾ませているあの人と出会った。
「すっげえホームランだなって思ったら、テニスボールでびっくりしたぜ」
にこっと笑ってほらよ、とボールを渡してくれるその人に、私は胸がドキドキするのを感じながら慌ててお礼を言った。
…思い返せばそのときにはもう、恋が始まっていたんだと思う。
「どんな打ち方したらあんなふうに飛ぶんだよ?なんなら、俺が見てやるぜ」
そう言ってその人は私にテニスを教えてくれた。
すごく丁寧にわかりやすく指導してもらって、私はその日とても充実した練習ができた。
「よく頑張ったな」
ほら、とジュースを渡されたから、教えて貰ったのに悪いですと言ったら、頑張ったご褒美だってさっきと同じ笑顔を向けてくれた。
「お前ヒョロいのに、根性あるな。気に入ったぜ。良かったらまた教えてやるけど、どうだ?」
願ってもない申し出だったので私が迷うことなく是非お願いしますと答えると、その人はまた笑って頷いてくれた。
「そういえば、まだ名前を教えてなかったな。俺は宍戸亮。氷帝学園の三年だ」
宍戸亮…さん。
初めてその人の名前を知れたとき、胸がキュンと苦しくなった。
はっきりと、その場で自覚するくらい。
私はもう、完全に恋に落ちていた。
・・・・・・
「それで?最近どうなのよ、宍戸さんとは」
「どうって…変わらずにたまに会って、テニスを教えてもらっているだけだよ」
宍戸さんと出会って、もう2ヶ月経った。私は2ヶ月のあいだ、何度か宍戸さんに会ってテニスを教えて貰っていた。
会うたびに、宍戸さんのことを知って、どんどん好きになっていくのが自分でもわかっていた。
だけど、私はまだ何も行動できていない。
「もー桜乃ったら!行動しなきゃ変わらないわよ!」
「だ、だって〜…」
朋ちゃんにそう言われるけど、私はどうしたらいいのかわからない。
自分の弱虫な性格が嫌になってくる。
「そんな桜乃に、私から宍戸さんの情報を教えてあげるわ!」
「情報?」
朋ちゃんはメモ帳を取り出してペラペラとめくっている。
「情報収集は恋の基本でしょ!そうね、…役に立ちそうな情報は…、あ、宍戸さんってチーズサンドが好きみたいよ?今度作っていったら?」
「そうなんだ…、わかった!作っていってみる!ありがとう朋ちゃんっ」
「あはは、いーってことよ。あ、あとね…宍戸さんの好みのタイプが…、」
「こ、好みのタイプ…?」
「うん、えーと宍戸さんの好みのタイプは…『ボーイッシュな子』」
「…ボーイッシュ…、」
朋ちゃんと私は顔を見合わせる。
ボーイッシュな子が、宍戸さんの好み…。
「桜乃は…、ボーイッシュって感じではないわよね」
「だ、だよね…やっぱ」
「でも!近付くことならできるわよ!」
「う、うんっ…頑張るよ!」
せっかく好みのタイプを知れたんだもん。
何もしないよりは、少しでも宍戸さんに好かれるような女の子になりたいから…。