□優しさを抱きしめて
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「すみません、不二先輩…、いつも練習を見てもらっちゃって」

「クス、いいよ。僕が勝手にやっているんだから」


放課後、部活も終わった後。
僕は最近よく彼女…、二つ下の後輩である竜崎桜乃ちゃんの練習に付き合っていた。
以前たまたま自主練をしている彼女を見つけて、気まぐれに練習を見てあげようか、と申し出たのがきっかけで、それから何度かこうして彼女にテニスを教えている。
そして今日も一緒に練習をして、もうそろそろ終わりしようと言って切り上げたところだった。


「もう遅いから、家まで送っていくよ」

「そんな、悪いです。練習付き合って貰ったのに、その上…、」

「暗いから心配なんだ。送らせてくれないかな」

「…先輩…、優し過ぎですよ」


彼女は困ったように微笑んで、僕を見る。


「そんなにずっと優しくて、疲れちゃいませんか?」

「え?」

「先輩は、いつも誰にでも優しいでしょう?」


彼女の言葉に、僕は純粋に驚いた。
そんなこと言われたことなかったし、自分でも思い付きもしないことだった。

疲れる、か…。

『不二くんって優しいね』

『不二は優しいから』

優しいと言う言葉は今までに何度も言われてきた。
周りの目に映る自分が『優しい』なら、僕はそれを裏切らないようにしなければ。
思い返せば確かにそうやって、多少気を張っていたかもしれない。
だけどそんなことは気付かなかった、彼女に言われるまでは。


「あの、先輩?…だから、私にそんな優しくしなくても」

「違うよ」

「…え?」


他の人には意識して『優しく』したことがあったかもしれない。
だけど、彼女には違う。
それだけははっきりとわかっている。
最初はただの気まぐれに練習を付き合っただけだったけれど、いつのまにか僕は彼女との練習が楽しみになっていた。
優しさで、テニスを教えてるんじゃない。
送らせて欲しいと言ったの
も。

「僕が本当にそうしたいんだよ」

「…! 先輩〜…、それも私に気を遣わせないための優しさじゃないんですか?」


竜崎さんは疑ってるらしく、上目遣いで俺を伺ってくる。
どうしたら、信じてくれるだろう?
優しさなんかじゃない。
ただ純粋に、僕が君と一緒にいたいと思ったからだってことを。

『疲れちゃいませんか?』

そんなことを聞いてくる君だから。
君はきっと、『優しい僕』を求めてはいなかったんだね。
僕はそれを無意識に感じていた。
だから…君といる時間はこんなにも心地良かったんだ。


「あっ、そうだ!不二先輩!」

「うん?」

「いつも先輩が優しいから、今度は私が先輩に優しくします!」


ひらめいた、という顔で嬉々としてそんな提案してくる彼女に、また僕は驚かされる。
でも、そうだな…、だったら。


「それじゃあ、お言葉に甘えようかな」

「はい!どうぞ遠慮なくなんでも言っ…」


彼女の言葉が途切れたのは、他でもない僕自身の行動で遮ったから。
彼女が言い切らないうちに、僕は彼女をそっと抱き締めていた。


「えっ…、ええ?先輩!?な、何をっ…」

「優しくしてくれるんでしょ?」

「そ、そうですけど」

「じゃあ…、もう少しこのままでいせて」

「…!」


そう言うと竜崎さんはそれ以上喋らずに、ただ身体を固くして動かずにそのままでいさせてくれた。
そんな彼女を可愛らしく思う。
…優しいのは君のほうだ。
だって、君がそばにいるだけでこんなにも僕を癒してくれるから。
誰かをこんなに求めるなんて初めてだ。
今はっきりと、自分の心にあった想いを実感する。
このまま離したくない、抱きしめていたい。


「ねえ、竜崎さん。僕はね…」


抱きしめたまま耳許で囁くと、彼女はビクリと肩を跳ねさせる。
それでも構わず、僕は続けた。


「君のことが、」


愛しい気持ちが、胸に込み上げてくる。
もうきっと、止まらない。



【優しさを抱きしめて】

(君の優しさを腕に抱きながら、伝えよう…この想いを)


end
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